5-3 秘密の交渉
『My own Aquarium』というゲームがある。
海外のとあるプログラマーが一人で開発した、所謂インディーゲームと呼ばれる物で、その名の通りオリジナルの水族館を作り経営していくゲームである。
その出来はインディーゲームにしては頑張っている部類、ただやはり一つのゲームとして見た場合、粗が目立つのは否めない仕上がりだった。
作り込まれたモーションに対してどこか不便を感じるUI、バリエーション豊富な魚の種類に対して今ひとつ物足りないゲームシステム、どこか愛嬌のある登場人物に対して絶妙に音程の合っていないBGMなど、良い点と悪い点が交互に見え隠れする内容は、完璧には一歩届かない、凄く惜しい作品と評価されていた。
とはいえ、粗削りながらもきらりと光る箇所が存在するため、ゲームに対するファンは多く、特に自身が作った館内を探索するモードは心が疲れたゲーマーが癒すためにはもってこいの場所でもあった。
「やっほー、久しぶり」
「……おう、来たか」
ガラスの向こうにはホオジロザメやシャチ、その他大勢の魚達が優雅に遊泳する水中。そんな巨大水槽を目の前に、ベンチに座ったリボッタは背後からやってきたレイに向けて首だけで振り返る。
「このゲームやってたんだね。懐かしいなぁ」
「お、お前もやったことあんのか?」
「うん、あれでしょ?イワシを無限に増殖させるゲームでしょ?」
「いやそれはバグ……はぁ、もういい」
一瞬だけ笑顔を浮かべたリボッタだったが、続けられたレイの言葉にがっかりして肩を落とす。ただ直ぐに顔を上げると巨大水槽を眺めながら仕切り直した。
「まぁなんだ。来てくれてありがとよ」
「何言ってんの、私とリボッタの仲じゃん!」
「……何でもかんでも突っ込むと思うなよ?」
満面の笑みを浮かべて隣に座ったレイを半眼で睨むリボッタ。だがその視線を向けられた本人は全く堪えてないようで、首を傾げながら本題を問う。
「それで?わざわざ別ゲーにまで呼び出してまでしたい話って何?」
「あぁ。お前、俺に渡したあの地図について覚えてるか?」
「地図……あぁ【謎の地図】?」
問いかけに対してさらに問われた言葉に、レイは少し考えながらも答えを吐き出す。それを聞いたリボッタは一つ、大きく頷いて話を続けた。
「そうだ。アレの場所が分かった。ありゃ【ポセイディア海】にある島々を現してるらしい」
「え?【ポセイディア海】?私も丁度そこにいるけど」
「何?だったら尚更か。それの行きつく先が見たい。手伝ってくれ」
「……ん?」
『ToY』内で見た文面の通り、協力の申し出をしてきたリボッタに対し、レイはどこか違和感を感じ取ると、訝し目な目を浮かべて相手の顔を見る。
「どういうこと?折角のアドバンテージを失うことになるけど?」
「まぁな。ただ元々はお前が手に入れていた物だし、このまま俺だけで進めるのも罪悪感が浮かんだのさ。それに戦闘が起こらねぇとも限らないし、護衛は探しといて損はないだろう?」
肩をすくめながらそう答えるリボッタ。前半はまだしも後半は理に叶っており、商人であるリボッタが一人ですべてやるのは難しいだろうとレイも考えていた。そのため嘘はない、そう判断し――。
「ふーん、それだけ?護衛って事は手に入れたアイテムは私にもくれるんだよね?」
「もちろんだ。今回は折半でいいだろう。どうだ?」
「へぇ、そりゃ随分と思い切ったね」
「悪くねぇだろ?じゃあ話は纏まったって事で――」
「だが断る」
レイは首を横に振る。急に態度を変えたレイにリボッタは露骨に顔を顰め、不機嫌を露わにする。
「……おい、ふざけてんのか?」
「それもある。だけど断るってのも本当だよ」
ただし、レイにはその凄みも効果がない。それどころかより胡散臭く、演技のように感じられた。
「ねぇ、何隠してるのかな?あの『闇商人』が何の打算もなくそんな提案するわけないでしょ。それとも私の事舐めてる?」
今度はレイの方が静かな怒りを浮かべて圧をかける。すると、リボッタは一転してバツの悪そうな表情を浮かべ、それを見たレイは半ば確信しつつも一つの仮説を打ち立てた。
「そうだなぁ、これは例えばの話だけど。もしかしたら地図の場所が分かったって事を他プレイヤーにも知られちゃって、『ToY』の世界で襲われてたり?でも協力してくれるような相手がいないから、仕方なく私を頼った、とかなら辻褄が合いそうじゃない?どう?」
「……テメェ、知ってたのか?」
「いや知らないけど。その反応だったらビンゴみたいだね。ほら、全部話してすっきりしちゃいなよ」
その仮説にリボッタは目を見開いて驚き、すぐさまレイを睨みつける。だがそれに対するは飄々としたレイの微笑。流石に分が悪く、埒が明かないと悟ったのか、リボッタはぽつぽつと本当の事情について話し始める。
