4-43 その鳴き声に目を醒ますのは⑤
『私に作戦があります。もしかしたらアイツの再生能力を抑えられるかもしれません。時間を稼いでもらってもいいですか?』
数刻前、セブンやギークの前でレイが決め顔をしながら放った言葉。
「その結果がこれか……?」
「え、そんなに酷いんですか?」
レイの姿を見て怒る――というよりかは呆然と呟くギーク。どう見てもふざけているようにしか思えなかったが、当の本人はその全貌が分かっていないため、至って真面目に聞き返す。
「いや、何の問題もないよ!」
「うちも好きやで?」
「本当ですか?不安だなぁ……」
一方で女性陣の反応は存外悪くなさそうだった。……ただその事実が逆に不安感を増す結果となっており、レイは全てが終わったら配信で確認することを決意する。
「あの、ここで遊んでていいんですか~?」
「あ、はいやります!」
そんな中、後から来た【じゃしん教】の面々が合流したタイミングで、レイはココノッツにエスコートされながら狐の上から降りる。
「えっと、敵の位置は……」
「あぁ、こっちこっち」
ココノッツに手を引かれ、完全に介護されながらも、レイは【邪神の因子】の正面に立つ。
「ここ?ここで大丈夫?……よし、じゃあいきます!【封神邪眼】!」
スキルの発動を宣言した途端、レイの目を覆う布が発火し、視界を覆う感触が無くなっていく。
目元にじんわりとした暖かさを感じながらもゆっくりと目を開けると、視界の端にちりちりと燃える青い火の粉が映った。
同時にレイの視線の先にいた【邪神の因子】にも変化が現れる。彼女の目元に宿る青い炎が伝播したかのように突然その体の一部が発火し、そこに六芒星が浮き上がった。
「レイちゃん、これで終わり?」
「た、多分……」
「ふーん、まぁ試した方が早いか」
初仕様のため見え切らないレイの様子を見たセブンは【邪神の因子】に向かって鎌を振るう。
その一撃は迫りくる黒い波をいとも簡単に切り裂き、その合間ににセブンがちらりと窺うと、HPバーが僅かに削れ、時間が経ってもそのままであることを確認した。
「うん、レイちゃん大丈夫っぽいよ!」
「本当ですか?じゃあそのままやっちゃって下さい!」
「りょーかーい!」
レイの言葉を聞いてセブンは引き続き斬撃を浴びせ続ける。まるで踊っているかのように自由自在に戦う様にファンは思わず目を輝かせた。
「さてと、レイちゃんうちも行ってええか?」
「え?あぁもちろんです!」
「おおきに。じゃあ行くでコンちゃん」
そんなセブンの活躍に触発されたようにココノッツも動き出す。
「ここの所ストレス溜まってしゃあなかったさかい、アンタで発散させてもらうわ」
コンちゃん――【九尾の妖狐】を撫でながら、ココノッツは赤色の紙人形を手にすると、それを前方に放り投げる。
ひらひらと風に舞い、宙を漂った紙人形が接地すると、次第に大きさを増して形も変えていき、やがて赤色の鳥居へと変化した。
「さぁ、行っといで」
続いてココノッツが【九尾の妖狐】の背中を優しく押し、それに従うように【九尾の妖狐】はゆっくりと鳥居に向かう。
鳥居をくぐった【九尾の妖狐】には赤い筋のような模様が入り、その九本の尾の先には燦々と輝く太陽のような球体が付随していた。
「【百鬼夜行<九尾の妖狐>】」
そして、ココノッツは満を持してスキル名を口にする。それに呼応するように【九尾の妖狐】が吠えると、鳥居から多種多様の妖怪が現世へと姿を現す。
鬼や天狗、がしゃどくろにろくろ首――など、夥しいほどの妖の量。だがどの妖怪も例外なく全身が火に包まれて燃え盛っていた。
「これは……」
「このスキルはな、百鬼夜行の主にしたモンスターの特性を自身の全ての妖怪に与えて召喚するって技なんよ。今回はコンちゃんを選んださかい、皆炎を纏ってるって訳やね」
あまりの規模に絶句するレイの呟きに、ココノッツはいたずらが成功した子供の様ににやりと笑うとその効果を簡潔に説明しつつ、自身が召喚した召喚獣をその眼で見据える。
そして妖達による行進が始まった。
【九尾の妖狐】を先頭にゆっくりと進みだした妖の軍勢は【邪神の因子】に触れることすら許さず、ただその場にいるだけで敵の体を蒸発させていき、そのHPをじわじわ削っていく。
「すっご……ココノッツさん滅茶苦茶強いじゃないですか!」
「ふふっ、悪い気はしいひんけど、ちょい恥ずかしいな」
おおよそプレイヤー個人で出せるはずのない火力。それこそセブンのような一騎当千の力を前ににレイは興奮したようにココノッツに詰め寄り、それに対して照れたようにはにかむ。
「私達の出番なさそうですね~」
そのやり取りに暇そうにしていたスラミンが割り込んでレイに話しかける。
セブン、ココノッツ、【WorkerS】。それぞれが最強クラスの戦力を有しているせいか、怖いくらい順調に状況は良い方向に進んでおり、もしかしたらこのままクリアしてしまうのではという期待すら感じてしまう。
もちろん、レイも同じように微塵も負ける気はしていなかった。――それが大きな間違いだとも気付かず。
「まさか、ここまでやるとは思っていませんでした」
【邪神の因子】のHPゲージが3割を切り、それに比例するように大きさも三分の一ほどになったタイミングで、今まで鳴りを潜めていたクラールが姿を現す。
「素直に感心しますよ。人の身でありながら神にここまで抗うとは。――ですが、タイムオーバーです」
その意味深な一言に全てのプレイヤーの動きが止まる。だが、クラールは理解する時間を与える間もなく両手を大きく広げた。
「さぁ神よ!一つに!」
狂ったような叫びと笑顔、それから不意に訪れる静寂。
何も変わらない状況に拍子抜けしたレイが声を発しようとした瞬間、それに気が付いた。
「噴――」
ドォン……!!!
レイの言葉は体の芯に響くような重低音に遮られる。
視線を上げればそこは【枝分かれの溶岩洞】や【皇帝の間】が存在する火山。それが噴火し、大量の黒い液体が宙に打ち上げられる。
「こちらは楽しませてくれたお礼です。どうぞ受け取って下さい」
とても穏やかな、それこそ子供に絵本でも読み聞かせるような口調で話すクラールの言葉に、その場にいた誰かが息を呑む声が聞こえる。
「【惨禍】」
黒い雨が、降り注ぐ。
[TOPIC]
SKILL【百鬼夜行】
群雄割拠の妖達、彼等の掟は唯一つ、主の背中を見失わぬ事。
CT:5400sec
効果①:召喚可能なモンスターを全て召喚
効果②:選択したモンスターの特性を全体に付与
効果③:一定時間召喚不可(CT)




