6-3 開戦前の一悶着
一面に広がる広大な赤茶色の大地――【アポロ荒野】にはぞくぞくとプレイヤー達が集まっていた。
その数は雪だるま式で増加していき、数分もしない内に百を優に超える人数へと膨れ上がっていく。
・あれ『達人』じゃないか?
・【REDSIREN】もいるぞ
・マジかよ、何だこのメンツ
そこにいる顔ぶれも錚々たるものであり、ネットで話題になるプレイヤーばかりであった。それについて視聴者が驚きのコメントを残せば、ジャックは得意げな顔で答える。
「だろ?今日の事は招待された奴だけが知ってるんだよ。つまり!俺もこのレベルで認められてるって訳だ!」
・は?
・うっざ
・調子乗るな
仮面の下のどや顔が容易に浮かぶくらい喜色に満ちたジャックの声色に、視聴者達は遠回しに誉めてしまったことに気がつき一斉に手のひら返しで罵倒を浴びせる。
「何でだよ!ちょっとは優しくしろよ!」
「可哀想なジャック君。よしよししてあげよう」
「へ?先輩、ちょっと恥ずかしいんですけど」
・おい
・ふざけんなよ
・マジで許せん
そんな理不尽に目を剥いて声を張るジャック。そんな彼を不憫に思ったのか、隣にいたミオンが優しく頭を撫で始め、それに照れながらもされるがままとなる。
これでただの先輩後輩の関係だと言い張る二人――というよりも、ジャックに対してだけヘイトは集まっていき、玲はこうしてこのコメント欄の空気が出来上がったのだなと何となく察した。
「おっと、来たみたいだね」
「え?あぁ、本当だ」
手が頭から離れたことに若干名残惜しそうにしながらも、ジャックがミオンの視線の先に目を向けると、そこから歩いてくる軍服のプレイヤー達。
その先頭にはレイにとっても馴染み深いギークの姿があり、いつにも増して澄ました顔をしていた。
「【WorkerS】クランリーダー代理のギークだ。よろしく頼む」
参加者の前に立ち止まった途端、背後に連れていた他の【WorkerS】の面々が軍隊のように整列する。
その後ギークは周囲を一望した後、ゆっくりと口を開いた。
「これだけの顔ぶれが集まってくれたことにまずは感謝を。これだけのメンツが揃えば今回の標的――【天照大君 魃】も必ず討伐できよう」
「魃……?」
ギークの口から出た名前を玲は復唱する。
その名は以前体験したレイドボスの【積乱霰帝 ヨトゥン】と確かに似ており、それでいて初めて聞く名であった。
「我々は『追跡者』の協力もあり、レイドボスの習性を見つけることに成功した。行動ルートに性質、そして今までの戦闘からある程度の行動パターンを把握してる。それについては予め伝えてあると思うが――」
「おいおい、前置きがなげーよ」
今回の概要を改めて口にするギークの言葉を遮るように、一人のプレイヤーが声を上げる。
「『壊し屋』か」
「知ってもらえてるなんて光栄だねぇ。じゃ、どうせなら腹割って話そうや」
袖部分のない軽装の鎧をその身に纏い、自身の何倍もの大きさの両刃剣を担いだ男はニヤニヤと笑いながら茶化すように言葉を続ける。
「何故わさわざ俺達に声をかけてきた?行動パターンを解明するために今までに何回挑戦した?結局、お前達だけじゃ倒せねぇからだろ?」
「……」
「おいおい、黙ってちゃ分かんねぇって」
どうやら『破壊者』と呼ばれた男はここのところパッとしない【WorkerS】のことを舐めているようで、まるで演説するかのように声を張り上げると、ギークが黙ったのをいいことにここぞとばかりに畳みかける。
「天下の【WorkerS】様も落ちたもんだなぁ!ほら、協力して欲しいならしっかり頭下げないと――」
「おい、さっきから喚いてるのは誰だ?」
だがそこへギークの背後から人を割って前に出るプレイヤーが現れる。
身長はギークよりも高く目測でも180以上、左右に跳ねた真っ赤に染まる髪を揺らす筋骨隆々な美女はただ立っているだけで途轍もない威圧感を放っており、『破壊者』は思わず警戒して一歩後ろに引く。
「……誰だテメェは?」
「アタシか?アタシはトーカだ。ちょっと前に復帰した新参者だからよ、お手柔らかに頼むぜ」
