5-6 情報収集は大人の世界で
『グランブルーム』のメインとなる市場から少し離れて、さらに南へと進んだ場所。そこは海の男達が集まる、よりディープな世界が広がっていた。
プレイヤーの数も活気も先ほどと比べるまでもなく少ないが、それでも閑散としている訳ではない通り道。NPCとプレイヤーを問わず、それなりの人数とすれ違う中、レイが求めていた『本命の場所』がそこにはあった。
「お、ここだね」
「これは……酒場か?」
ほくほく顔で呟くレイの言葉に対してリボッタは眉を顰める。眼前には『BAR』と書かれた看板を掲げたログハウスのようなお店が建っており、中からは野太い笑い声が聞こえてきていた。
「なんで酒場なんだ?」
「はぁ?海で、海賊で、情報収集と言ったら酒場でしょ!」
「ぎゃう!」
・そうだそうだ!
・分かる
・当たり前だよなぁ?
「そうか……?」
さも当然かのように振る舞うレイに、同調するじゃしんと視聴者達。その態度がいまいち腑に落ちないリボッタであったが、これ以上突っかかっても碌な目に合わないと悟り余計な事を言わないよう、曖昧に頷いて口を噤んだ。
・情報収集って?
・何について調べるの?
・まさか宝の奴?
「お、正解!『キャプテン・グリードの宝』が面白そうだから調べようかなって」
「え?そうなん――んぐっ」
だが、質問に答えたレイの言葉には我慢できなかったようで、リボッタは思わず反応し口を開く。――瞬間、その無防備な腹にレイの裏拳。
「折角バレないようにしてやってんのに、それくらい分かれ」
「お、おう、そうだな悪かった」
「それに、全く関係ないって事もないかもよ?」
「? それってどういう……」
・何話してるんだ?
・仲間外れ…うっ頭が…
・その相手がリボッタなのが一番許せない
顔を寄せてひそひそと聞こえないように話す二人。何やら隠し事をしているような態度に、当然視聴者からは疑問の声が上がり、レイはリボッタの質問に答える前にぱっと顔を上げて視聴者に返答する。
「ううん、何でもない。行こっか」
「ぎゃう!」
有耶無耶にごまかしたレイの言葉を、さもフォローするかのようなじゃしんの一鳴き。それを機に話が終わったと言わんばかりに前に歩き出した彼女は、両開きのスイングドアを押して店の中へと入った。
「おぉ、酒場だ」
・酒場だね
・酒場だな
・これ酒場だわ
「ぎゃう~」
店中は想像以上に酒場であった。20畳程の広い室内には円卓と4脚の椅子がセットになったものが幾つか並んでおり、昼にも拘らずほとんどの席が埋まっている。そこに座っているのは、主に薄着で入れ墨を入れた、まさしく屈強な海の男と言うべきNPC達であり、彼らは大笑いしながら酒を煽っていた。
「お、あの人かな」
それらを抜けた先――正面奥にはカウンター席が付いており、その奥では立派なひげを蓄えたマスターらしき人物がグラスを布で拭いている姿がレイの眼に映る。それを確認した彼女は一先ずそこを目指すことにした。
「――マスター、バーボン一つ」
「……は?」
人混みを掻き分けながらもカウンター席に辿り着いたレイは、彼女の中で一番渋いと思われる酒を可能な限り低い声で注文する。それを聞いたマスターは――。
「生憎、ここにはガキに出すミルクは置いてない。さっさと帰りな」
「……」
「ぶはっ!」
・草
・草
・相手にされてないwww
ちらりと一瞥だけですると、おざなりに言葉を返してグラスを拭く作業に戻ってしまう。それに対してレイはピシリと固まり、背後からは思わず漏れた笑い声を必死で抑えようとしているリボッタの姿があった。
「ふ、ふふっ、子ども扱いしないでもらえる?こう見えても立派なレディなんだけど?」
そんな羞恥を浴びせられてプルプルと震えていたレイだったが、胸の内に渦巻く感情をぐっと堪え、あくまで冷静に、気にしていないとでもいうような態度で再度話しかけるが――。
「はいはい、分かった分かった。ごっこ遊びは別の場所でやんな」
「……分からせるか」
「待て!それ以上はまずい!」
