6-5 日照りの中の妖怪退治
「ウッキャァ!!!」
【天照大君 魃】は大きく咆哮し、肥大化した脚を用いて大きく跳躍する。
「来るぞ!第一班!」
「「「はっ!」」」
迫りくる【天照大君 魃】に対し前に出たのは、彼らの身の丈よりも巨大な盾を装備した部隊。素早い動きで着地点へと移動すると、その重たい蹴りを凄まじい音を響かせながらも受け止める。
「させないよ!」
「ウッキャァ……!」
それによって一瞬動きを止めた【天照大君 魃】に対して、今度はイッカク率いる【聖龍騎士団】が殺到する。
縦横無尽に駆け回りヒットアンドアウェイに徹する彼らに、【天照大君 魃】は迎撃しようにも上手く行かず、鬱陶しそうに顔を歪ませた。
「よし、いける――」
「馬鹿!油断するな!」
「ウキャァァァ!!!」
想定通りの展開に確かな手応えを感じ、竜に乗るプレイヤーの一人が笑みを浮かべたその瞬間、その耳に絶叫が叩きつけられる。
あまりの声量に思考が飛び、真っ白になる頭。耳鳴りも止まず、動く事すらままならなくなった彼らに対して、【天照大君 魃】は手に持った赤い棒を振るう。
「ッ!?全員伏せろ!」
それに危機を覚えたのは地面にいるギーク。引き絞るように棒を振りかぶるモーションに対し、慌てて姿勢を低くすると、その頭上を赤い棒が掠めた。
「危ないっ!」
「きゃっ」
・それ伸びるのかよ!?
・如意棒じゃん
・しかも距離制限なさそう
ぐるりと体を回転させるように振るわれた赤い棒は遠巻きに眺めていたプレイヤー達にも及び、ギークの声に反応できなかった者達を一撃でポリゴンに変える。
「広範囲高火力とか化け物すぎるだろ……」
・確かに
・よく躱せたな
・っていうかいつまで触ってるん?
「え?あっ、すいません!」
「いや、私は全然気にしてないから大丈夫だよ」
【天照大君 魃】の一撃の威力に生唾を飲み込んだジャックだったが、コメントからの指摘によってミオンを押し倒した状態である事に気が付き、慌てて跳び起きる。
「ご、ごほん!そんなことよりあれどう思う?」
・オイ、ごまかすな
・ラブコメしてんじゃねぇぞ
・うわ、切断されてるじゃん
そうして誤魔化すように指さした先には一撃で半数まで減った【聖龍騎士団】と、先ほど【天照大君 魃】の蹴りを悠々と受け止めた巨大な盾が綺麗に切断されている光景が映っていた。
「切断面が赤い……ってことは斬ったってよりも溶かしたって事か?」
「可能性は高いね。何はともあれ、アレに触れればひとたまりもないのは確かだろう」
その事実に気が付き、どこかレイドボスを舐めていた気持ちが一瞬にして霧散する。ジャックが周りを見渡せば他のプレイヤーも同じのようで、各々が武器を構え真剣な表情を浮かべていた。
「第一班は下がって体勢を立て直せ!第二班、準備は良いか!」
「問題ありません!」
「よし。イッカク、動きを止めるぞ!」
「分かった!」
一方で【WorkerS】の面々に取り乱した様子はなく、ギークは装備を失ったプレイヤー達を下がらせると、今度はローブを身に纏った【魔術師】と思しき部隊を前進させ、指揮官自ら最前線へと踊りでる。
「しくじるなよ」
「分かってるって」
手に持った軍刀を引き抜き抜きながら駆け出すギークを守るようにイッカクは先行し、竜を操って【天照大君 魃】を翻弄する。
「ウキャァ!」
「アポロ!」
その名を呼ばれた純白の飛竜は呼びかけに答えるように鼻を鳴らすと、必殺の威力を誇る武器に怯むことなく紙一重の距離感で躱していく。
