5-47 怖震う連鎖を断ち切って⑩
「うわ、これ一体何隻いるんだろ」
「ぎゃう~」
海面を埋め尽くすほどの海賊船を目の当たりにしたレイとじゃしんは思わずぽかんと口を開け、場違いな感想を呟く。
その間にも船団はゆっくりと【デモニオクト】を囲うように展開を始め、レイ達を巻き込みつつ包囲網を作り上げた。
「よう、さっきぶりだな!それで、ありゃ一体なんだ?」
「え、あれは……」
「あれはワールドクエストのボスですよ」
隣に付けた船から聞こえた呼び声に目線を向ければ、【海鬼団】のクランリーダーであるキッドが楽しそうに笑っている。
そして質問に対し、どのような返答をしようかレイが悩んでいると、それを奪い取るかのようにハッチが答えを返した。
「ほう?ってことはアイツを倒せばクリアって訳だ」
「おそらく。そうですね、協力しませんか?」
「え?」
「あ?」
続いた言葉に、声を掛けられたキッドだけではなくレイさえも素っ頓狂な声を上げ、胡散臭い笑みを張りつけたハッチの顔を見る。
「残念ながら、我々だけでは厳しそうですので。もしかしたら『レイドボス』のようにラストアタックを取った人がクリア者になるかもしれません。経験者のレイさんはどう思います?」
「……まぁ、確かにそう言えない事もないかな」
「なるほどなぁ。だってよ、お前ら」
「……かなり嘘くさいけど」
「ふん、関係ないわ」
話題を振られたレイが言いにくくしながらも答えると、キッドは他のクランのリーダー、ポニーとイソーロに声を掛ける。
片方は訝しむように、もう片方は興味がなさそうな不遜な態度をとっていたものの、流石に眼前の化け物を相手に一人でやり合う自信がないのか、特に反対意見も出てこず、そのことを確認したキッドは改めてハッチに視線を戻す。
「異論はねぇみたいだな。よし、乗ってやるよ。その代わりこっちはこっちで好き勝手させてもらうぜ?」
「もちろん。恨みっこなしで行きましょう」
「おう。――野郎ども!祭りだァ!」
「リボッタ!後で覚えておきなさいよ!」
「総員、攻撃はじめ!」
そうして話がまとまると、各々掛け声を上げつつ『海賊連合』が動き出す。
それと同時に今まで様子を窺って動きを止めていた【デモニオクト】も触手を動かし始め、轟音鳴り響く乱戦へと海の様相を変える。
「さて、これで少しは時間を稼げそうですね」
「良かったの?もしかしたら横取りされちゃうかもしれないよ」
「ふふふ、レイさんも気が付いているくせに。これがなければ倒すことは出来ない、そうでしょう?」
ヘイトがずれ、ポツンと取り残された【サンズ・マリア号】の上で、レイとハッチは改めて向き合う。
そしてハッチが薄く笑い声をあげると、懐から手のひらサイズの三叉槍をレイに見せたた。
「それが【海神の槍】……。やっぱりハッチが持ってたんだね」
「えぇ、あの酒場で受け取りました。レイさん達が持っていないという事は、おそらく最初に入った人間が託されるのでしょう、いやぁ、運が良い」
「よくもぬけぬけと……」
自身が裏切ったことを棚に上げ、平然とそう口にするハッチに対して思う所は多々あったが、それでもレイはぐっと我慢し、話を進めることに専念する。
「まぁいいや、それで?譲ってくれるって訳じゃないんでしょ?」
「えぇ、もちろん。これは私が手に入れた物ですから。貴女には通訳をお願いしたいのです」
牽制の意味を込めてハッチに尋ねるも、当然、にべもなく断られる。それどころかカウンターのように繰り出された提案にレイは眉を顰める。
「通訳?」
「残念ながら私はあの聖獣とは会話が出来ませんので。今のままではただの装飾品ですからね」
「チッ、気づいてたか」
そう言ってリヴァイを指さすハッチにレイは露骨に舌打ちを零す。それを見たハッチはニコニコとした笑みを崩さず、得意げに言葉を続けた。
「あの水晶を譲ってくれれば話は別ですが、それは無理な相談でしょう。ですので、お互いの利益のためにもここは一つ――」
「おりゃあ!」
その時、ハッチの後方から飛び上がる人影。雄叫びに驚いたハッチが振り替えると、必死の形相のリボッタが【海神の槍】に向けて手を伸ばしている。
「獲った――!」
「残念」
「ぐおっ!?」
その指が【海神の槍】に触れ、顔を綻ばせるリボッタ。だが次の瞬間には鳩尾に鋭い蹴りを浴び、呻き声をあげながら地面を転がる。
「……【スティール】もないのに無駄な足掻きはしない方がいいですよ?私がその気になればこれを持ったまま消えることもできるんですから」
服装を正しながらも、改めてレイとリボッタから距離をとると、笑顔の中に苛立ちを見え隠れさせながら、再度問う。
「さて、もう一度尋ねます。レイさん、協力していただけないでしょうか?」
「……はぁ」
数秒の間、押し黙って考えるレイ。場を周囲の戦闘の音が支配する中、やがて諦めたようにため息をついた。
「いいよ、好きにすれば。最低限は話をつけてあげる。私もクリア扱いになるかもしれないしね」
「おい!」
「しょうがないでしょ、失敗しちゃったんだから。もう選択肢は残ってないよ」
「懸命な判断ありがとうございます。ではこちらから合図を出しますので、そのタイミングで発動するようにお願いします」
リボッタの大声に肩を竦ませながら答えるレイ。それを見たハッチは話は終わりだと言わんばかりに一礼すると、マントを翻しながら【サンズ・マリア号】から飛び出していく。
その後ろ姿を見送るレイに、ここまでの会話を黙って聞いていたリヴァイが窺うように声を掛ける。
『レイ、いいのかい?』
「ん?あぁ大丈夫、ここまで予定通りだから」
『予定通り?』
だが、まさかの返答にリヴァイは頭上にクエスチョンマークを浮かべて聞き返す。だがそれに応える前に、リボッタの手を取って起き上がらせると、先に質問を繰り出した。
「それより一つ質問してもいい?」
『ん?何かな?』
「あの槍って値段にするといくら?」
『は?』
先ほどの返答を超えるほどの頓珍漢な質問に、リヴァイは頭上に浮かべたクエスチョンマークを倍増させる。
その視線の先ではレイとリボッタの顔が、これ以上ないほど邪悪に歪んでいた。
[TOPIC]
ITEM【海神の槍】
かつての英雄が手にした聖具。それは媒介であり、海を統べる力を秘める。
効果①:SKILL【海神龍牙】




