4-49 『魔王』と『総統』と『敗北者』
[<ワールドアナウンス>プレイヤーネーム:「レイ」がワールドクエスト【その鳴き声に目を醒ますのは】を初クリア致しました。※これは全プレイヤーに伝達されます]
「お、クリアしたんだ。流石レイちゃんだね」
そこはこじんまりとした茶室のような一室だった。
かつて【DA・RU・MA】の拠点とされていたその場所でセブンはそのアナウンスを耳にする。
「にしても久しぶりにデスポーンなんてしたなぁ。初心に帰った気分だよ。いやぁ楽しかった」
「それは良かったです」
誰かに話しかけるようなセブンの満足気な言葉。その声に対して障子を挟んだ反対、廊下側からクスクスと笑い声が聞こえてくる。
「でも正直物足りないよね。というより、レイちゃんばっかりズルくない?」
「えぇ、確かに」
「だよねだよね、どうしたら良いと思う?」
「でしたら、私に考えが」
ただ良い事ばかりではなかったらしく、一転して不満げに口を尖らせて悩んでいるふりをするセブン。それに対し、廊下に佇む男はとある提案をした。
「モンスターの進化方法とワールドクエストの情報をお教えします。少しは楽しめると思いますよ」
「……へぇ、いいじゃん」
簡単にそう言ってのけた男に対し、セブンは一瞬呆気にとられる。そしてニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「良いよ乗った。次の遊び場はそこにしよっか」
「分かりました。では準備を――」
「あ、ちょっと待って。一個質問」
そのまま立ち去ろうとする男を呼び止めたセブンはにやにやと悪ガキのような笑みを浮かべながら尋ねる。
「君は何を企んでるの?」
「……」
その質問に男は足を止める。だがすぐさま取り繕うように平然と言葉を返す。
「何も。強いて言うのであれば好奇心、ですかね」
「ふーん、まぁいいや。協力してくれる分には上手く使ってあげる」
「えぇ、そうして貰えると」
あからさまに含みを持たせた言葉だが、セブンはそれを追求することはない。彼女の中には面白いか面白くないかの2つの指針しかなく、前者に近いのは彼と組むことであり、それ以外はどうでも良かった。
「じゃあこれからよろしく、スカル」
「えぇ、よろしくお願いします」
声をかけられた元【DA・RU・MA】No.2の男は一礼するとその場から動き出す。耳につけたピアスをゆらゆらと揺らしながら。
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[<ワールドアナウンス>プレイヤーネーム:「レイ」がワールドクエスト【その鳴き声に目を醒ますのは】を初クリア致しました。※これは全プレイヤーに伝達されます]
「やったか……」
「いやぁ感謝やね――って何よその顔は」
場所は【暁城城下町】から出た直ぐの場所。聞こえてきたアナウンスと共に黒いマネキンのようなモンスター達が消滅していく光景に、ギークは喜んでいいのか悔しがるべきなのか分からない曖昧な表情を浮かべていた。
「複雑なんだ。それくらい察してくれ」
「あっそ、うちには分からへんわ」
周りが勝利に喜ぶ中、一人微妙な表情を浮かべるギークに呆れたようにため息を零すと、ココノッツは今思い出したと言わんばかりに話題を変えた。
「あ、そうや。パソコンに来てたメール見た?」
「メール?いや、ここ最近パソコンなど開いてないから見てないが……」
問いかけに対しギークが首を振ると、ココノッツは目を細め、どこか憐れむような視線を向ける。
「あーあ、怒られる」
「一体どういう?」
「トーカちゃん、帰ってくるって」
「なっ!?」
その言葉にギークは目を見開いて、分かりやすく取り乱す。
「い、いつ!?」
「来週にはって言うとったで。それと状況は全部把握してるとも言うとったなぁ」
「マ、マジか……!?」
その言葉に死刑宣告をされたのではと思えるくらい顔を青褪めさせて頭を抱えるギーク。そんな様子をココノッツは愉快そうに笑った。
