4-46 その鳴き声に目を醒ますのは⑨
「チッ、こんなのに計画が邪魔されようとは」
もはや取り繕うこともしなくなったクラールは忌々し気に悪感情を吐き捨てると、右手に持ったじゃしんを放り投げる。
空気の抜けたボールのように地面を転がると、やがて俯せのまま動かなくなってしまった。
「じゃしん……?大丈夫……?」
ピクリ動かなくなったじゃしんにレイは近づいて声をかけるも返事はない。
普段とは様子の違う最悪の予感が頭を渦巻く中、レイは震える手でじゃしんをその腕に抱える。
「なんで、何も言わないのさ……。ほら、本当はダメージなんかないんでしょ?いつもみたいに生意気に笑ってよ……」
泣いているのか笑っているのか曖昧な顔で口にした問いかけ。ただその視線の先にあるのは安らかな表情で眠るじゃしんの姿があり、やはり返事はなかった。
「貴方達のせいで面倒な事になりました。また遠回りをしなければなりませんが――」
クラールが何かを言っている。だが、その内容はレイの耳には入ってこない。
(じゃしんはダメージ受けないからこれもきっと冗談だって――HPを0にするという効果なら?)
(そうだ、またラビカポネにあのお酒を貰えばいいんだ――本当に?それまでに消えちゃうかも)
(大丈夫、召喚獣なんだからまた呼べる筈――もし、ダメだったら?)
絞り出すポジティブな感情はすぐさま浮かび上がる否定の言葉によってシャボン玉のように消えていく。
そして絶望の淵に沈み、一人残されたレイは苦しげに呟いた。
「やだ……こんな所で……」
『何を嘆いている』
「そんなこと言った……って……」
そこに上空から声がかかる。
心配するような、それでいてどこか煽るような言葉にレイは力なく返そうとして、そこでその声が信じ難いものであると気が付く。
『どうした?お化けでも見るような顔をして』
そこには力尽きた筈の老烏の姿があった。先程まで地面に倒れていた筈の存在にレイは思わず目を見開く。
「なんで……どうして……?」
『お主のお陰だ、レイ。お主が解放してくれたのだ』
「解、放……?」
その答えにレイは呆然と反芻する。理解が追い付かないながらもその言葉の意味を必死で考えていると、顔を歪めたクラールが憎々し気に老烏に話しかけた。
「お前は確かに死んだ筈……」
『ふん、我が主の力を舐めすぎだ小童が』
老烏の言葉を聞いたことでレイは鏡に囚われていた聖獣を思い出し、先程言っていた言葉の意味を理解する。
「主……?それって」
『うむ、我の主はあの御方しかおらんよ』
レイの言葉に頷いた老烏は姿勢を正し息を大きく吸う。そして自身の主の名を高らかに宣言した。
『刮目せよ!気高き聖獣にして生命を司る至高の御方!【不死鳥コウテイ】様のおなりである!』
レイの頭上、老烏のさらに上で光り輝いた何かが顕現する。
直視できないほどの光にレイは目を細め、ゆっくりと慣らすように目を開く。そしてそこにいたのは――。
「に、にわと――」
「コケーーーッ!!!」
己の存在を世界に知らしめるように高らかに鳴き声を上げるコウテイ。目が覚めるような透き通るその声とともに自身から溢れ出る光を辺り一面に広がっていく。
「暖かい……」
その光に触れたレイは思わず呟く。暖かくも優しい、穏やかな陽だまりのような光はやがてじゃしんの体をも包み込みこんで――。
「ぎゃう……?」
そしてゆっくりとじゃしんは目を醒ます。
どこか眠たげに目を擦りながらもきょろきょろと辺りを見渡す様子に、レイは堪えきれずに抱きしめた。
「ッ!じゃしん!」
「ぎゃうぎゃうっ!?」
何が何だか分からないまま強い力で抱きしめられたじゃしんは驚きながらもくすぐったそうに身を捩りる。
そんな二人のやり取りを遠目で眺めていたクラールはその奇跡とも言える力を前にぽつりと呟いた。
「これが聖獣の力……なるほど、実際に見たのは初めてですが確かに厄介ですね。対策を取らないといけないようです」
『対策だと?何を言っている。お前はここで終わるのだ』
何故か余裕そうな態度を取り戻したクラールに対し、不気味そうに眉を顰めながらも老烏はピシャリと言い切る。だがそれでもクラールは微笑みを崩さない。
「えぇ、このなり損ないでは無理でしょう。ですが時間稼ぎ位なら問題ありません」
そう言って取り出したのは一本の注射器。何処か見覚えのあるそれをレイが指摘する前に、クラールは邪神だったナニカに突き刺した。
「――――――――――!?!?」
再び、絶叫。しかし先ほどよりも激しく、より辛そうな声。だがそれとは裏腹に邪神は力を取り戻していく。
煙を上げながら蒸発し、溶けて消えそうだった体が再度増幅するとジェル状の体が沸騰するようにぼこぼこと泡立つ。
両腕で頭を抱え苦し気にのた打ち回るも、その体は肥大化し先ほどよりも一回り大きな体へと変貌していく。
「時間がくれば消滅しますが、まぁ問題ないでしょう。それではまた、どこかでお会い致しましょう」
『待て!』
役目を終えたと言わんばかりに地面に沈み込んでいくクラールを老烏が呼び止めるも、その動きが止まることはなく、やがて完全にその姿を消す。
一方で邪神だったナニカは自身を駆け巡る苦しみから逃れようと暴れ始めており、老烏は仕方なしに視線を変える。
『くっ!小娘、協力してくれ!』
「もちろん!そんな力にはなれないけど――」
「ぎゃう!」
「ちょ、ちょっと!?」
老烏のヘルプに銃を引き抜いて立ち上がるレイ。だがじゃしんはアイテムポーチに顔を突っ込み、とあるアイテムをその手に持つ。
「これは【祝福のクラッカー】?」
「ぎゃう!」
取り出したのは使い所を見失いつつあった、レベルを1つ上げてくれるアイテム。
まるで使えと言わんばかりに突き付けられているそれを受け取り、じゃしんの顔を見つめてレイは頷く。
「――分かった、その代わりしょうもないスキルだったら容赦しないからね?」
「ぎゃう!」
いつもの調子でにやりと笑うレイとじゃしん。そしてその手に持ったクラッカーを鳴らすと、ファンファーレと共にレイ達のレベルが上がる。
『レベルが上がりました。ステータスを確認してください』
そのアナウンスが流れ、レイはステータスを確認する。そしてそこに追加されたスキルの効果にさっと目を通し、笑みを深める。
「いいじゃん……!行くよ、じゃしん!」
「ぎゃう!」
「【神ノ憑代】!」
そのスキルの効果は――。




