5-10 『大怪盗』のマジックショー
先に動いたのはハッチだった。
手に持ったステッキを小さく振ると、彼の周囲に火の玉がいくつか出現し、レイに向かって襲い掛かる。
真っ直ぐに飛来する炎の塊。決して遅くないスピードではあるが、今更そんな物に苦戦するほど軟ではなく、レイはほとんど体を動かすことなく躱してみせる。
「この程度?思ったよりも普通だね」
「まぁまぁ、小手調べですので」
その煽りに取り乱した様子もないハッチは再びステッキを振るう。すると今度は周囲に氷の礫が出現し、先程と同じようにレイに向かって飛来した。
「だから効かないって――」
「えぇ、知ってますよ」
「なっ!?」
見た目が変わっただけで、同じ速度の氷の玉に対し同じように対処しようとしたレイ。だが、今度は同時にハッチも動いていた。
動く氷の礫を追い抜いて一瞬で距離を詰めたハッチは手に持ったステッキをレイに向かって振り下ろす。およそ【魔術師】とは思えない軽快な動きに一瞬虚をつかれ、動揺しつつもステッキの攻撃を見切って避ける。
「さて、効かないんですよね?」
「しまっ……!」
巧みなステッキ捌きに翻弄される中、不意にしゃがんだハッチの背後から先ほど発射された氷の礫が入れ替わるように殺到する。単体で見れば決して怖くない攻撃。だが、意識から外れた状態で襲ってきたそれはレイの意識を逸らすには十分であった。
「では、貰っていきます。【スティ――」
「さっ、せるかぁ!」
先程よりも大きく体を傾けながら躱したレイに向かってハッチは手を伸ばす。その狙いは彼女の腰に着いたアイテムポーチ。一直線に伸びる右腕と共に、相手のアイテムを盗むスキルを発動させようとした――そのタイミングで、レイは咆哮した。
「おっと!」
「チッ!」
氷の礫を躱すために後ろに重心が傾いていたレイはそのまま倒れ込むように上半身を沈めると、代わりに地面を蹴って右足を蹴り上げる。そのつま先は確実に彼の顎に当たる軌道を描いており、それを察知したハッチは伸ばした腕を引いてその脚を受け止めた。
「いやぁ、顔はつい反射で守ってしまいますね。ダメージは無いのは分かっているんですが」
倒れ込んだレイはすぐさま起き上がると同時に、後ろに下がって距離をとる。一方でハッチは蹴りを受け止めた手をプラプラと振りながら、余裕そうな笑みを浮かべていた。
「やっぱり簡単にはいかないか……ん?」
・近接いける魔術師とか…
・魔術師ってこんなにたくさん魔法使えたっけ?
・炎氷風雷で4属性?スロットどうなってんの?
・最初の暗闇とか鳩は何属性になるんだ…?
チラリと横眼で見たコメント欄の内容に、言いようのない違和感を覚えるレイ。喉の奥に小骨が刺さったようなむず痒さを感じて思わず頭を捻るも、答えを出すまでの猶予はない。
「さて、次はこちらです」
そう言いいながら、再び距離を詰めるハッチは被っていたシルクハットを手に持つと、円盤投げの要領でレイに投げつける。
「それも武器なの!?」
「えぇ、マジシャンなので」
「意味わかんないって!」
その帽子を屈んで避けたレイに再び迫り来るハッチの魔の手。それに対して足払いを仕掛けて牽制を試みるも、彼女の足に触れたのは目に見えない空気の箱だった。
「ッ……!」
「残念、チェックメイトです」
その不可視の箱に蹴りをかます形になったレイは、痛みに顔を歪ませ動きを止めてしまう。それを見逃さないハッチは彼女の腰に向かって右手を伸ばし――。
「ぎゃう~!」
「む」
「じゃしん!」
だがそこに割り込む者がいた。未だに所々黒煙を纏ったじゃしんが抑え切れない怒りとともにハッチの手へと噛み付く。
「忘れていました。そういえばいましたね」
「ぎゃう~????」
じゃしんに噛まれたままの状態で一度距離をとり、心の底から眼中になかった事を口にするハッチに対し、じゃしんは『舐めてんのかコイツ???』とでも言いたげに怒りマシマシの表情を浮かべ、より強くその腕に噛み付いていく。
