5-14 海中の破壊者
・そうなんだ
・意外、苦手な物なんかないと思ってた
・なんで?
「なんでって、小さい頃に海で溺れたことがあったんだよ。それ以来どうも苦手意識がついちゃったみたいで」
・あー、なる
・トラウマってやつか
・俺もそうだわ
「おまっ、それ本当か!?どうすんだよ!?」
あまり言いたくない内容なのか、恥ずかしげに頬をかきながら質問に答えるレイ。そんな様子の彼女にリボッタは取り乱した様子で詰め寄る。
「そんな事言ったって今初めて聞いたし。あらかじめ言っといてくれれば良かったのに」
・そうだそうだー
・ってかそもそもアイテムレイちゃん使えなくね?
・確かに。どっちみちじゃん
「それは……そうだな。言い訳もねぇ……勝手に思い込んじまってた……」
視聴者とレイの非難の声にリボッタは改めて思い返し、決められた攻略法にしか目が言っておらず、それが最善だと思い込んでしまっていた事に気が付く。そのせいで落ち込んでしまった彼にレイもどこか居心地が悪い気がしていると、唯一慌てていないハッチが手を挙げた。
「えーっと、反省している時間はないのでは?」
「そうだった!おい、一旦逃げるぞ!振り落とされないようにソイツをしっかり捕まえとけ!」
「え?他に方法はないの?」
「ない事はねぇがこの船じゃ無理だ!もたもたしてっと――」
ハッチの言葉に慌てて操縦室に駆け込んだリボッタは全力でエンジンを吹かしてその場からボートを動かす。だが、それを見逃す程エリアボスは甘くない。
ゆらゆらと揺れていた魚影は逃げ出そうと速度を上げていくボートに近づくと、海面へと跳び上がり、刀のように鋭くなっている頭部でボートを斬りつける。その斬撃はまるでバターにナイフを通すかのようにボートの側面を切り裂き、その切れ味にレイは絶句する。
「船を斬った……!?」
「あぁ!『刀痕』ってのはそういう意味だよクソッタレ!」
【Shark of Sword Scur 】――通称【S・S・S】は体中が研ぎ澄まされた一本の刀のようなモンスター。中でもその頭部に付けられた全体の3分の1ほどある巨大な太刀を使って数多の船を疵物にした上で沈めてきており、船乗りのNPC曰く『海の解体屋』と呼ばれるほどである。
そんなモンスターに追われている状況で、リボッタはヤケクソ気味に叫ぶと全力でペダルを押し込んで最高速度で港を目指すが……。
「リボッタ!追ってきてる!もっと速度出せないの!?」
「無理だよ!これ以上はねぇ!」
それでも、【S・S・S】を振り切るには至らない。それどころか速度自体は向こうの方が上らしく、海面に浮かぶ魚影は悠々と横を通り過ぎていく。
「きますよ」
「あぶなッ!」
ハッチの言葉と共に海面から飛び出した【S・S・S】は先程と同じように船に向かってその頭部の刀を振り落とそうとし、寸での所でレイの放った弾丸によって迎撃され海へと帰っていく。
だがそれで完全に撤退するわけもなく、再び様子を窺うように船の周りを泳ぎ始める【S・S・S】。先ほどは上手く行ったが、こんな綱渡りのような攻撃を繰り返したとして状況が好転するとは思えず、寧ろ何時ボロが出てもおかしくないと考えたレイは焦った様子でリボッタに声をかける。
「リボッタ!さっき言ってた別の方法ってのは!?」
「あ?今の状況じゃ――」
「良いから早く!」
「……釣り上げれば一応陸上で戦える!だがそれをするには船の設備も広さも、何もかも足りてねぇ!」
一度は困惑を示したリボッタも、レイの必死の叫び声につられてか答えを叫び返す。それを聞いたレイは少し考える素振りを浮かべ、何かを決意したように一つ頷く。
「なるほど……ってことは一先ず足場さえあれば舞台は整えられるって事ね!」
「あぁ!?」
言っている意味が分からないとでも言いたげなリボッタの反応に言葉を返すことなく、レイはハッチの方を振り返って相談をする。
「ハッチ、タイミング合わせて【風の踊り場】出してもらえる?」
「――なるほど、そういう事ですね?分かりました」
それを聞いたハッチはレイが何を言いたいのか理解したようで、ニコリと笑って肯定する。それを見届けた後、続いてレイはじゃしんに声をかけた。
「話が早くて助かる。よし、じゃしん行くよ」
「ぎゃう……?」
何とか船に帰ってきていたじゃしんに近づいたレイは釣り竿に着いた紐を握ると、じゃしんの体にぐるぐると巻き付けていく。初めは何が何やらといった様子だったじゃしんも、やがてレイの意図を察したようで、抗議するようにじたばたと暴れだす。
「ぎゃうっ!ぎゃうきゃう!」
「申し訳ないけど拒否権はないよ!いってこぉい!」
だがその抵抗も空しく体にきつく糸を巻き付けられたじゃしんは、今度はレイの手によって海へと帰っていく。ザバーンと大きな音を立て再度エサとなったじゃしん。そこに近寄る黒い影。
「ぎゃう~!?」
「まだ……まだ……」
どうやらレイの狙い通りに、戦闘よりもエサの確保を優先した【S・S・S】。つんつんとじゃしんをつついて明らかに興味があるそぶりを見せるモンスター相手にレイはじっと待ってタイミングを見計らう――。
「今!」
・釣れたぁ!
