4-40 その鳴き声で目を醒ますのは②
迫りくる濁流はまるで意志を持つかのようにゴウグ達へと襲い掛かる。
『あれは……!?』
「ゴウグ!早く!」
その光景を見て息を呑むゴウグにレイは叫ぶ。その声で正気に戻ったのか、ゴウグは迫りくるナニカから逃げるように全速力で走り始めた。
『レイッ!あれは【邪神の因子】だろうッ!?一体何が起きている!?』
「私もよくわかってないけどコウテイが取り込まれて進化したみたい!邪神の復活って言ってた!」
『復活だと?そんなバカな……ッ!』
左右に飛び回りながらとんでもないスピードで走り回るゴウグ。だが彼の脚力をもってしても黒いナニカから逃れることは出来ず、それどころかその速度はどんどんと増しているようだった。
「間に合うか分からないけど、あの人達なら!」
その様子を横目に見ながらレイはメニュー画面を開く。そのままフレンドの欄に跳ぶと、片っ端から状況と協力の要請を書いたメッセージを送信する。
「ん?何だあれ?」
「何かのイベント?」
「マズい――みんな逃げて!」
聴こえてきた声にふと顔を上げたレイは遠めに見えたプレイヤーらしき人影に大声で警告する。――だがそれに反応できたものはごく僅かであった。
「は?何言って――」
「おいおいおい、これヤバ――」
「本当にごめん……!」
呆然と立ちすくむ者、慌てて駆け出す者、それに加えて戦っていたモンスター達。その全てを例外なく飲み込み、黒へと染めた【邪神の因子】。
それどころか木や石等のオブジェクトすら取り込んでいるように見え、それに合わせてその体は肥大化し、勢いを増しているようであった。
レイは心の中で謝りながらも【邪神の因子】から目を離さずに、走るゴウグに状況を伝える。
「ゴウグ!分裂した!攻撃くるよ!」
『承知!』
迫りくる【邪神の因子】は逃げるレイ達を確実に仕留めるために形を変え、先端が裂けるように分かれると、細く鋭く枝分かれしていく。
「ゴウグ!絶対触れたらダメだからね!」
『分かっている!』
そうして再び槍のような形状に落ち着くと、その先端がゴウグに向かって伸びる。
四方八方から訪れる攻撃をレイの指示に従って的確にに回避するものの、そのせいで走る速度はどうしても落ちてしまう。
そしてついに、【邪神の因子】の本体とも呼べる津波のような濁流がゴウグを飲み込もうとして――。
「【黒月弾】!」
背後を振り向いたレイがスキルを発動する。
放たれた黒い弾丸は【邪神の因子】に触れると膨張し、強烈な引力を発生させ、それに飲み込まれるように【邪神の因子】は動きを鈍らせた。
『助かった!』
「どういたしまして!でもこれ1回限りだからね!悪いけど次はないよ!」
その隙に再び距離を離したゴウグが感謝を述べる。だがレイがちらりと後ろを振り向くと、既に【黒月弾】の効果は消え去っており、【邪神の因子】が再び追いかけている光景が映った。
「それでもこのペースならいける!後は時間を稼いで――」
それでも今の位置関係から何とか予定通りになると判断したレイは少しだけ気を緩ませる。――その時紫雷が迸った。
「うっそでしょ!?もう時間!?」
『くっ、レイ!この状況をなんとかできるのはお前だけだ!任せ――』
紫の雷がゴウグへと直撃して最後に思いを託すとその姿が一瞬で消える。
「ぎゃう~!」
「ッじゃしん!」
突然空中で放りだされる形となったレイは鳴き声を上げるじゃしんを抱きかかえ、聖獣の全速力のスピードをそのままに地面を転がる。
地面に叩きつけられた後もレイはとんでもない勢いで吹き飛ばされる。数十メートルほど吹き飛ばされてようやくその勢いが完全に収まり、ぴたりと静止したレイはゆっくりと起き上がった。
「に、逃げないと……」
ぽつりと自身を奮い立たせるように呟くも、その体はついてこない。ダメージ自体は全くないものの、レイのステータスでは逃げ切ることが絶対に不可能であると心の中で感じてしまっていた。
(でも本当に協力してくれるのかな……このまま町に行ったってさっきみたいに他プレイヤーを巻き込むだけなんじゃ……ならここで一人で食い止めるのが一番……)
確実なものが何一つとしてなく、レイは答えの出ない自問自答に囚われる。その間にも【邪神の因子】は距離を近づけており、もはや1秒もかからずレイを飲み込める位置にいた。
「おや、もう鬼ごっこはおしまいでしょうか?」
だが突然【邪神の因子】が止まったかと思うと、その一部が形を成し、穏やかな笑顔を浮かべた神父の姿になる。
「……随分と余裕そうじゃん」
「いえいえ、そんなことはありませんよ。これでもかなり冷や冷やしたものです」
「はっ、嘘が上手いんだね」
「そうですか?ありがとうございます。では良い終焉を」
「【じゃしん――」
ニコニコと常に笑顔を絶やさずにそう言い切るクラールの様子に、レイはもはや逃げ場がない事を悟る。そして再び動き出した【邪神の因子】を何とかするために、スキルの発動を宣言しようとして――。
「【赫灼骨】」
「【国斬ノ断】」
「コンちゃん、【焔雪】」
背後から、別のプレーヤーによるスキルが発動される。
飛び込んだ巨大な骨が爆発することで【邪神の因子】を吹き飛ばし。
放たれた不可視の斬撃によって【邪神の因子】は斬り裂かれ。
触れるだけで発火するほどの熱量を持った青い火の玉は【邪神の因子】へ雪のように降り注ぐ。
突如巻き起こった全てを消し去るような圧倒的火力を前にレイは目を白黒させ、それと同時に聞こえた足音と声にレイは振り返る。
「レイちゃんまーた面白そうなことしてるねぇ」
「問題しか起こせないのかお前は……」
「今度は間に合うたみたいでよかったわぁ」
「セブンさんにココノッツさん!それにギークまで!」
そこには現在の『ToY』の世界において頂点とも呼べるプレイヤーが、三者三様の表情を浮かべながら立っていた。
[TOPIC]
SKILL【焔雪】
新雪のような淡い灯は、触れる者全てを灼いて溶かす。
CT:200sec
効果①:ヒット時、魔法属性のダメージ(知識*0.1)
効果②:【火傷】効果付与




