5-18 それぞれの夕暮れ
「よう、聞こえてるか?」
『遅いぞ。どれだけ待ったと思ってる』
『そうよ、こっちはお店もあるんだから。あなたと違って忙しいのよ』
辺り一面がオレンジ色に染まったとある島。荒れ狂う海が一望できる断崖絶壁の上で、キッドは沈みゆく夕日を眺めながらもウィンドウに話しかける。
「んなこと言ったって、急に呼び出したのはそっちだろ?」
『準備はしておけと言っていた筈だが?』
『貴方、大丈夫って、分かったって言ってたわよね?』
「……あー、はいはい。俺が悪うございました」
ウィンドウからは2つの声が聞こえており、少し不平不満を垂らせばそれ以上の圧が返ってくる。それに分が悪いと悟ると、キッドはすぐさま手を上げて身を引き、逃げるように話題を変えた。
「それで?話って何だよ」
『『闇商人』が船を完成させたわ』
「へぇ、やっとか」
質問に答えたのは少しだけキツめな印象を受ける女性の声。その情報は待ち望んでいたものでもあり、キッドは人知れずニヤリと顔を歪める。
「これでいつ動いてもおかしくないって訳だ」
『そういうこと。『きょうじん』と『大怪盗』の姿はまだ見えてないけど、間違いなくすぐ動くでしょうね』
ウィンドウの向こうの女性は自身の考えに止まる理由がないもの、と付け足して締め括る。音声のみで姿は見えていないが、そのどこか呆れたような口調から、肩を竦めている様子が容易に窺えた。
「それで?海軍さんはどうするんだい?」
『……ふん、やる事は変わらんよ。邪魔するものは排除する。たとえ貴様らであろうとな』
「あっそ。口だけならなんとでも言えるもんな」
キッドがもう一人のプレイヤーに声をかけると、今度は渋いバリトンボイスが響き渡る。その内容は明らかにキッドたちを敵視した物であり、それを聞いてキッドは相応の態度を見せる。
『待ちなさいよ。ねぇ、取り敢えず彼らを潰すまでは連合で共同戦線を張らない?企みさえ潰しちゃえば諦めてくれるかも――』
『必要ない』
「俺も反対だな」
まさに一触即発、ピリピリとした空気が流れ出したのを感じ取った女性はそれを言葉で制しつつも、再度協力を要請する。だがしかし、二人はこれを即座に拒否した。
『……はぁ、どうして?』
『何故私がそんな奴等に怯える必要がある。そもそも次にやるべきことが分かった以上、貴様らとは敵同士に戻ったわけだ。同盟も最早何の意味も持たぬ』
『まぁそれはそうだけど……キッドはどうなのよ?』
「俺はもっとシンプルさ。アイツらに会ってみたが、諦める姿ってのがどうしても想像できねぇ。だから一時的に凌いだところで意味なんかねぇし、いつまでも俺達が仲良く手を繋いでるとも思えんしな」
返された答えに女性はまだ何か言いたげだったが、その頑なな態度から何を言っても説得は不可能と判断し、再度疲れたようにため息を零した。
そのまま女性が黙ったことで静寂が訪れ、これ以上話す事は無くなったと判断したキッドが意見をまとめてこの会談を締める。
「つーことで、いつも通り自分の縄張りは自分で守るって事でいいよな」
『はなからそのつもりだ』
『もうっ、勝手にすれば!ただ、これを機に攻めてきたらただじゃおかないからね!』
そうして各々が捨て台詞ともとれるような言葉を吐き捨ててウィンドウを閉じていく。ようやく静かになった崖上でキッドは立ち上がると、噛みしめるようにぽつりと呟き、一歩前に進む。
「さてと、長らく続いた均衡もそろそろ終わりか。長いようで短かったが……最後は派手に暴れますかね」
誰にも聞かれることのないその独白は潮のにおいが混じる空気に溶け込んでいき、キッドもまた断崖絶壁を超えて海へと飛び立っていく。