「……あの地図はな、【ホワイティア】にあるワールドクエストをクリアした人間全員に配布されてるみたいなんだわ。知ってたか?」
「いや、初耳だね。それって確か『追憶』だよね?」
『追憶』とはワールドクエストを追体験することが出来るクエストの事である。誰かがワールドクエストをクリアした際に、フィールドのどこかに現れるソレは、簡略化され、挑戦回数というのが設定されているものの、誰でも挑むことが出来、その上クリア報酬も受け取れることが分かっていた。
「そうだ。ネットによると、紋章とアイテム一つ、それから称号は共通でもらえるモノらしい。正直、そんなもん俺には関係ないと思っていたんだが……」
そこまで言ってリボッタは言葉を濁す。レイがじっと見つめながら待っていると、はぁと大きくため息を零して、続きを話しだした。
「どうやら『海賊連合』の奴等も手に入れたみたいでな。すぐさま対象の島を占領しやがったんだよ」
「『海賊連合』……?あれ、確か八傑同盟じゃなかったっけ?」
どこか聞いた覚えがあるその単語に、レイは割り込んで確認を取る。それを聞いたリボッタはうんざりしたように頷いた。
「あぁ、それが厄介なんだよ。あいつ等それをいい事に職権乱用し始めやがった。地図を持ったまま島を徘徊しているだけで、危険人物だとかでっち上げられて追い回されるんだぞ?やってられっかよ」
「でもリボッタは怪しいからそう思う気持ちも分かるね」
「あ?喧嘩うってんのか???」
レイを鋭く睨みつけたリボッタだったが、すぐさま今日何度目か分からない、疲れたような溜息を零す。
「でもそんなの他の八傑同盟が黙ってないんじゃない?ほら【WorkerS】とかさ」
「そりゃお前、『魔王』はおろかぽっと出の新人すらも止められない、挙句の果てにはワールドクエストクリアまで協力しちまった奴の話なんて聞くと思うか?あんな口約束、とっくに瓦解してるよ」
「あー……。そういう事か。ってことは私のせい?」
「そういうこった。残った奴もやる気ないか、海賊みたいに縄張りを主張する老害かのどっちかだ。おまけに『大怪盗』とかいう変態が地図を狙って追い回してくるしよぉ……。もう一人で何とかするのは不可能なんだ。だから責任もって手伝え」
そして今度は本心から、レイに対して助力を仰ぐ声を上げる。それに対してレイは申し訳なさそうに頭をかいた後、一転してにんまりと、満面の笑みを浮かべながら答えを返した。
「まぁそれは別にいいんだけど。じゃあ報酬は8対2ね。もちろんこっちが8」
「はぁ!?」
告げられた内容にリボッタは思わず立ち上がり怒鳴り声を上げる。
「ふざけんなよ!?なんでそうなる!?」
「だって私は別に一人でいいもん。なんならもう一回『追憶』いって取り直してもいいし、それが無理ならクランメンバーに頼むしね」
レイの言い分に愕然とするリボッタ。なんとか必死に頭を回すもこの言い分を打ち負かせるほどの提案は彼には出来ず、どんどんと焦りだけが募っていく。
「分かった?どっちの立場が上か。安心して、流石にタダ働きさせるほど鬼じゃないからさ!」
そんな中、レイは勝ち誇った笑みを浮かべてリボッタに声を掛ける。それを聞いてもはや手立てがないことを悟った彼はぽつりと負け惜しみを口にする。
「……この悪魔が」
「あれ、そんなこと言うんだ?じゃあこの話はなかったことに――」
「あぁもう!分かったよ!それでいい!ただし絶対に成功させろよ!?」
「おっけー、交渉成立!」
ヤケクソ気味に叫ぶリボッタにサムズアップするレイ。水槽の中ではそんな彼らの苦悩や葛藤など全く気にも留めずに、優雅に泳ぐ魚達の姿があった。
[TOPIC]
GAME【My own Aquarium】
自分だけの水族館を作成、経営することを目的としたシミュレーションゲーム。値段は19ドル。
内容は資金繰りを行って魚を購入し、展示。集客によって資金を集め……を繰り返し行って水族館を大きくしていくことにあるが、この辺りの設定がとてもガバガバとなっている。
例えば、魚による維持コストや集客率の上昇など、個体ごとの差は一切存在しない。そのため一番安価で 仕入れることの出来るヒトデを館内中に配置するだけで、あとは放置すれば勝手に黒字になってしまう。
また『イワシ養殖』と呼ばれるバグも存在し、芸『魚群』を実行することで、何故かイワシの数が倍々に増えてしまう何ともユニークかつ、ゲーム性を損なうバグが発生していた。
そのためイ―ジーモードすら超えたベイビーモードとすら揶揄される始末。一方で魚のモデリング出来は完璧で、リアルと遜色ないほど。それらの影響で、いつしか『VR魚図鑑』と呼ばれるようになってしまったが、作者は間違いないと笑っているらしい。