だが悲しいかな、自身の制約とも呼べるスキルのせいで1ダメージすらも与える事は出来ておらず、いとも簡単にその腕から引き剥がされた。
「ダメですよ、人を噛んでは。メッ、です」
「……ぎゃう~!!!」
あえて形容するのであれば『うわーん!』であろうか。そっと地面に降ろされ、敵対しているはずの相手に同じ目線で優しく嗜められたじゃしんは全てにおいて敗北を悟り、大粒の涙を流しながらレイの元へと逃げ帰る。
「ふふふ、やはりその子はユニークですね」
「こう見えても意外とやるんだから。舐めてると痛い目みるよ?」
「なるほど、肝に銘じておきます。ところで後ろは気を付けなくても大丈夫ですか?」
涙を流すじゃしんを抱いたレイの背後、そこを指差しながら指摘するハッチの言葉に首を傾げようとして、不意に耳に届いた風切り音。
「っ!?」
咄嗟に前に屈んだレイの頭上を、先程放たれたシルクハットがブーメランのように舞い戻り通過する。それを受け止めたハッチが、かがんだ状態のレイに向かって容赦なく詰め寄ってきた。
「どうです、なかなか良い手品でしょう?」
「何でもっ手品でっ!済むと思うなっ!」
「ぎゃうっ、ぎゃうっ」
慌てて体を起こしたレイはじゃしんを盾にしながら振われるステッキを捌いていく。だが、様々な魔法を織り交ぜながら肉薄する相手の攻撃を躱すのは至難の業であり、その手数の多さからか中々反撃に応じれず、状況はどんどん悪化しているようだった。
「くっそ……!」
「ほら、右から氷行きますよ」
「なんで――」
ハッチの宣言と共にレイの右側が強烈に冷え切っていく。それを横目で一瞥すると、彼女の体めがけて氷柱のようなものが地面から突き出てくる。
正面と右。両方から同時に飛んでくる攻撃にまさに絶体絶命の状況に陥ったレイ。だがそんな中で彼女の思考はとある疑問で溢れていた。
(なんでわざわざそれを教える?言わなきゃ倒せたのに……デスさせたくない?火力が低い?いや、そんなんじゃ――)
やけにゆっくりに感じる視界にて、レイはここまで感じた疑問を頭の中に並べ、やがて一つの仮説に辿り着く。そして、それに従って氷柱を無視する事にした。
「なっ!?」
レイは横からの氷柱を無視してじゃしんをハッチの手に押し付けると、腰から銃を抜いてハッチの顔面にぶっ放す。と同時にレイの横から突き出た氷柱は彼女の体を貫通する。
・レイちゃん!?
・ヤバ…い…?
・あれ?
心配そうな声であふれたコメント欄。だが、その対象は何時まで経ってもポリゴンになることなく、けろっとした様子で立っていた。
「やっぱりね。全部幻だったんだ」
「……おやおや、タネが割れてしまったようですね」
弾丸を身を捩って躱して改めて距離を取ったハッチは、そこで初めて笑みを消してレイを見つめる。
「えぇ、そうです。私の使える魔法は大きく2つ。【風の踊り場】と【幻影魔法】です。後は状態異常魔法を嗜む程度に」
「あぁ、じゃしんが苦しんでたのは状態異常だったって訳か」
「えぇ」
自身の手の内を晒したハッチはそれでも余裕そうな態度を崩さない。ステッキを持ってぽんぽんと手のひらで叩くと、強気にレイに問いかける。
「それでどうしますか?タネが分かった所で、何れ捕まえるのは時間の問題だと思いますが」
「確かにね。だから、出し惜しみするのはやめるよ。この子もいい加減、我慢できないみたいだしね」
「ぎゃう……!」
そう返したレイはギラギラと目を滾らせるじゃしんを頭に乗せ、とあるスキルを口にする。
「【神の憑代】。さぁ、勝負といこうか」
「……なるほど、お手柔らかに」
ニヒルに笑ったレイとじゃしんに返すように、ハッチもその顔を歪める。だが、その額からは一筋の汗が流れていた。
[TOPIC]
SKILL【幻影魔法】
夢のような偽りの魔法。虚実を混ぜて敵を翻弄しろ。
MP:X(発動したスキル×1/10)
効果①:存在する任意のスキルを発動可能
効果②:付随効果無効
効果③:ダメージ0固定




