5-23 『度胸試しと滝に飛び込んで』
「~~~~~!!!」
薄暗い水中にて、レイは声にならない悲鳴をあげる。ゲームだからか息苦しさはないものの、自由の利かない体に焦り、思わずもがいてしまう。
「ばぶ!」
そんな中、共に水の中に入ったじゃしんがレイの頬をぺちぺちと叩いて正気へと戻す。そのお陰かすべき事を思い出したレイはアイテムポーチから【バブルアーマー】を取り出す。
「――ふはぁ!」
使用の宣言と共にレイの周りには空気が現れ、外に漏れないよう薄い膜が出現する。ぷかぷかと浮かぶような感覚の中、ようやく一息つけたレイは同じように膜の中にいるじゃしんに礼を告げた。
「あー怖かった……じゃしん、ありがとう」
「ぎゃう!」
それに対してじゃしんは『任せろ!』とでもいうようにどんと胸を強く叩く。今回ばかりは頭が上がらないなと感じつつ、レイは切り替えて斜め下へと視線を向ける。
そこは滝の真下であり、まさに水が降り注いでいる場所。ドドドッと地鳴りのような音と共に気泡によって白みがかっているその場所を注視すれば、先程の島で見た時のように過去の光景が浮かび上がってきた。
『この滝……冒険の匂いがするな』
『はぁ?』
『出たよ船長の気まぐれ』
『こういう時大概何もないからな』
『うるせぇ馬鹿ども!テメェらには浪漫ってのが分からねぇのか!』
モノクロの映像の中で、先ほど見たグリードと思しき人物と何人かの船員が親し気に会話している姿が見える。
『島に一つだけあるどう考えても怪しい滝!この中に何も無いわけなかろうが!』
『はいはい、そうですね』
『それで何かあったことあります?』
『どうせ妄想でしょ』
力説するグリードに対し、呆れ顔を浮かべる船員たち。その態度にグリードはわなわなと震えると、くるりと振り返って叫んだ。
『……そんなに言うなら証明してやらぁ!』
『ちょっ!?』
そのまま全力疾走を開始したグリードは制止の声に耳を貸すことなく、20メートルはある滝の上から飛び降りると腕を真っすぐと伸ばして頭から着水する。
『絶対何かある……!俺には分かる――ん?』
口は動いていないが聞こえてくる、どこか確信めいた独白と共に滝の底へと潜っていくグリード。想像以上に深い滝壺の中で、やがて何かを発見したようだった。
『おい、死んでねぇだろうな!?』
『流石に大丈夫だろ、あの人頑丈だし』
そこで場面は先程の船員たちに映り、どうやらグリードが飛び降りたのと共に崖上から降りてきたらしく、軽口を叩きつつも少し心配そうな表情を浮かべている。
『あ、上がってきた。おーい、大丈夫ですか~――って』
『見ろお前ら!珍しい生き物いたじゃねぇか!』
『くるる!』
だがグリードはすぐさま水面から顔を出し、それにほっと安堵するような笑みを浮かべた船員達。だがそれと同時に、彼の手の中にある生物を目にして複雑な表情へと変化させた。
『……何すか、それ?モンスター?』
『知らん!だが珍しいだろ!』
『えぇ……』
その手の中にいたのは全長30センチほどのタツノオトシゴであった。色はエメラルドブルーで太陽の光を浴びてキラキラと輝く様は確かに宝石のように美しかったが、そんな未知の生物を手にして勝ち誇るようなドヤ顔を浮かべているグリードになんて声をかけていいか分からず、船員達は満場一致で困惑した声を漏らす。
『決めた!コイツは連れて行こう!名前もつけなきゃなぁ!お前、何がいい?』
『くるる~?』
そんな彼等をおいて、グリードはタツノオトシゴへと話しかける。それに対して首を傾げた所で映像は白みがかっていき、元の気泡へと戻っていった。
「なるほど、ここは出会いの場所なんだ。でもタツノオトシゴ?もしかして聖獣じゃない?いやでもコウテイみたいなパターンも――」
「ぎゃう~!」
それを見終えたレイは癖で考察に耽ろうとしたが、『そんなことしてる場合か!』とでも言いたげなじゃしんの声にはっと我に返る。
「あ、ごめん。考えるのは後にしてやることやっちゃおう」
そう言ったレイは泡の膜を纏いながらもきょろきょろと辺りを見渡し、一箇所明らかにキラキラと光る場所を見つける。
傍によって手を伸ばすと気泡が意志を持ったかのようにレイの手に集まりだし、やがて一枚の透明なカードが彼女の手に収まった。
