5-40 怖震う連鎖を断ち切って③
『ここが一番奥だよ』
「そうっぽいね」
その後も何度かクラゲの群れに遭遇したものの、【風の踊り場】によって危なげなく進んできた一行はようやく突き当たりへと到達する。
その先は入り口で見たものとは違う、これまた重厚な扉となっていた。
「これはどうやったら開くの?」
『入口と一緒さ。君が近づけばいい』
「オッケー、みんな準備はいい?」
「俺はいいけどよ……」
「ぎゃう……」
レイは確認を取るように一度振り向き声をかける。それにハッチは頷き、リボッタは気まずそうに視線を逸らす。その先にはどこか遠い目をしたじゃしんの姿。
「分かるぞお前の気持ち……ほら、帽子」
「ぎゃう……」
「よし、問題ないね。じゃあ行くよ」
リボッタに渡されたキャプテン帽を抱きしめたじゃしんの姿を一瞥したレイはすぐさま正面を見直して巨大な扉へと歩き出す。そして近づくにつれて、レイの手元にある【青海の深水晶】が淡く輝き始める。
『さぁ、開くよ』
リヴァイの声と共に【青海の深水晶】から出た光が扉へと伸びていく。そのまま扉に描かれた紋様に触れれば、ゆっくり、ゆっくりとその光が浸透していく。
そうして、扉全体に光が行き渡った時、地響きと共に扉が開き始めた。
『ここが最深部、邪神の残滓を封印している場所』
扉の先は開けた巨大な空洞であった。
ただし、その姿は半球状に展開されたドーム型の空間となっており、それを支えるかのように彫刻のような柱が6本立っている。
またドームの外側は水中のようで、彼女達の頭上では多種多様の魚が泳ぎ回っており、足元に影を作っていた。
「神殿……?」
「スゲェな……」
「ぎゃう〜……」
水族館のようで、それよりもはるかに幻想的な光景を前に、思わずと言った調子で呟くリボッタとレイ。先程まで怒りを見せていたじゃしんでさえ、惚けた表情を見せている。
……だが、そんな時間も長くは続かない。
「遅かったじゃねぇか」
『……久しぶりだね、メガロ』
正面の奥、柱と同じ白色をした床に続く先に、こちらを見下ろす一人の男。ボロボロの黄ばんだシャツに穴の空いたズボン、そして伸びに伸び切った髭や髪の毛といった、小汚らしい姿をした男が階段を上がった先で不敵な笑みを浮かべている。
「いや、今はオラジムって名乗ってるんだわ。ただアルファベットを逆にしただけなんだが、俺にしては良いネーミングセンスだろう?」
『ハッ、グリードがいたらなんて言うだろうね』
「そりゃもちろん褒めてくれるだろうよ」
旧知の中のようで、どこかよそよそしいメガロとリヴァイの会話。それに違和感を覚えつつも、レイは口を挟まずに話を聞く。
『昔話をしにきたわけじゃない。君をとめに来たんだ』
「とめる?はて、俺には心当たりがないがなぁ」
『……じゃあ今すぐ後ろの物から離れてくれる?』
リヴァイは右ヒレを前に――それを、メガロの背後へと向ける。レイ達が視線を向ければ、メガロの体に隠れるように、1メートルサイズのクリスタルが浮いており、その中には黒光りする泡のような物が入っている。
「あ?何言ってやがんだ。これは俺のもんだろうが。テメェが盗んだんだろ」
『違う、それは危険な物なんだ。この世にあってはならない力だ。君は間違ってる』
惚ける、と言うよりも至極当たり前と言った様子でいうメガロに、リヴァイは悲しそうに目を伏せながら首を振る。その一連のやり取りと言葉から、レイはアレが『邪神の残滓』なのだろうと結論付けた。
「いいや、間違ってねぇ。……あの時からずーっと囁くんだよ。『取り返せ、お前の物だ』ってな。毎日毎日毎日毎日……煩くて寝れやしねぇんだ。じゃあもう俺が手に入れるしかねぇだろ」
『それは邪神が君に嘯いてるだけだ!目を覚ませ!グリードが悲しむ――』
「ウルセェよ!」
リヴァイの必死の説得に対し、怒声をあげて肩を震わすメガロ。だがその表情は――。
「もう遅い、もう遅いんだよ。……俺は疲れた」
ポツリ、と呟いた一言にレイは眉を顰める。だがそれも一瞬のことで、次の瞬間にはメガロは大きく口を開けてニヤリと笑い、嘲るような視線でレイ達を見据える。
「だからこれは俺の物だ。誰にも渡さねえ。そのために何百年この時を待ったと思ってやがる!これからは俺の時代だ!」
そして何かを吹っ切るかのように一際大きな叫び声を上げたかと思えば、くるりと振り返りつつクリスタルへと手を伸ばす。
その手はいとも簡単にクリスタルを突き破り、中に封印されていたものを開放する。
空気中に溶けだした黒い泡はパチパチと破裂音を鳴らしながらゆっくりと靄のようなものに変化していき、次第にメガロへと巻き付いていく。
「うぐっ!ッ~~~!!!」
『メガロ!』
口、目、鼻、耳。ありとあらゆる穴から巻き付いた黒い靄が侵入し、メガロの体を蝕む。
醜かった髭や髪の毛は抜け落ちていき、肌の色は浅黒く変色、骨格すらも異形の物へと変えていき、その凄惨な光景にリヴァイが思わず心配の声を上げた。
初めは苦し気なうめき声を上げていたメガロだったが、次第に笑い声へと変化していく。黒い靄で覆われているため姿は見えないが、その状態でさえ明らかにシルエットが異なっている。
「はぁ……はぁ……。クククッ、力が漲りやがる……!これが俺の本来の力……!」
そうして黒い靄が完全に晴れたそこには、先ほどまで見たメガロの姿はなかった。
先程の三倍、5メートルは越えるかというほどの巨大な体躯。ガタイの良い上半身に比べて、下半身はそこまで大きくなっておらず、その漫画の中でしか見ないようなアンバランスさが気味悪さを助長させる。
そして肝心の上半身はどちらかというとつるつるとしており、背面が黒く、対照的に全面、お腹側は白く染まっている。
目は鋭く、魚眼のようにぎょろぎょろと動き回っており、大きく裂けた口元にはピンク色の歯茎が見え、鋭い牙がこれでもかと生えている。極めつけは背中と両腕に生えた刃のようなヒレ。
その姿を見たレイは思わず――。
「……サメ?」
「いや、どっかって言うと人だろ?」
「魚人でいいのでは?」
どこか間抜けさすら覚えてしまう見た目に、思わず場に合わない感想を口にする三人だったが、メガロはそれを気にすることなく臨戦態勢を取る。
「さぁて一先ず、テメェらで力試しといこうかなぁ!」
『ッ、来るよ!』
リヴァイの掛け声とともに、レイ達も各々の武器を取り身構える。
――長く続く海賊たちの最後の戦いが、人知れず幕を開けた。
[TOPIC]
NPC【メガロ】
『キャプテン・グリード』の船に乗っていた船員の一人。その頃は見習の少年だったが、邪神の残滓に触れてしまった事により、化け物が住まう体になってしまった。
それからというもの、眠ることもお腹が空く事もなくなり、死ぬことすらできなくなった彼は【MEGARO】という名前から【ORAGEM】に変え、300年もの間とある目的のためだけにグランブルームに潜伏していた。




