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4-50  目覚めた『神』は変革を求める


 十畳を超える一面畳張りの部屋。仕切りもない大雑把な広さながらも和を感じる大部屋の中で、彼女は目を覚ます。


「んん……あぁ、楽しかった」


 起き抜けにそう呟いた彼女――栞は未だぼーっとする視界を覚醒させながらも体を起こす。


部屋の中央にポツンと置かれた、正反対の雰囲気を醸す近未来的な椅子――『TOYチェア』から降りると、ふらふらととある方向に歩き始めた。


「ふぁぁ、まだ眠いな……」


 そう言ってボサボサの髪の毛を掻きながらも座布団にあぐらをかいて座ると、これまた床に置かれたキーボードを操作し始める。


 その正面には天井から吊り下げられた複数のディスプレイがあり、そこには『ToY』の世界に生きるプレイヤー達が表示されていた。


「さてと、まずはお仕事から」


 カタカタとキーボードを叩く音が鳴り響く。それに連動して真正面のメインディスプレイが公式ページに飛ぶと、エンターキーと共に新しい【ストーリー】が追加された。


「はい、お仕事終わりー」


 時間にしてものの数分、満面の笑みで作業を終えた栞はメインディスプレイを元の画面に戻すと、プレイヤー達の観察を開始する。


「『魔王』ちゃんと『総統』くんは放っておいていいとして、あとは――」


 そこに映っているのは『魔王』や『総統』を始めとして、『賢者』や『大怪盗』、『聖女』に『竜騎士』といったゲーム内でも特に名を馳せたプレイヤー達。世界を変える力を持つ彼らの行動を眺めながらも、栞は楽しそうに笑う。


「ってあれ、カイエン君じゃん。こんな所で何してるんだろ?」


 そんな中、とあるプレイヤーを見つけて注視する栞。そこには先の『きょうじん』との戦いにて全てを失った青年が一人で(・・・)突っ立っている姿があった。


「! へぇ……」


 それを何気なく眺めていると、突然彼の手に一本の剣が握られる。


 しかもそれはただの剣ではなく、僅かなヒントから隠しクエストを見つけ出し、果てしなく面倒な手順を踏んでようやく手に入れることができる唯一無二の物だった。


「チート?いや検知ツールには引っかかってない……」


 その光景にすぐさまキーボードを叩くも、原因は突き止められない。だが、それでも栞は笑みを崩さない。


「いいじゃん、面白くなってきた……!」


 そして、そのあからさまに不審な状況を栞は敢えて見逃す。これこそ彼女が求めていた状況であり、彼女がこの『ToY』を作った理由でもあった。


 彼女、語部栞は天才である。


 一度聞いた事はすぐさま吸収し決して忘れることはない。その上、それを利用して新しい発見をするアイデアも持ち合わせている。


 その才能のお陰か中学を卒業する頃には並の大人では太刀打ちできない知識を有していた。――だがそれ故に、彼女は世界を見限った。


 理由はただ一つ、つまらないから。何をしても上手く行ってしまう自身の人生にも、それに対してゴマをするだけの無能な大人も、『違う世界に生きている』と謎の理由付けで煙に巻いてくる同級生も、目に映る全てが滑稽で仕方がなかった。


 世界を――いや人間から目を逸らした彼女は、期待の声をすべて無視して家に引き籠るようになる。


 何もしない、ただ生きているだけの人生。それも大概退屈だったが、今までと比べれば到底マシな生活だった。


 そして一生このまま自堕落な生活を送るのも悪くない――そう思っていた彼女は運命の出会いを果たすことになる。


 それは何の変哲もないシミュレーションゲームだった。


 新人類の長となって世界を発展させていくだけの何の変哲もないゲーム。ただランダム要素が強く、災害や飢饉など、どれだけ対策していても割とあっさり滅んでしまうそこそこ厳しい難易度のものだった。


 初めは暇潰しのつもりでやり始めた彼女も、襲い来る理不尽に眉間に皺を寄せ、もう一度最初から始める。そうして何度も失敗しトライアンドエラーを繰り返す中で、いつしか夢中で楽しんでいる自分がいた。


 やがてそのゲームのエンディングを迎えた時、栞は言い知れぬ寂寥感と途轍もない達成感に酔いしれ、『次』を求めるようになった。


 国内外問わず発売された数多のゲームを買い漁り、やり尽くし、そして終わりを迎える。それを幾度か繰り返した後、彼女はふと一つ思いつく。


 『そうだ、自分で創ればいいじゃん』と。


 そこからの行動は早かった。自身の持つ才能をいかんなく発揮し、数々の文献を収め、ものの5年で『ToY』の原型とも呼べる箱庭を作り出す。


 彼女の作ったNPCだけの世界。彼女すらもどこまで成長するか分からない最新鋭のAIを搭載したその箱庭は大いに彼女を満足させる。


「プレイヤーを入れるのは正解だったかな。面倒な事も多いけど、そこだけは感謝しよう」


 ただそんな過去を夢想しながらも、栞は現状を楽しむかのように唇を歪める。


 とある会社が話を持ち掛けてきた時は鼻で笑っていた栞だったが、ここまで予測できない未来と楽しみが増えたのは予想外だった。


「さて、もっと私を楽しませてね~?君達も(・・・)


 呟きと共に彼女は別のモニターに視線を滑らせる。そこに映っているのは銀髪の少女と黒い召喚獣の一匹。


 ものの数か月で世界を滅茶苦茶に引っ掻き回すイレギュラーとも呼べる存在に、彼女自身驚きながらもどこか満足気にその姿を見つめる。


「でも他の人にももっと頑張って貰いたいんだよねぇ。やっぱテコ入れ(・・・・)は必要かな」


 我が子を見つめるような愛しい目を向けつつも、どこか獰猛な獣のように弧を描く唇。 『きょうじん』には多大な期待を寄せながらも、『神』は試練を与える。


「さぁ皆、どんな終わりを迎えるか私は楽しみにしているよ」


 キーボードを操作し不敵に笑う栞の視線の先、そのモニターには『UPDATE』の文字が赤く光っていた。


[TOPIC]

WORD【異名】

一部の有名プレイヤーに付けられたあだ名のような物。

基本的に非公式であり、ネット掲示板による呼び名が浸透したものがほとんどだが、稀に自称するプレイヤーも存在する。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 私の認識では【神】は賢司で神は栞ですが、今回は栞さんが認識できないことが発生したから、神から【神】に堕ちたの?
[一言] 「一人で突っ立っている姿」? 栞が認識出来てないなら、もしや運営側の人間?
[良い点] ?…どうなってやがる…
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