「あったあった。目的は達成したし後は戻るだけだけど……」
ひとまずそれをアイテムポーチに仕舞ったレイが今後の動きを考えだすと、何やら外――水面より上で多数の怒号が聞こえ始めた。
「まずいね、思ったよりも集まるのが早いかも。これは【神の憑代】きるしかないか――」
それを聞いたレイは思わず顔を顰めて次の一手を探る。だがどうしても最終手段をとる以外に選択肢が思いつかずに四苦八苦していると、ドボンッ!と何かが水の中に侵入してきた音が聞こえた。
「なにっ!?」
『うへぇ、水は苦手でさァ……』
一瞬警戒したものの、その姿を見てレイは緊張を解いて言葉を漏らす。
「あれ、イブルじゃん」
『イブルじゃん、じゃないでしょうが!またあっしのこと置いてきましたね!?』
「いや、今回は不可抗力でしょ」
またしても地雷を踏みぬいたレイに怒り心頭といった具合に詰め寄るイブル。それに対して面倒臭そうに生返事をしながらもレイは言葉を返す。
「はいはい、ごめんだけど今構ってる余裕ないんだよね。こっからどうしようか考えないといけなくて――」
『えぇ、分かってまさァ。ところであっしの能力は覚えてますかい?』
「能力?」
唐突にイブルから質問を返され、思わずレイが怪訝な表情を浮かべると、イブルは体を上下に揺らしながら言葉を続ける。
『ほら、記録したアイテムの効果を使うことが出来るっていう』
「あぁ、あったねそういえば」
『あ、あったねって……まぁいいです。それ、ストックが増えたので新しく設定できやすよ』
「えっ、今?」
『今でさぁ』
どうでもいい、という訳ではないがこんな場面で話す事なのかとレイは目を細めたが、当然今話さなければならない内容らしく、不審がる彼女に向けて、イブルは堂々と言い放つ。
『そこでご主人に一つ提案を。とあるアイテムを頂ければこの状況を打開して見せやしょう』
「えっ、本当に?」
『勿論、ここであっしの有用性を再確認してもらいましょうか』
ふふん、と得意げにするイブルにレイは半信半疑ながらもその方法を尋ねる。
「でも打開ってどうやって?」
『ふっふっふっ、折角派手に登場したんです。帰りも派手に行きましょうや』
◇◆◇◆◇◆
「おい!人は集まったか!」
「こっちは十分過ぎるほどいるよ!港の方は!」
「そっちも問題ねぇ!しっかり囲ってある!」
レイが水中に入って数分後、滝壺の周りには多くのプレイヤーが集まっていた。その数はおよそ100を超えており、大所帯らしい中々の規模で周囲を囲みつつ、指揮を取っているプレイヤーが見張りをしていた男達に問いかける。
「おい、本当にここに『きょうじん』が入ってったんだな?」
「隊長!あ、あぁ!空から降ってきたんだ!」
「その後にもなんか本みたいなのが落ちてきてたし間違いねぇよ!」
身振り手振りで必死に表現する彼らに、隊長と呼ばれたプレイヤーは少なくとも嘘はないだろうと判断し、滝壺を眺めてにやりと笑う。
「じゃあ問題ねぇな、この包囲網は絶対だ。仮に出られたとしてもそれ以上の人数が海で待ってる。何があっても逃げきれやしねぇよ」
絶対的な優位を前にもはや勝ちを確信し、完全に狩る側だと思い込む隊長。その周りにいる部下達も賛同するように舌なめずりをしていたが――。
「奇襲のつもりだろうが、こんなど真ん中に落ちたのが間違いだったな。後はお頭が帰ってくるのを待つだけ――」
ドンッ!と凄まじい音を鳴らしながら突如として巻き起こった巨大な水飛沫。どう考えても異常事態のそれに体を硬直させながらも、【海鬼団】の面々はその原因へと目を向ける。
「何だぁ!?」
「飛び出て――ッ!?」
そこには禍々しくもどこか神秘的な、炎を纏った黒翼を背中から生やした少女の姿があった。
[TOPIC]
AREA【名もなき島】
その名の通り名もつけられていない島。最近になってクラン【海鬼団】が占拠した島であり、実質【海鬼団】のクラン島になっている。
ポセイディア海に存在する島の中では『グランヴルーム』に次ぐ面積を誇り、密林のように生い茂った木々や高低差のある土地、極めつけは島の中央に存在する巨大な滝と自然の豊かさが特徴。




