5-38 怖震う連鎖を断ち切って①
「……えーっと、ちょっと待って」
暫しの空白の時間をおいて、頭を抱えたレイは何とか言葉を絞りだす。
「まずはたっつん、でいいんだよね?グリードと共にいた聖獣の――」
『正しいと言えば正しい。ただ僕の名前はリヴァイって言うんだ。あれはグリードがつけたあだ名であって、何度訂正しても直さなかったから諦めただけさ』
胴体にあるヒレを器用に動かし、まるで肩でも竦めるような動作をしながらレイの言葉に応えるリヴァイ。
その動きと呆れた表情に、意外にも感情豊かなのかと場違いな感想を抱きつつ、レイは質問を続けた。
「じゃあリヴァイ、ここはどこ?さっき力を貸してほしいって言ったよね?」
『うん、言った。でも懇切丁寧に全部説明している時間はないんだ。向かいながらでもいいかい?』
「向かうってどこに……」
『もちろん、あの中さ』
リヴァイは首を動かして目的地を告げる。それにつられるように視線を向ければ、先ほどから視界に映っている巨大な神殿があった。
『【青海の深水晶】を持っているだろう?』
「え?あぁうん」
不意に投げかけられた言葉に一瞬呆けたが、すぐさま心当たりを見つけると、アイテムポーチを触り、樹の島で見つけた水色の水晶を取り出す。
『それがあそこの扉を開く鍵になるんだ。あと僕の声が聞こえるようにもなる』
「は?もしかしてこの声って私しか聞こえてないの?」
予想外の一言にはっとし、レイは慌てて周囲に目をやる。
「おい、お前のご主人可笑しくなったのか……?」
「ぎゃう……」
「……そうか、もう一つキーアイテムが……」
そこには少し離れた場所で顔を寄せ合い、不審げな表情を浮かべつつひそひそと話す協力者と相棒の姿。またそれとは別に顎に手を当てて【青海の深水晶】をじっと見つめながらぶつぶつと呟く怪盗の姿があった。
「あの二人は後でボコボコにするとして……。うん、大体わかった。中に入るためにはどうすればいい?」
『近づくだけでいいよ。それだけで開く』
ハッチはともかく、それ以外の2人の態度に若干不機嫌になりつつも、リヴァイに次の行動を聞き、その言葉通り神殿の扉へと近づいていく。
そうして目の前に立ち止まったタイミングで、【青海の深水晶】が淡く輝き始める。
ゴゴゴゴゴッ……
それに呼応し、地響きを立てながら両開きの扉が開いていく。やがて音が止み、完全に静止したのを確認するとリヴァイがレイの横を抜き去った。
『よし、じゃあ行こうか』
声をかけつつも泳ぐように進んでいく背中をレイが追いかけ、その背後にリボッタとじゃしん、最後尾にはハッチが続く。
「スゲェな……」
「ぎゃう……」
中に入り思わずといった調子でリボッタが呟き、声を出さないながらもレイは心の中で同調する。
中は長い長い一本道であるものの、想像しているよりも広く、人が10人並んでも余りあるほどの横幅をしている。
壁は外壁と似た紋様の施された、青みがかった黄緑色。ただし、中には青色のキューブのようなものが壁や地面問わず埋め込まれており、それが白く発光して何やら神秘的な空間を作り上げていた。
「これはどこに向かってるの?」
『『キャプテン・グリードの宝』と呼ばれるものさ。と言っても金銀財宝みたいなものじゃないけどね』
「それって……」
『うん、想像通りだと思うよ』
そんな道を情緒もなく前進するリヴァイに、レイは改めて疑問を投げかける。
それに対してリヴァイは特に振り返ることもなく、淡々と説明を開始した。
『君にも見てもらった通り、大昔にグリード達に助けられてね』
「あぁ、湖の島での」
『そうそれ。もちろん、帰ろうと思えば自分で帰れたよ?ただ、僕にも目的があったんだ』
「目的?」
その言葉に首を捻るレイ。背後でまたもやひそひそと話す声が聞こえたが、それを無視しつつリヴァイの言葉にだけ集中する。
