5-21 任務:島ヘト潜入セヨ
「ふぅ、ただいま」
「ぎゃう……ぎゃう……」
海深くにて留まっていた潜水艦。そのハッチが突然開いたかと思うと一切濡れていない少女が中へと入り椅子へと腰を下ろす。その傍ではじゃしんが涙を流しながら体操座りをしていた。
「おう、上手くやったようだな」
「まぁなんとかね」
しかし操縦席にいるリボッタはそれに反応するどころか驚いた様子すら見せず、むしろ予め分かっていたかのような労いの言葉をかけるとガチャガチャとエンジンを起動し始める。
「ってかコレ、【バブルアーマー】だっけ?滅茶苦茶便利だね」
そう言いながらレイはハッチを閉じて、その境目に膜のように張り付いていたアイテムを引っ張って手に収める。するとその透明の膜は次第に縮小し、やがてテニスボールサイズの小さな球体となった。
「だろ?泳げないならいっその事泳がない状況にすればいい、まさにお前にうってつけのアイテムってわけだ」
レイが持つ透明な球体の名は【バブルアーマー】、リボッタの説明の通り水中での行動を可能にするアイテムであった。
それを使用すると、プレイヤーの身体を覆うシャボン玉のような膜が出現し、機動力は下がってしまうものの、水の中を進むことが出来るという内容のアイテム。
衝撃に弱く、そのデメリットも相まって戦闘では使い物にならないため、ほぼほぼお遊びアイテムではあるが、ただ観光目的のプレイヤーや、レイのような泳げないプレイヤーにとっては救世主のようなアイテムであり、それを見つけてきたリボッタに思わず感心してしまう。
「お前の方もよく無事で済んだな。いや、心配はしてなかったが」
「何そのツンデレ? まぁ3日あったからね。情報持ってるのは向こうだけじゃないって」
「なるほど、違ぇねぇな」
ただリボッタもリボッタでレイに思う事があるようで、キッドと戦闘し無事戻ったことを労うように言葉をかけ、レイもそれに笑みを浮かべながら言葉を返す。
どうやら準備期間に動いていたのはリボッタだけではなかったようだ。レイはレイでネットの情報を漁っていたらしく、先のキッド戦を含め、今回の相手――『海賊連合』の情報を少なからず持っているようだった。
「予想外だったが、一番警戒すべき人間が離れてくれたのはついてる。さっさと行ってやることやっちまおう」
「OK、じゃあ運転よろしく」
そんなレイに頼もしさを感じつつ、リボッタは潜水艦を動かして次の島を目指す。
――【海鬼団】の本拠地へと。
◇◆◇◆◇◆
「……ダメだな」
「うーん、無理そうだね」
遠目にうっすらと島が見える距離で潜水艦を止め、そこから島の様子を窺っていたレイ達は言葉を交わす。
「流石最大規模の海賊団っていった所かな?島中船だらけだね」
「寄った瞬間即バレだろうな……」
そこには大小様々な帆船が所狭しと並んでおり、その全てが同じ海賊旗を掲げていた。おそらくキッドが招集をかけたのだろう、そう考えたレイは素直に上陸するのを諦めて椅子から立ち上がる。
「仕方ない、私が行ってくるよ」
「まぁそれしかない、か。俺はどうしたらいい?」
その言葉に賛成するようにリボッタは頷き、【バブルアーマー】を片手にハッチへと向かうレイに指示を求める。
「取り敢えずここキープで。潜入はいけそうだし、帰りもなんとかする」
「大丈夫か……?まぁいい、場所は指示してくれればこっちでも調整出来るからな。――っとそうだ」
心配しつつも再度頷いたリボッタが思い出したかのように自身のアイテムポーチに触れると、あるアイテムを取り出してレイへと投げる。
「ん?これは?」
「さっきの島で拾った。必要かはわからねぇが、どうする?」
それはトランプくらいの大きさをした薄い一枚のカード。全体的に半透明でその中心部分に先ほど見たシンボルが描かれており、それを受け取ったレイは頭を捻らせる。
