6-4 照らす日差しを翳すのは
「何ていうか、凄い人だね」
「そうですね、纏う空気から全部がもう……」
・一瞬で全部持っていったな
・あれが元トッププレイヤーか
・これぞ『伝説』って感じ
先程までの流れを見て、その場にいたジャックやミオンだけでなく視聴者ですら圧倒されており、レイもまた同じ感情を抱いていた。
「っとやばいやばい、もう気持ちで負けかけてた。まだ何も始まってないぞ、しっかりしろ俺!」
「ふふっ、そうだね。これからだよね」
暫く放心していたジャックがはっとして我に返ると、自身の両頬を叩いて気合を入れ直す。その姿にミオンは同調するように笑顔で頷き、視聴者もまたいつもの調子を取り戻す。
・そうだぞ、しっかりしろ
・失うものなんてないんだからよ
・一花咲かせようぜ!
「お前ら……」
・どうせなら派手に失敗しろ
・そっちの方が笑えるしな
・ミオン様だけ映ればそれでいいよ
「おい!ちょっと感動した気持ちを返せよ!」
「あははっ!」
ジャックが怒鳴り声をあげれば、それがつぼに入ったのかミオンが腹を抱えて笑いだす。その姿にジャックもつられるように笑みを零すと、改めて自身のやることに集中する。
「よしまずは――っと、これが『環境耐性ゲージ』ってやつか」
「そうみたいだね、はいこれ」
「あぁ、ミオン先輩ありがとうございます」
状況を把握するために周囲を見渡したジャックは、頭上に表示されるHPとはまた違うゲージを見つけてぽつりと呟く。そこへ一頻り笑い終えたミオンがジャックへとアイテムを手渡した。
・何それ?
・お前またミオン様に……!
・贅沢言わないから体を取り替えてくれ
「絶対やだ。これは【命の雫】っていうアイテムらしい。【WorkerS】に配ってもらったから詳しくは知らないんだが、【デテル砂漠】で使うアイテムで【渇望】の状態異常を解除できるんだってさ」
当然上がる疑問の声に対して、ジャックはアイテムの詳細と使用目的をかいつまんで説明する。
・それでさっき言ってたゲージを何とかする感じか
・それ結構レアアイテムだぞ
・それをばら撒くとかやっぱトップクランすげー……
「そういうこと。ただこれでも軽減するしかできないらしいんだけどな。さてと」
それを聞いて驚きの声を上げる視聴者の様子を見つつ、ジャックは視線を荒野の先へと移して目を細める。
「アレが魃か」
彼の視界の先は蜃気楼のようにゆらゆらと揺らめいており、その中にオレンジ色をした甲冑を身に纏った一メートルほどの猿がニヤニヤと笑いながらこちらを見ていた。
「総員突撃!」
「【聖龍騎士団】よ!僕らも後に続くぞ!」
他のプレイヤー達もその姿を見つけたようで、予め宣言していた通りギーク率いる【WorkerS】と龍に跨るプレイヤー達が先陣を切るように駆け出していく。
対する【天照大君 魃】はにやにやとした笑みを崩さずにふらふらと体を揺らす。一見何もしていない様に見えるその動作、だがその動きに合わせてあちこちが陽炎のように揺らめくと、【天照大君 魃】と全く同じ姿をしたモンスターが荒野へと出現する。
・え?あの猿?
・小さくね?
・でもなんかたくさんいるぞ
「聞いた話によると【天照大君 魃】は日照りを司るレイドボスらしい。んで、あそこにいるのは全部分身の上、それを全部倒さないと本体が出てこないんだってさ」
「へぇ……」
ジャックの解説にレイは興味深げに声を漏らす。
彼女が対面したのは一体の巨大なモンスターであったため、他もそうなのだろうと勝手に考えていた。ただ意外にも搦手のような存在もいるようで、これはこれで倒すのに苦労しそうだと結論付ける。
「いいか、小隊ごとに一匹を相手取るようにしろ!」
「絶対に倒れるな!㏋が減ったら回復を優先するんだ!」
一瞬にして場は乱戦の模様を呈し、画面のあちこちで戦闘が行われている。だがそれでもジャック達は動くことなく、そのことに対して視聴者から指摘が入った。
・ジャックも行けよ
・確かに、ここで何してんの?
・サボってんちゃうぞ
「いやいや、俺達の目的はラストアタックを取ることだぞ?こんな所で削られる意味もねぇって。ほら、周りも動いてないだろ?」
そう言って周囲に指を向ければ【WorkerS】と【聖龍騎士団】以外の集まったプレイヤーは誰一人としてその戦闘には参加しておらず、ジャックと同じように傍観に徹している。
・たしかに
・まぁ正論
・でもそれだと時間が不味いんじゃないの?
「その時はその時だ。誰もクリアできないならそれでいいし、大見得切った【WorkrS】の信用が落ちるだけさ」
・なるほど
・理屈は分かるけどジャックに言われると不快だわ
・やっぱり突っ込め
「何でだよ!」
まだ出番は先だからかそこまで緊張していない様子で視聴者とやり取りをするジャック。だが、それを見ているレイは違う考えのようだった。
「本当にチャンスを上げただけ?そんなはずは……。あっあの人――」
最初の発言にずっと疑問を持ち続けていたレイは改めてその意図を探る。そんな中、ふと画面に映ったのは腕を組み、周りと同じように傍観しているトーカの姿。
「ま、俺達が行くタイミングはもっと後、発狂モードに入ったその時だからな。それまでは待機」
「じゃあ少し暇になるね。ジャックくん、ピクニックでもするかい?」
「ここで?そんな余裕は――っと、状況が動くみたいだ」
だがすぐに画面は動き、【WorkerS】と【聖龍騎士団】の戦闘へと移る。
そのことにやきもきしながらも、手慣れた様子で【天照大君 魃】を屠っていく姿を食い入るように見つめていると、その時は訪れた。
「全員隊列を組みなおせ!イッカク!」
「あぁ、任せてくれ!行くぞみんな!」
イッカクと呼ばれたプレイヤーが手に持ったランスを突き刺すと、最後の一体が陽炎になって消えていく。
そうして訪れた一瞬の静寂。だがそれは次第に大きくなる地響きによって掻き消された。
「ウキャッキャァ!」
雄叫びと共に地面から這い出たのは三メートルを超える巨大な猿。頭部には金色の輪を嵌め、その手には身の丈を超える赤色の棒を携え、怒りの形相でプレイヤー達を睨みつけていた。
[TOPIC]
ITEM【命の雫】
その一滴は今まで飲んだどのワインよりも極上だろう
効果①:状態異常【渇望】を解除
STATE【渇望】
効果①:体力減少(1/10sec)
効果②:重度の視界阻害