・本日2度目!
・大漁大漁!
【S・S・S】は大きく口を開き再びじゃしんを咥え込んだタイミングでレイはリールを回しながら思いっきり釣竿を引っ張る。そして先程と同じ要領で見事に海上へとひっぱりあげると、すぐさまハッチへと指示を飛ばす。
「ハッチ!」
「【風の踊り場】」
レイが名前を呼ぶのと同タイミングでハッチはスキル名を口にする。瞬間、海中に落下していくかと思われた【S・S・S】の体が、陸地に打ち上げられたかのように空中で制止した。
「ナイス!」
予定通りの展開にレイはすかさず攻勢に出る。アイテムポーチからくすんだ赤色の草を取り出すと、一口にそれを飲み込みながら手に持った拳銃で【S・S・S】の体を打ち抜く。
数カウント後、じゃしん爆発。自由に使用できるという括りであれば未だに瞬間最大火力を誇る一撃を前に、【S・S・S】はのた打ち回っており、それに続くようにハッチが【S・S・S】の元へと飛び出す。
「僕も力添えしましょう。――【サンダー・ブレイク】」
尾から順に背中、ヒレ、頭へと手を滑らせたハッチはレイにも浴びせた高威力の雷撃をお見舞する。その一撃を前に【S・S・S】は体を痙攣させており、決して少なくないダメージを負ったようだった。
「ハッチ離れて!【黒月弾】!」
・いっけぇぇぇ!!!
・トドメだぁぁぁぁ!!!
・やったか!?
そして最後に、ダメ押しと言わんばかりに放たれた黒色の弾丸。その弾は膨張し、全てを吸い込んで敵を滅する――筈だった。
「んなっ!?」
「おっと……」
・そんなのありか!?
・斬られた!?
・これ発狂モード入ったな
【黒月弾】が膨張し、強烈な引力を発生させたその瞬間、突然真っ二つに斬り裂かれた。その奥には赤いオーラを纏った【S・S・S】がレイを睨みつけながら海へと帰る姿。
「まずっ、逃げられる!」
それに対しレイは焦りを見せ、船の柵を掴みながら海中を覗き込む。残念ながらそこには【S・S・S】の姿はなく、折角追い詰めたのに――と肩を落とした所で、一際大きく船が揺れた。
・なに!?
・見てるだけで酔いそう
・分かる。てかもう無理……
グラグラと揺れる船に必死でしがみつき、何が起きているのか把握しようと努めるレイ。だがそれは突如船底から突き出た銀色に煌めく頭部によって、悠然と証明された。
「そっちか……!」
「おい、不味いぞ!このままだと沈められる!」
「おい、助けてやろうか?」
何度も何度も場所を変えては、刀のような頭部を突き刺すことで船を穴だらけにする【S・S・S】。このままでは時間の問題だと、レイとリボッタが焦りに身を焦がす中、不意に聞き覚えのない声が彼らの耳に入ってくる。
「テメェは!?」
「おう、久しぶり『闇商人』。そっちの『きょうじん』と『大怪盗』は初めましてだな」
その男はボートの先端に腰を掛けていた。頭には赤色のターバンを巻き、白いシャツにゆったりとした黒いズボン、そして茶色いブーツを身に着けた青年はどこか陽気で何も考えてなさそうな印象をレイ達に持たせる。
だがその顔を見た瞬間、リボッタは警戒したように声を張り上げた。そのやり取りから何やら顔見知りであることを理解したレイはリボッタと同じように警戒を強めながらもその素性を尋ねる。
「えぇと、あなたは?」
「俺はキッド。【海鬼団】の船長やってんだ。よろしくな!」
そして屈託ない笑顔で返された答えは、今の彼女をフリーズさせるには十分すぎるほどの威力だった。
[TOPIC]
MONSTER【S・S・S】
その体は名刀の如し。海中にて『刀痕』見れば、奴のナワバリと心得よ。
水棲種/刀魚系統。固有スキル【身刃化】。
≪進化経路≫
<★>小刀魚
<★★>トギサンマ
<★★★>大太刀魚
<★★★★>テットウツボ
<★★★★★>S・S・S