誰一人いなくなり、閑散とした崖上。とうに日は沈み、月の光が嫌になるほど眩しく照らしていた。
◇◆◇◆◇◆
「お待たせ」
「ぎゃうっ」
「おう、来たか」
月が昇り始めた頃、NPCの少なくなった『グランブルーム』の港にて、レイとじゃしん、リボッタが合流する。
「ちゃんとリスポーン地点は固定したか?準備は出来てるんだろうな?」
「大丈夫だって、すぐそこの宿屋にしたから。んで、これが船?」
「あぁ、潜水艦だ。隠密にゃピッタリだろ?」
母親のように執拗に確認をとってくるリボッタに辟易しながらも、レイは目の前に存在する楕円形の乗り物に目を向ける。
背後には魚の尾びれのようなモノがついており、一見魚雷のようなフォルムをしているが、前方左右には円形の窓が備え付けられ、上部にあるハッチから中に入れるようで、リボッタの言う通り潜水艦なのだろうとレイは納得する。
「いいね、こういうの嫌いじゃないよ」
「ぎゃう~」
「そうだろうそうだろう」
海の中を進む船を前に、レイとじゃしんがワクワクしながら見つめれば、その様子を見てどこか得意げになるリボッタ。その後も一通り潜水艦を見渡したレイはふとこの場にいないもう一人の協力者について尋ねる。
「ハッチは?」
「作戦通り、先に動いてる。さっき連絡が来た」
「おっけ。じゃあ後は私達が上手くやるだけってことだね」
その言葉を聞いてレイは一つ頷くと、遥か彼方、水平線へと目を向ける。そこでは僅かに夕日が顔を出しているものの、今にも隠れてしまいそうなほど小さくなっており、結構時間が近づいていることを示唆していた。
「時間もいい具合だ。そろそろ向かうぞ」
「了解」
横から見ていたリボッタがレイの視線の意味を理解すると、一言声をかけて潜水艦の中へと入り、それに続くようにしてレイとじゃしんも潜水艦の中へと入っていく。
中には3つの椅子が備え付けられており、操縦席となる前方に一つ、その後ろに二つあった。最初にリボッタが操縦席に座ったため、レイとじゃしんは背後の椅子に腰を下ろして窓の外を眺める。
「目指すのは?火の島だっけ?」
「あぁそうだ。そこから何が起こるかは分かんねぇがな」
「ま、行けば分かるでしょ」
その流れで目的地について尋ねると、リボッタは適当に相槌を打ちながら何やらボタンやレバーを動かしていく。
やがてブルン!とエンジンが起動したかのような音が鳴ると、レイ達を乗せた船はどんどんと海の中、光の届かない世界へと沈んでいく。
「ぎゃう~!」
「さてと、頑張りますか」
どこか神秘的な光景を前にじゃしんは目を輝かせ、レイはそれを眺めながら気合を入れるようにぽつりと呟いた。
[TOPIC]
NAME【キッド】
身長:172cm
体重:63kg
好きなもの:海、自由、戦い
白いシャツにゆったりとした黒いズボン、ブーツに赤色のターバンと、中世の海賊のような恰好をした浅黒い肌の青年。
【海鬼団】のボスではあるが、初めは一人で自由に航海するだけだった。だが倒した相手を傘下として吸収していった結果、気が付いたら人数では他を寄せ付けない大所帯となってしまい、今では少し面倒に感じている。
単純な戦闘力であれば『海賊連合』一と噂されるほど。特に海というフィールドでの戦闘においては、身に着けた装備も相まって右に出る者はなく、海賊船を沈めた回数も片手では数えきれない。
『キャプテン・グリードの宝』を狙っているが、他2つのクランに比べてそこまで熱意はなく、気ままに海を旅したり、強いプレイヤーとの戦闘に重きを置いているらしい。