「う~ん、なくすのは怖いけど……。でも使うかもしれないし一応持っておくよ。ありがと」
悩んだ末に受け取ることを決めたレイは、そのカードをアイテムポーチに仕舞って【バブルアーマー】を使用する。途端にレイの体を空気の膜が包み込み、それを確認したレイはゆっくりとハッチを開けた。
水が中に入らないよう細心の注意を払いつつ外に出て、同じように慎重にハッチを閉めたレイはぴょこんと自身の顔が海面から出る高さをキープしつつ、腰にある本をトントンと叩く。
「さてと、イブル~?」
『……』
しかし呼びかけてみても反応がない。普段であればすぐさまハイテンションで答えるハズであり、その態度にレイは不思議そうに首を捻った。
「あれ?イブルどうしたの?寝てる?」
『……』
「おーいって」
『……』
「……濡らすよ?」
『それだけはやめてくだせェ!!!』
このまま反応がないかと思われたが、レイによる必殺の脅し文句によってガパリと小口を開くイブル。ギザギザの歯を見せて目の前をふらふらと漂うその姿に、レイはジト目を向ける。
「喋れるじゃん、何で黙ってたの」
『だってェ!前回からずっとほったらかしなんですもん!』
「ほったらかしぃ?」
突然浴びせられた抗議の声に、レイは何のことか分からず素っ頓狂な声を上げ、それを見たイブルはさらにヒートアップしていく。
『えぇ!前回最後の会話覚えてますかい!?――あ、じゃしん様お疲れ様です。今日も一段と凛々しいですねェ――覚えてないでしょう!?えぇえぇ、どうせあっしは都合のいいだけの男!スキルを使ったら用無しなんでしょ!ラフランスかよべらんめぇ!』
「いやうるさっ」
一方的に捲し立ててくるイブルに耳を塞いで不快気な表情を向けるレイ。だがそれでも止まる事なく話し続けるため、レイはその言葉を強制的に断ち切った。
「あーはいはい、要するに拗ねてるって事でいい?」
『そうですよぅ!悪いっすか!?』
「いや、悪くないけど……」
問いかけに対し、開き直った態度をとるイブルにレイが困ったように眉を寄せると、それを見て更に口をカパカパと開く。
『あー!今面倒くさいって顔した!どうせあっしなんかその程度の存在なんだ……!』
「あーもう、悪かったって。今度埋め合わせしてあげるからさ、機嫌直してよ」
落ち込んだように下を向いてしまったイブルに対して、埒が明かないと感じ取ったレイは折れる形で謝罪の言葉を口にする。それに対してちらちらと探るような視線。
『……本当に?あっしの事も見捨てない?』
「見捨てないってば。イブルがいないと私も困るし」
『――だったらいいでしょう!それでご主人!今回のご用件は!』
いとも簡単に機嫌を取り戻したイブルは上機嫌にレイの目の前を漂い始め、それに呆れた視線を向けつつも、レイはお願いを口にする。
「【簡易召喚】して――ってもう面倒くさい!」
「ぎゃう?」
だがそのお願いを聞いた瞬間、またしても沈んでいくイブルに対し、遂に本音が漏れ出てしまうレイ。そこへ隣にいたじゃしんが問いかけるように、首を傾げてレイの袖を引く。
「ん?あぁ下から行ってバレるんならそれ以外の所から行けばいいかなって」
「ぎゃ、ぎゃう~」
その言葉と先程のスキル名、それからレイの手に握られている鳥を形どった銀色のエンブレムを見て、どうやらじゃしんはこの後の動きを察してしまったようで、引き攣った笑みを浮かべながら後ずさる。
「ははは、そんな顔してもダメだよ。私だって覚悟決めたんだから」
だがその腕をガシリと掴まれ、下がる事すら許されない。縋るように顔を上げれば、そこには覚悟した――というよりもどこか諦めたような、据わった瞳がじゃしんを捉えていた。
[TOPIC]
ITEM【バブルアーマー】
【賢者】によって作成された魔道具。特殊な素材に風魔法が施されており、海中を漂うことが出来る
効果①:水中滞在時間増加
効果②:移動速度大幅低下