「トーカ、だと……!?」
・なぁトーカって……
・確かβ時代に唯一セブンと渡り合った奴だった気が
・化け物じゃん
「これが、セブンさんと引き分けた……」
その名前を口にした瞬間、ゲーム内のプレイヤー達もコメント欄も、玲でさえも驚愕に包まれる。
『ToY』をプレイしている者にとってその名を知らない人などいないと言われるほどのビッグネームであり、他のメンツのことなど既に霞んでしまっていた。
「それで、お前は何を喚いてるんだ?」
「あ、あぁ?テメェがいなかった間のコイツ等が不甲斐なかったって話だよ!今回だってそうなんだろ!」
「今回?あぁ、それは違う。別にアタシ達だけで倒そうと思えば倒せる」
「は?」
その姿に圧倒されながらも『破壊者』はトーカに対して牙を剥く。だがその決死の反抗に一ミリも怖気づいた様子もなく、それどころかけろっとした様子で返された答えに『破壊者』は愕然とした。
「じゃ、じゃあ何で……」
「なに、お前らにもチャンスをやろうと思ってよ。嬉しいだろ?」
「は?」
「アタシは関与していないんだが、『八傑同盟』ってのがあるらしくてよ。聞けば情報は共有しようって話なんだろ?だから、それの通りにしたまでだよ」
至極当たり前のようにそう宣うトーカに対し、『破壊者』は一瞬何を言っているか分からず固まる。
それは理想論であり、所詮は建前だった筈。今までの【WorkerS】の行動からそのことは周知の事実であり、今更そんな話をされた所で馬鹿にされているとしか思えず、『破壊者』は顔を真っ赤にして声を荒げる。
「そんなバカな話あるか!なめてんのかテメェ!」
「うーん、嘘は言ってねぇんだがな。疑わしいなら抜けてもらって構わねぇよ」
「それは……」
渾身の怒声もトーカには全く響いていないようで、それどころか出された提案に言葉を詰まらせてしまう。
「あぁ、悪い悪い。そんなことできるわけないか。もしこの話が本当だったら色々と勿体ないもんな」
その姿を見て豪快に笑ったトーカは励ますように『破壊者』の肩を数回叩くと、ズイッと顔を寄せた。
「分かったら黙ってろよ、進行の邪魔だ」
「……ッ」
そうしてほとんどゼロ距離にも近い距離で放たれる鋭い眼光。それを一身に浴びた『破壊者』は言葉を放つ所か息を吸う事すら出来ず、よろよろとふらついて後ろに下がる。
「他に何か言いたい奴はいるか?場所も、攻略方法も、何もかもお膳立てされて、それでもまだひよってる奴がいるのであれば今すぐ帰ってもらっていいぜ」
そのまま周囲を見渡したトーカの言葉に声を上げる者はいない。そのことに満足したのか、トーカはニヤリと唇を歪めると、振り返ってギークの肩を叩く。
「賢明な判断だな。んじゃギーク、後は任せるぜ。……しっかりしろよ?」
「……分かった」
すれ違い様の一言にギークは小さく頷くと、話を戻すために声を張り上げる。
「間もなく目標がここを通る!まずは我々【WorkerS】と【聖龍騎士団】が開戦の火蓋を切る!その後は好きなタイミングで参戦してくれて構わない!聞きたいことがあるなら今の内だぞ!」
緊張で表情が硬い者、未だ見ぬモンスターに思いを馳せる者、栄光を目指し画策する者、そこにいる全ての者がそれぞれの思いを抱きつつも、瞳には確かな決意を抱いている。
「……ないようだな。最後に一つ、誰が最後をとっても恨みっこなしだ。その栄光を手にした時は存分に誇ってくれ」
「ギーク様!目標がきました!」
「よし、全員!臨戦態勢!武器を取れ!」
そうしてギークの話が終わったタイミングで、丁度伝令として離れていたプレイヤーが戻ってくる。それと同時に彼らの前にウィンドウが表示された。
[Worning!]
・レイドモンスター出現
【天照大君 魃】
照り付ける太陽が、形を成して襲い来る。
[TOPIC]
WORD【破壊者】
『ToY』の世界にて有名な異名の一つ。
少し前に起きた大規模なクラン戦争において、背の丈を優に超える大剣を担ぎ上げ、相手プレイヤーの築いた要塞に風穴を開けたことからそう呼ばれるようになった。




