5-13 レッツフィッシング!
「釣るって……いやいや、相手エリアボスモンスターなんでしょ?本気?」
「至って本気だよ。ほらこれがエサだ」
疑うような眼差しに至極真面目に答えたリボッタは、それと共に何かを投げつけた。
「何これ、生きてるの?」
「あぁ、【シーピラニア】っつうモンスターだ。単体だと別に強くねぇから気にすんな」
それを受け取ったレイの掌の中には鋭い牙に緑の鱗が特徴の一匹の魚。ぎょろぎょろと眼玉を動かしながら陸でも力強く動く様に本当かと問い返したくなったが、そんな事よりも気になることを確認する。
「ねぇ、釣りってどうやるの?」
「あ?お前なら釣りゲーやったことあるだろ?『フィッシャーマン』とか」
「え、うん」
「それと操作方法は大体一緒だ。エサを針につけてしなったらリールを巻け」
「なんて雑な説明……」
自身も所持している超有名ゲームの名前を聞いて何となく操作のイメージはついたレイだったが、雑な説明には変わりなく、思わず呆れた声を漏らす。
「お前相手なら十分だろ。怪盗の方も大丈夫か?」
「えぇ、僕はやったことありますので」
「うし、じゃあ始めるぞ」
だがそんな抗議の目もなんのその、酷くおざなりに対応したリボッタはハッチに軽く声を掛けると、せっせと自分の釣竿の先に【シーピラニア】をセットする。
その流れに不満がない訳ではないがそれを追求するのも時間の無駄だとレイは悟ると、リボッタの動きを真似て【シーピラニア】のエラに針を深く刺して海へと放り投げた。
「ぎゃう〜」
そうして始まった奇妙な関係の3人による釣り大会。レイとハッチが隣り合い、操縦室を挟んで反対側にリボッタが立つという位置関係で誰一人言葉を発することなく、聞こえるのは柵の間を潜って海に手を伸ばしてるじゃしんの声のみ。
人によっては心地よいとも言える静寂だが、残念ながらレイにとっては地獄であり、暇を潰すという意味でもリボッタに話しかけた。
「ねぇリボッタ、今狙ってるのって何て言ってたっけ?」
「【S・S・S】だな」
「それって何の略なの?条件エンカウントって言ってたよね?」
「確か【Shark of Sword Scar】だな」
「【Shark of Sword Scar】……鮫?刀痕?」
「意味は見りゃ分かる。それと、エンカウント条件は簡単だ。『モンスターをエサにして釣りを行うこと』。ステータスの高いモンスターの方が釣れる確率も上がるらしいが、今使ってる奴でも釣れるから問題ねぇ」
「ふーん、そうなんだ……」
知りたいことを聞ききったレイは適当に相槌を打って会話を終わらせる。瞬間、しまったと後悔したもののこれ以上話せる話題は持っていない為、諦めて視聴者と話すことに決めた。
「地味な絵面が続くなぁ……みんな暇じゃない?」
・まぁ正直…
・良いんじゃないたまには
・素潜りして捕まえよ
「素潜り?いや~、それはちょっと厳しいかな――っと」
コメントを読みながらあははと笑っていたレイだったが、突然ボートが大きく揺れる。恐らく高波が発生したのだろう、それ自体は大した事ではなかったのだが、それ以上の大事が発生してしまった。
ザバーン
「え?」
「ん?」
「何だ?」
突然聞こえた水飛沫の音に船上の3人は周囲を見渡す。そしてすぐさまその原因を見つけた。
「ぎゃうぎゃう!?」
「じゃしん!?落ちたの!?」
・あー、柵の奥にいたから
・一体何やってんだか…
・やると思った
何故か海上にて、バシャバシャと両手をバタつかせながらあっぷあっぷしているじゃしん。それを見つけたレイは驚きの声をあげ、視聴者はどこか納得したようなコメントをあげる。
「と、取り敢えずこれに捕まって!引っ張り上げるから!」
「ぎゃうっ」
その姿に珍しく取り乱したレイは釣り竿を持ったまま移動してじゃしんの元に糸を垂らす。それを藁にもすがる思いでじゃしんが掴んだ、まさにその時。更なる異変が起こった。
「ぎゃ、ぎゃう……?」
「まさか……」
ゆらりと、じゃしんの真下にうっすらと影が出現する。それは全長3メートル程の巨大な巨大な魚の影であり、それを見たじゃしんが嫌な予感に顔を青褪めさせた。
「来たぞ!【S・S・S】だ!」
「ぎゃう!?!?!?」
そこにいつの間にか回り込んできていたリボッタが影を見て声を張り上げ、それと共にその影が海面に姿を現す。そしてその勢いのまま糸に捕まったじゃしんをその大きな口で捉えた。
・食い付いたぁ!