「まーた楽しくなりそうやね?」
「勘弁してくれ……」
心底嫌そうにギークは呟く。迫る強力な風を前に嵐の予感を感じるとともに、多大な不安と一抹の期待をその胸に宿していた。
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[<ワールドアナウンス>プレイヤーネーム:「レイ」がワールドクエスト【その鳴き声に目を醒ますのは】を初クリア致しました。※これは全プレイヤーに伝達されます]
「なんで……」
【ホワイティア】の裏路地にて一人の青年は呟く。
「なんでだ……」
よりにもよって、自分をどん底に叩き落とした女によるアナウンス。それを聞いた彼は死んだ魚の目に怒りを滲ませながら自問する。
「何でこんなことに……ッ!」
それに応える者はいない。だが、口に出す度今までに感じたことのない屈辱と怒りが強まっていき、そして遂に爆発する。
「ふざけるな……ふざけるなふざけるなふざけるなッ!」
青年――カイエンは武器も装備せず、ただひたすらに目の前の壁を殴り続ける。癇癪を起こした子供のように物に当たるもその気持ちが晴れる事はない。
「絶対に潰す……ッ!あの女も、俺を裏切った全員を!」
もはや殺意すら宿した怨嗟の瞳は近づく事すら躊躇うような異様な圧を感じるほどだった。だが、しかし。
「お前、元【DA・RU・MA】リーダーのカイエンだな?」
「……あ?」
不意に声をかけられたカイエンはぎろりと睨みながらも振り返る。
そこにはカイエンよりも2回りほど背が高く、真っ黒の外套で身を包んだ正体不明の男が立っていた。
「……誰だテメェ?」
「同志を探している。この世界を憎み、滅茶苦茶にしたい奴だ」
落ち着いた声音だが、その中に確かな怒りをともした低い声。聞こえてきた言葉に一度眉を寄せるも、カイエンはその提案を鼻で笑う。
「はっ、誰がテメェみたいな胡散臭い奴の仲間になるかよ」
「仲間になるつもりはない。ただお互い利用できればそれでいい」
「くどい。死ね消えろゴミ」
唯でさえ怪しい上に、一人になって誰も信じられなくなったカイエンは取り付く島もなく罵詈雑言を吐き捨てる。
だが、黒づくめの男はそれに対して怒りを見せる様子はない。
「このままじゃお前は何も出来ない。負け犬のままだろう」
「あぁ!?喧嘩売って――」
ゴトゴトッ!と音を立てて地面に何かがばら撒かれる。それにつられるようにカイエンが視線を落とすと、そこにあったのは大量の武器や装備。
だが普通の物ではなかった。それぞれがユニーク装備と呼ばれる『ToY』の世界に一つしか存在しない物であり、見るからに強力な効果を秘めていそうなそれらにカイエンは思わず目を見張る。
「なっ、これ一体どうやって――」
「ただ俺と組めば話は変わる。もっと強い力をやろう、お前に復讐する力をだ。どうだ、悪い話ではないだろう?」
疑問を遮る形で再度提案する黒づくめの男。突然降って湧いた出来事に困惑したじろぎつつも、それでも断る理由は見つからなかった。
「……テメェのメリットは?」
「さっきも言った筈だ。この世界を滅茶苦茶にする、それ以外にない」
その言葉に嘘は感じられない。あくまでビジネスとでも言いたげなその態度にカイエンは覚悟を決めてその手を取る。
「いいぜ。乗ってやるよ。ただしテメェが上とは認めねぇからな」
「あぁ、あくまで我々は協力関係、利害が一致している間だけの関係だ」
「ふん。で?結局テメェの事は何て呼べばいいんだ?」
「……そうだな。では――」
尋ねられた言葉に少し逡巡した黒ずくめの男だったが、やがて馬鹿らしくなったのか感情なく名を名乗る。
「『復讐者』、とでも呼んでくれ」
そして世界を動かす者がまた一人、産声を上げた。
[TOPIC]
WORD【ワールドアナウンス】
全プレイヤーに一斉に通知されるいわば天の声。
主に運営主導によるイベントやワールドクエストクリア時に流れることが確認されている。




