4-44 その鳴き声に目を醒ますのは⑥
「ッ!召喚!【バルーンスライム】!」
空一面を覆い尽くす黒に、いち早く対応したのはスラミンだった。
叫んだ言葉と共に、レイ達の周りにドーム状の薄い粘膜のようなものが張られ、上から襲いかかる黒い雫を防ぐ。
「スラミンさん、ナイス!」
「――いや、ダメみたいですね……!」
だが効果があったのもほんの一瞬。
混ざり合った箇所がじわじわと黒く侵食されていき、やがて膜は崩壊し穴を開け、その場にいた全員の体を黒く染める。
「これがさっき言ってた……」
「うわっ、本当に回復できないじゃん!」
「くそっ……やられた……!」
【神蝕】の効果に軽いパニック状態に陥るプレイヤーに対し、その怖さを理解しているレイはこの状況を許してしまったことに悔し気に顔を歪ませる。
「おや、町まで届きませんでしたか。ではこうしましょう」
そこに何処か残念そうなクラールの声が響くと、【邪神の因子】の様子が変わる。
空から降り注ぐ黒い雨を浴び、地面に積もる黒い灰を吸い上げることでその体を肥大化させながらも、一点に凝縮されていく黒い塊。
こねられるパンのように凹み、潰され、引き延ばされながらもその形を整えていき、やがてその全貌が明らかになっていく。
「さぁ、邪神様のお目覚めです。祈りを捧げなさい」
その姿はまるで人の様であった。
地面から生えるように上半身のみで、その体も変わらず漆黒ではあったが、腕と胴体、そして頭を携えており、何かと尋ねれば人と答えるほかない。ただし。
「ひっ……」
誰かが怯えたように息を呑む。
その首から上は円柱状のアーチを描き、その先端からは鋭い歯と舌のような物が窺え、まるで人の頭をワームとすり替えたような気味悪さを感じさせる。
それに加えて頭部には無数の目が付随しており、ぎょろぎょろと忙しなく動き続けていた。
「あぁ、素晴らしい!これこそが神の姿!」
誰もが言葉を失う中、クラークのみが【邪神】に傅き、涙を流しながら胸で十字をきる。
「では始めましょう。【繁栄】」
そして、災厄は動き始める。
クラークの宣言と共に地面から2メートルを超える黒いマネキンが出現すると、レイ達――正確には町に向かって走り始めた。
「コイツ……!?みんな止めるよ!」
「分かってますよ~!」
「そや!あの町には手は出させへんで!」
レイの言わんとしたことを瞬時に察したスラミンとココノッツは自身の召喚獣に指示を飛ばす。
「召喚!【CHAOS】!」
「コンちゃん!頼むで!」
現れた黒いスライムと炎を纏った妖の群れはその指示に従って黒いマネキンに対して攻撃を開始する。
一方ではその体に取込み消化し、また一方では敵を溶かし消滅させるそれぞれの召喚獣。だがしかしその数と耐久は馬鹿にならず、次第に押され始めていく。
「無駄な足掻きですね。【決壊】」
そして、残酷にも発動されたダメ押しの一手。そのスキルによって黒いマネキンに亀裂が入ると、それが触れていたモンスターにも亀裂が入り、ガラスが割れる音と共にバラバラになる。
「なっ……」
「一体何が……」
「無駄なんですよ、すべてが。いい加減神にその身を委ねたらどうでしょうか?」
自身の最高戦力を一瞬で失ったことに動揺を隠せない二人にクラールは諭すように提案する。
その間にも黒いマネキンは随時生成され、町へと駆け出していく。
脇目もふらず直進してくるマネキン相手にレイを含めた多くのプレーヤーが迎撃を試みるが、相手が硬すぎるのか、それとも火力が足りないのか、何れにせよその進軍は止められそうにない。
その上黒いマネキンを力尽くで抑えようにも、触れた瞬間に謎のスキルが発動して共に崩壊してしまうため、じわじわと打つ手がなくなっていく状況であった。
「いやぁ、まずいねコレ」
「時間がなさすぎるな……」
そこにセブンと【WorkerS】の面々を引き連れたギークが合流する。彼らの装備にも黒い液体が掛かっており、他のプレイヤーと同じように状態異常を受けているようだった。
「ギークくん、あのスキルなんだと思う?」
「【決壊】か?普通に考えれば条件付きの即死技だな。【神蝕】に侵されている者が対象と言った所か」
「やっぱりそうだよねぇ。う~ん、厄介厄介」
さらりと簡潔に考察したセブンは面倒臭そうに呟き、それに応えたギークはレイに視線を向ける。
「一応、町に待機しているクランメンバーに状況は伝えておいた。そっちはそっちで多少は持ちこたえてくれるだろう」
「それは助かる!ってことは問題は大元だね……」
「だな。アレをどうにかしない限りは終わらないだろう」
状況を把握している間にも黒いマネキンは生み出され、レイ達の横を通り過ぎて街へと向かっていく。
止める術がない以上彼女達に出来ることはなく、かといって残された時間もそう多くない中で二人が必死に頭を悩ませていると、ふとセブンがとあることに気が付いた。
「ねぇレイちゃん。鏡がどうのこうのって言ってたよね?」
「え?はい」
「それってアレの事?」
そう言って指をさしたのは邪神の胸の部分。
深淵を覗いているようなどこまでも黒い体の中心に、ぽつんと見覚えのある装飾が施された鏡の姿があった。
「あっ【八咫鏡】!」
「その反応はあってるっぽいね。ってことはアレを壊せって事か」
それを視界に捉えたレイは驚いた声を上げ、その様子からセブンは自身の考察が間違ってない事を理解する。
そのまま考え込むように押し黙ったセブンは一度頷くと諦めたように言葉を吐いた。
「うん、これしかないかな」
「……そうだな。託すしかないか」
「え?何か作戦があるんですか?」
同じように黙っていたギークはセブンの言葉に相槌を打つと、渋々といった表情でレイに視線を送る。
それに首を傾げたレイがセブンの方を見ると、彼女も同じようにレイに視線を向けていた。
「作戦はないけどやることは決まったよ。レイちゃん、君がアレを壊すんだ」
「可能な限りフォローはする。絶対にしくじるんじゃないぞ」
「……え?私!?」
突如振られた重大な役割。あまりにも急な指名にレイは寝耳に水を食らったかのように目を見開いた。
[TOPIC]
MONSTER【バルーンスライム】
ぷかぷか浮いて空まで飛ぶよ。風に乗ってどこまでも行くよ。
飛空種/スライム系統。固有スキル【浮遊】。
≪進化経路≫
<★>スーラーボール
<★★>ふうせんスライム
<★★★>バルーンスライム
<★★★★>スラコプター
<★★★★★>神風スラファイター