またそれに合わせてイッカクは反撃に転じ、手に持った槍を的確に突き刺していく。その鮮やかなコンビネーションに周囲は目を奪われ、【天照大君 魃】は対照的に苛立ちを募らせていく。
「ウ~……!」
「ギーク!」
「あぁ、第二班!」
飛び回るハエの如き鬱陶しさに、遂に痺れを切らした【天照大君 魃】。先ほどと同じように咆哮で動きを止めるために大きく息を吸い込んだ、そのタイミングでギークは新たに指示を飛ばす。
第二班と呼ばれた【魔術師】の部隊はすぐさま詠唱を開始する。そして僅かながらも先に準備を終えたのは――。
「発動!【反転世界!】」
「ウキャァ――!?!?」
ギークの掛け声とともに【魔術師】達が発動した魔法。それは瞬時に【天照大君 魃】を覆う球体へと変化し、その全てを反射する。
自身の発した声が跳ね返り、その衝撃をダイレクトに受け止めた【天照大君 魃】は先ほどのプレイヤー達と同じように体を硬直させ、その隙にギークが一気に距離を詰める。
「【国斬ノ断】!」
最高のタイミングで放たれた渾身の一撃は避けるすべのないその体にクリーンヒットし、今日一番のダメージを与えたことで、HPゲージが一気に削れていく。
「おらぁ!最後は俺のもんだ!」
「させるかよ!行くぞお前ら!」
やがてHPが3割を切り、それを合図に傍観していたすべてのプレイヤーが動き出す。当然その中にはジャックとミオンの姿もあった。
「ミオン先輩!」
「分かってる!」
後れを取ってしまったことに少し焦りながらもミオンから全力のバフをかけてもらい、濁流のように押し寄せるプレイヤーの波へと飛び込んでいく。
その全員の狙いはただ一つ【天照大君 魃】であり、先ほどのダメージが残っているのか、赤黒いオーラを吹き出しつつも、僅かに震えるだけでその場から動く様子はない。
「この一撃に全てを……ここだ!」
他のプレイヤーが渾身の一撃を叩きこんでいる中、ようやく最前線に躍り出たジャックはその喉元めがけて抜刀する――。
「もらっ――」
「ウッキャァァァァァァァ!!!」
だがその刃が届くことはなく。耳をつんざくような絶叫と共に【天照大君 魃】の体が光り輝けば、ジャックの視界は白に覆われ、気付いた時には最後に登録した宿屋のベッドの上で寝ころんでいた。
[HPが0になりました。これより一時間の間、デスペナルティを付与いたします]
「……な、何が起きたんだ?」
「どうやら、デスポーンしちゃったみたいだね」
目の前に表示されるウィンドウを見て呆然とするジャックに、隣のベッドから起き上がったミオンが声を掛ける。
「レイドボス戦は?どうなった?」
「どうやら最後に全体攻撃スキルを発動したみたいだね。離れていた私も死んでいるということは全員やられたんじゃないかな」
「じゃあ、失敗……?」
・まじか
・惜しかったな
・ドンマイ
信じられないといった様子で呆然とするジャックを励ますように、ミオンがその頭を撫でている光景が映し出される中、玲だけは険しい顔で最後のシーンを思い返す。
「違う。多分、全部作戦通りだったんだ」
その脳裏には最後の最後、離脱していた第一班が一人のプレイヤーを庇うようにスキルを発動した光景が映し出されており、おそらくこの展開自体が彼らの思い浮かべた作戦だったのだろうとレイは結論付けた。
「トーカさん、か……」
一人生き残ったであろうプレイヤーの名を改めて口にする。
今後の『ToY』の世界がどうなるのか見当もつかないが、少なくとも大きく変わるだろうと確信していた。
[TOPIC]
SKILL【反転世界】
魔術の心理を見つめた時、世界は裏返る。
MP:300
効果①:遠距離属性の攻撃及びスキルを反射する壁を展開