『聖獣に与えられた役割、という物に聞き覚えは?』
「えっと、多少は……」
『それなら話は早い。僕の役割は『邪神の残滓』を封印すること。そしてあわよくばこの世から永遠に消し去ることさ』
聖獣の役割と聞いて、レイは火山にて老烏の話していた使命という物を思い出す。
ゴウグ達の所でいう『世界樹の護衛』
コウテイ達の所でいう『共に戦う仲間を見つけ導くこと』
続けられた言葉もそれらと遠いとは思えず、レイは同一の内容だと判断して次の言葉を待った。
『ただ、僕だけの力じゃ両方成し遂げることは難しいからね。外部から助っ人を呼ぶことにしたんだ』
「……それが、キャプテン・グリード?」
『ご名答。力が強くて、正しい心を持つ人物。そんな人物を探していて、出会ったのがグリードだったって訳さ』
どこか懐かしむように首を上げたリヴァイ。表情は見えないものの、恐らく過去に思いを馳せているのだろうという事がレイにも伝わっていた。
『ただ、『邪神の残滓』というものは思った以上に厄介でね。残念ながら彼の力では消し去ることが出来なかった。それどころか、最悪の結末になってしまってね』
「最悪の結末って?」
『あぁ。船員の一人――いや、メガロだね。彼が邪神の力に魅入ってしまった。そして、その心の隙を『邪神の残滓』に潜り込まれてしまったんだ』
『邪神の残滓』という言葉にレイは目を細める。
以前、似たような名前の【邪神の因子】と呼ばれたボスと戦ったばかりであることもあり、今回も間違いなくそれ関連なのだろうと察した。
『結果、『邪神の残滓』を完全に消し去るにはメガロを殺すしかなくなった。当然グリードは仲間に手を掛けられるような人間じゃあない。結局、殆ど力を残したまま再度封印、という形になったんだ』
「なるほど……」
『しかもメガロに移った『邪神の残滓』は彼を化け物に変えてしまった。本体を世界に解き放つという悪意まで秘めて、ね……』
一連の話を聞いてレイはすぐさま考察する。
おそらくこれから始まるのは『邪神の残滓』との戦闘だろう、どう関わってくるのかは分からないが、メガロとも戦う可能性が高そうである。
そう算段を出しつつ、自身の限られた手札をどのように切っていくかに思考を切り替えようとしていたところで、痺れを切らしたような呼び声が聞こえた。
「なぁ、さっきから何の話してんだ?『くるくる』としか聞こえないから分かんねぇんだが。全部独り言か?」
「そんなわけないじゃん。ちょっと待って、今説明する――」
「そんな時間ないようですよ?」
リボッタの言葉にむっとしつつも、説明を始めようとしたレイに待ったの声。
口をはさんだのはさらに後ろを歩いていたハッチであり、その言葉――というよりも話しかけられたこと自体にリボッタが眉間に皺を寄せる。
「テメェの意見なんざ聞いちゃいねぇよ。入ってくんな」
「これは失敬。ただ前を見たほうが良いかなと思いまして」
「前?」
その言葉に前を見れば、はるか遠く、まだまだ豆粒のような大きさではあるものの、ふよふよと浮かぶ何かがこちらに向かってきている。
「ク、クラゲ?」
「おいおい、なんていう数だよ……!?」
『……メガロの奴』
それを見て困惑した声を上げるレイとリボッタ。
広い通路を埋め尽くすほどのクラゲを見て、リヴァイだけは静かに怒りを露わにしていた。
[TOPIC]
WORD【たっつん】
グリードが聖獣リヴァイにつけたあだ名。由来は見た目がタツノオトシゴのようだったから。
リヴァイとしては不服でしかなかったが、出会った当初は言葉が通じなかったこともあり、中々否定することも出来ず、言葉が通じるようになった頃にはそのあだ名が定着してしまっていたため、泣く泣く諦めたという。




