5-35 悪魔の正体
「海でクラーケンって、なんてベタな展開……!」
・海のモンスターのお約束
・海賊といえばだな
・デモニオクト……?
目の前には真っ赤に染まった触手のような、見たことのある生物の足。人の数十倍は容易に超えるそれは、ゆらゆらと揺らめいて不気味さを際立たせている。
・あ、思い出した!その話聞いたことあるわ!
・それマジ?
・これは有能リスナー
・マジマジ、エピソードが面白かったから覚えてるんよ
「おっ、その話詳しく!」
その光景に背筋を凍らせていると、何やらコメント欄で重要な話をしていることを感じ取り、レイはその詳細を求める。
・OK。あれは、三千年前のことじゃった…
・おい、ふざけんな
・そんな状況はねぇよ、早くしろ
・は~つっかえ
・……そんなボロクソに言わなくてもいいじゃん
無駄に引っ張ろうとしたことで非難を浴びた視聴者の一人は、落ち込みながらもコメントを残していく。
・『正体不明の船攫い』ってお話知ってる?
・何それ?
・もったいぶんなって
「私も知らないかな」
提示された単語にレイは首を振る。だが、一部の視聴者には心当たりがあったようで、理解を示していた。
・俺知ってるわ。船が忽然と消える奴だろ
・あぁ、俺もそのクエストやったかも
・書庫のじいさんのクエストか
「書庫のじいさん?」
またしても知らない単語に難しい顔をすれば、すぐさまコメントによる補足が入る。
・【英知の書庫】で受けられるクエストだよ
・そうそれ。話を聞いて対応する本を探すって奴
・あれ面倒だった記憶あるわ
そうして、有識者による解説が始まる。彼らの話を纏めると、『正体不明の船攫い』とはかつてキャプテングリードが台頭する大航海時代よりさらに昔から語り継がれている逸話であった。
内容は【ポセイディア海】にて、一定の周期で船が失踪するというもの。最初は海賊達による略奪や拿捕であると考えられていたが、どうやら海賊達の方でもその正体は掴めておらず、被害にも遭っているようだったのだ。
そして何より、何一つ痕跡を残していないことが、より【ポセイディア海】に住む人々に恐怖を与え、いつしかこの海には悪魔が棲んでおり、冥界へと連れ去られてしまう、という逸話が誕生したという。
・んで、最終的にはグリードが正体を解明したらしい
・なるほど、それで海の悪魔とか言ってたのか
・海の悪魔ねぇ
「確かに辻褄はあうね……。どうやって攻略したかとか書いてなかった?」
レイは教えてもらった情報と、現在の状況を照らし合わせ、この『記憶』がその時のものであると判断する。そして更に、少しでもヒントとなる情報を求めた。
・そこまではなかった
・命からがら逃げだしたってオチだった筈
・あれ、撃退したんじゃなかったっけ?
「ふむ……」
だがその解決方法までは誰も知らないらしく、一転して曖昧なコメントが錯綜し始めた。それを見てこれ以上はないと悟ると、次にやるべきことに思考を切り替える。
「取り敢えず流れに身を任せるしかなさそう――うわっ!?」
その時、船が大きく揺れる。立っていられず膝をついたレイが原因を探るために周囲を見渡すと、見えていた蛸足が船へと攻撃しようとしていた。
ゆらゆらと揺らめいたかと思えば、突然反対側へとしなり、弾かれるように船へと振り下ろされる。だが、船に触れる事はなく、その間に体を潜り込ませている男の姿。
「おいタコ助、俺の大事なマリアに触れるんじゃねぇ!」
手に握りしめたカトラスで自身の何倍もある触手を受け止めるグリード。憤怒の形相で雄たけびを上げると、押し返すように剣を振りぬき、先端から先を切り落とした。
ごとり、と音を立てて先端が船の上へと落ちれば、たまらず海中へと引っ込んでいく蛸足。しかし、それに怒ったのか今度は別の箇所から三本の足が船を囲うように再び浮上する。
「テメェ等、戦闘準備だ!このタコ捌いて刺身にすんぞ!」
「「「お、おう!」」」
グリードが声を掛ければ、戸惑いながらも返事をして戦闘を開始する船員達。突如として慌ただしくなった船内で、レイだけが取り残されていると、そこへお呼びがかかる。
「おい、早くこっちへ来い!」
「え?」
無理やり腕を引っ張られ、つれてこられたのは大砲の前。加えてマッチを渡されると、連れられた船員から説明が入った。
「お前はここだ!いいか、よく狙えよ。外したら全員死ぬと思え!」
「……なるほど、イベント戦って訳だ。そういうことなら!」
そこでようやく、自身のやることを理解すると、砲身を動かして目の前で蠢く蛸足へと狙いを定める。ちょっとした微調整を施しつつ、火を灯して耳を塞ぐ。
ドォン!
数秒後、体の芯に響くような重低音と共に放たれた砲弾は、寸分の狂いもなく蛸足へと直撃し、爆発を引き起こす。
「よっし、どんなもんよ!」
たまらず海中へと引っ込んでいく姿にレイはガッツポーズをする。だが、それと入れ替わるように新しい蛸足が出現するとレイに向かってその足を伸ばし――。
「っと、ここは通さねぇよ!」
「そっちは砲撃だけに集中しろ!」
だが、それが彼女に届く前に五人の船員たちによって攻撃は受け止められる。2メートル近い男達の全力によって時間を稼ぐ中、レイは急いで新しい弾をセットし、蛸足の中腹部分目掛けて発砲する。
砲弾はまたしても狂うことなく蛸足に命中する。独立した意思を持つ生物のように痛がって身を捩り、海中に帰っていけば、それに対して男達の勝鬨が聞こえる。
「よくやった!」
「中々やるなお前!」
「任せてよ、こういうのは得意だからさ!」
・ナイス!
・さすレイ!
・どんどん行こう!
賞賛の声に手をあげて返しつつ、新たな砲弾をセットする。その合間に周囲を見渡せば別の箇所でも蛸足を押し返している船員達の姿が映った。
「いいぞ!押してる押してる!」
「俺達の船を守るんだ!」
「おめぇら、最後まで油断すんじゃあねぇぞ!」
優勢な状況に加えて、船長でもあるグリードの言葉。まさしく磐石な体制の前に士気が上がり続ける中、――それは当然にやってきた。
「あ……」
ザバリと、巨大な水柱を立てながら現れたそれに、冷や水を掛けられたかのように黙り込む。
彼らの目の前には、『海の悪魔』の真の姿が浮かび上がっていた。
[TOPIC]
WORD【正体不明の船攫い】
【ポセイディア海】に伝わるとある伝説。航海に出た船が大小問わず忽然と姿を消すというものがあった。原因不明で、長らくの間『悪魔』によるものと考えられていたが、キャプテングリードによって、その正体が巨大な蛸型のモンスター、【デモニオクト】であると伝えられ、今までの現象はこのモンスターによるものであると判明した。