・ステータス高い…モンスター…あっ(察し)
・↑そういうことか
「おい、引け!」
「りょ、了解!じゃしん!頑張って!」
「ぎゃう!?」
思わぬ無茶振りに『正気か!?』と言いたげに目を見開いたじゃしん。だが律儀にもその指示に従うように糸を握りしめ、【S・S・S】の歯にしがみ付きながらも精一杯耐えている。
「デカくない!?これボートに乗り切らないけど!」
「問題ねぇ!釣り上げた『判定』さえ取れれば勝手に戦闘に切り替わる!」
「そういうことっ!」
自分のやるべき事を察したレイはリールを巻く事に集中する。力強くそれでいて繊細に、糸が切れないよう細心の注意を払いながら糸を引き寄せていき――。
「おりゃあ!」
・一本釣りだぁ!
・よいしょぉ!
・お見事!
「ぎゃうっ」
そして最後には全力で竿を引き、尻餅をつきながらも【S・S・S】とじゃしんを海面から引っ張り上げることに成功する。
[warning!!!]
ボスモンスター出現
・S・S・S ★★★★★
起き上がりながらも顔を上げたレイの視界が捕らえたのは一匹のノコギリザメのようなモンスター。ただしその全身は刃のように鋭く磨き上がっており、特に頭部はまるで日本刀のような鋭利さと輝きを放っていた。
「よくやった。取り敢えず第一段階は上手く行ったみたいだな」
「それで次は?これ倒すんだよね?」
「あぁ、これを使え」
レイが立ち上がるのと同時に【S・S・S】は再び海面に潜る。だが逃げるような素振りはなく、寧ろ狙い定めたかのようにボートの周りを旋回している。
それを見て警戒を強めつつも次の動きについてレイが尋ねると、リボッタは再度レイに向かって何かを渡した。
「【エアベリー】、水の中でも息ができるようになるアイテムだ。それを使って海の中に入ってあいつを倒してこい。水中戦にはなるがお前なら――ってどうした?」
「えーっとぉ……」
決めていた段取りを淡々と説明するリボッタ。それを聞けば聞くほど何か言いたげな、微妙な表情に変わっていく顔を見て、リボッタは不審そうに眉を寄せる。それに対して申し訳なさそうにしながら、レイは恥ずかしそうに頭を掻いた。
「――ごめん、私泳げないんだよね」
「……はぁ!?」
・え!?
・そうなの!?
・知らんかった…
そうして発せられた衝撃の一言に、聞いていた者例外なく、全員が驚いたようだった。
[TOPIC]
GAME【フィッシャーマンVR】
コンシューマー時代から愛されてきた超名作釣りゲーム。
ストーリは存在せず、ただひたすらに釣りのみ可能という内容で、地味ながらも細かな動作に拘った本作は数多の吊り名人を唸らせるほどであり、多くのゲーマーの趣味に釣りを追加した。
待望されていたVR化においても、その性質をいかんなく発揮し、海川問わず多種多様の生物を釣ることが出来、お手軽に釣りの基礎を学びつつ、その奥深さを体験できるという事で話題になった。