「ぎゃう!」
やはり、取り合ってすらもらえないようで、マスターは至極面倒くさそうにレイを邪険に扱う。と同時にレイからぷつんと血管が切れる音が聞こえ、真顔でマスターに襲い掛かろうとする彼女をリボッタとじゃしんが慌てて止める。
「ほら、目的を思い出せ!な!?」
「ぎゃう!ぎゃう!」
必死で説得を試みるリボッタとじゃしんに、レイは肩を震わせながらも何とか心を落ち着かせ、一度大きく、そして長く息を吐ききると、理性を取り戻してマスターに話しかける。
「……そうだね。ねぇ、じゃあ帰る前に教えて欲しいことがあるんだけど」
「何だ」
「『キャプテン・グリードの財宝』について。知ってる?」
その単語を口にした瞬間だった。今までバカ騒ぎしていた周囲の喧騒が水をうったように静まり返った。まるでタブーを犯してしまったかのような重苦しい雰囲気、だが、口にした当の本人は気にしていない所か、ニヤリと笑みを浮かべている。
「……お前も海賊なのか」
「これからなろうかなって。それで、知ってるの?」
露骨に顔を歪めて聞き返したマスターに対し、レイは飄々とそう言ってのけると、マスターは少し考え始める。言うべきか言わざるべきか、恐らくその判断をしているのだろう、その葛藤の果てにその口から出たのは、脅しの言葉だった。
「生半可な覚悟で聞くならやめておけ。お前みたいな小娘が――」
「くどいって。何?ここにいる奴等全員ぶっ飛ばせば認めてくれる奴かな?」
ただそんなもの目の前の少女には通用しない。逆に挑発するような言葉にマスターが目を見開くと、触発された客の一人が椅子を豪快に倒しながら立ち上がった。
「面白いこと言うじゃねぇか、嬢ちゃん。遊んでやろうか?」
「君みたいなモブは黙ってなよ。遊んで欲しいなら遊んであげるけど」
「……やれるもんならやってみろや!」
頬を真っ赤に染めた男は雄たけびを上げながらそのたくましい腕をレイに向かって伸ばす――が、その腕がレイに届くことはない。
「ぬおっ?」
ひょいと軽く体を反らしただけで容易に空を切ったその腕を、逆にレイは掴み返す。そのまま関節を極めるように、手を掴んだまま背中側に回り込もうとすると、屈強な男がコマのように回転を始めた。
「や、やめ――」
お酒による酔いもあったのだろう、覚束ない足でされるがままとなった体。視界はグルグルと回り、吐き気はどんどんと増していく。このまま続けてもおそらく戦闘不能になる男だったが――。
「ほらっ、返すよ!」
「うおっ!?」
レイは溜めに溜められた遠心力を利用して、男が座っていたテーブルへと放り投げる。ガシャン!とテーブルを巻き込みながらも勢いよく地面と激突した男は目を回してそれ以上起き上がることはなく。
「お、おいルージが負けたぞ」
「あいつ何者だ……?」
それを見てざわざわと騒ぎ始める他の客達。どうやら今突っ伏している男はそれなりに強い奴であったらしい。これは好都合と言わんばかりにそれを親指で指さしたレイは、マスターに振り返って満面の笑みでこう告げる。
「もう一回いうよ?ここにいる全員ぶっ飛ばせば話してくれる?」
「……分かった。話す。だからこれ以上暴れてくれるな」
「相変わらず滅茶苦茶だな……」
「ぎゃう……」
・まぁね…
・そりゃな…
・レイちゃんだからね…
その言葉に諦めた様に手で顔を覆うマスター。その気持ちが良く分かる彼女の連れも皆、同じ表情を浮かべていた。
[TOPIC]
AREA【グランブルーム】
【ポセイディア海】に存在する一番大きな陸地で、多くのNPCが集う海上都市。
上から見ると瓢箪のような形になっており、都市とは言うものの、性質はどちらかというと島国に近い。
一番の目玉は島の中腹部に存在する市場。港から直送された食材アイテムを使用しているためか、他のフィールドで手に入る物と比べて効果が高い傾向にあり、売り物も海に関連した物がほとんど。
また。この町オリジナルの要素として『造船所』が存在し、そこでは自分だけの船を作成できるようだ。




