4-38 終焉との邂逅
「あなたは――」
神父の姿を目にし、ぴしりと固まったレイ。そのまま時が止まったかのように何も言わなくなってしまった彼女に神父はやがて声をかける。
「? どうしました?」
「いや、ちょっと待って。分かる、分かるんだけども」
そう言って右手を前に突き出して神父に待つようにジェスチャーをすると、左手の人差し指を額につけて記憶を辿る。
「アレだよね、あの公式ストーリーに出てた……後はキーロでも会った気がする……」
・分かる、あの人だよね
・え?レイちゃんあの人だよ?
・まさかあの人の名前忘れた?
うーんと唸るレイに視聴者から煽るようなコメントが飛ぶ。だが残念ながらそこにヒントは含まれておらず、答えには結びつかない。
「いや、えーっと、確かクラ……?クラなんとか……」
「……クラール・ハイトです」
「あぁ!そう!クラール・ハイトね!それそれ!」
痺れを切らしたクラールが呆れたように答えを告げると、レイはぽんと拳を手のひらの上に乗せ、すっきりした顔で笑い、スッと目を細める。
「んで?これはあんたがやったの?」
「これは……なるほど、愉快な人だ」
がらりと空気が変わり、敵意をむき出しにするレイに少し驚いた様子を見せるクラール。だが、すぐさま余裕のある笑みに戻る。
「もしそうだと言ったらどうするつもりですか?」
「そうじゃなくてもぶっ潰すけど?」
「――ふふっ。いいでしょう、ここにいる理由、でしたね?」
クラールは可笑しそうに噴き出すと、レイの問いかけに対して語り始める。
「私が『啓示』を聞いたのはまだ立つことすら出来ない赤子の時でした」
「……はぁ?いきなり何を」
突然思い出話を話し始めたクラールにレイは眉を顰め、その真意を確かめる――だが、それを見越していたのか、クラールは唇に人差し指を当てしーっと息を吐いた。
「……ある日、突然でした。その囁きは甘美で蕩けるような、それでいて全てを狂わせる激しさがありました」
レイが黙ったのを確認したクラールは懐かしむように言葉を続ける。
「それを聞いて気付いたのです。あぁ、この体は邪神様のためにあったのだと。私の使命はこの世界を滅ぼすことなのだと」
「なるほど、イカれてるタイプか……」
話し終え、恍惚な表情を浮かべる様子にレイは苦虫をかみつぶした表情を浮かべる。それを見たクラールは心外と言わんばかりに問いかけた。
「おや、心外ですね。同じ神に仕える身。多少なりとも共感していただけると思ってましたが」
「神?そんなのこの場にはいないでしょ?」
「ぎゃう!?」
思わぬ流れ弾を受けたじゃしんは『どういうこと!?』と言いたげにレイの方を向く。だが、それに答えが返ってくることはなく、澄ました顔でクラールを睨みつける。
「本当に愉快な人だ。ただひとつ訂正していただきたいことが。この場に神はいますよ」
「は?」
笑顔を崩さないクラールの放った一言に、レイは眉を顰めて――。
「一体どういう――ッ!?」
「残念。少し遅かったですね」
ぐちゅり、と嫌な音を立てながら足が沈み込む。
それに気づいたレイが慌てて飛びのこうと足を上げるが、それを追いかけるように黒く透明でジェル状のナニカがレイの足に絡みつく。
「なに、これ!気持ち悪い!」
「ぎゃう~!?」
・スライム?
・いやでもちょっとエロ…げふんげふん
・ああ^~いいっすね~
どんどんと体を飲み込まれる感触に、必死でもがく様子をどこか呑気にとらえる視聴者達。それと同時に聞こえた叫び声に横を向くと、そこでは同じように蠢くジェル状のナニカに囚われてるじゃしんの姿が映った。
「無駄ですよ、神からは逃れられません」
「か、み?これのどこがっ」
諭すように呟くクラールにレイは一層手足を動かし、脱出しようと試みる。だがその抵抗も空しく、ホルマリン漬けのように全身が覆われてしまった。
「その全てが、ですよ。まぁそれでも一端でしかないですがね」
おどけたように肩を竦めるクラールを睨みつけるレイ。幸い、息苦しさは感じないものの、身動き一つどころか喋ることすらできそうにない。
「安心してください、そんな目で睨まなくても用があるのは貴方の体ではありませんから」
では一体、そう思ったレイを覆うジェルに変化が訪れる。ギュルギュルと脈動を始めたかと思うと、レイの体をきつく締めあげ始めた。
「ッ!?」
「あぁ、それです。ありがとうございます」
体を絞られるような苦しさにレイが思わず呻く中、黒いジェルはアイテムポーチの中へと侵入する。そして、中から強制的に【八咫鏡】を引っ張り上げると、ジェルの範囲を伸ばしてクラールの手が届く位置まで移動させる。
「ようやく手に入れました。貴方は知っていますか?これがどんな代物なのかを」
【八咫鏡】を手にしたクラールはレイに問いかける。
「これはあふれ出る聖獣の力を蓄え、その力を他者あるいは物に還元する力があるのです。伝承ではそれを使って汚染された地を浄化したようですね」
またしても何かを語り始めたクラールにレイは眉を寄せた。その様子を気にも留めずにクラールは言葉を続ける。
「つまり聖獣の力を奪い、利用することが出来るのです。そこで私は考えました。これを邪神様に使用すれば全盛期の力を取り戻せるのではないかと」
その言葉にレイは悔し気に歯を食いしばる。いくら老烏のお願いで、これがイベントの類とは言え、結果としてクラールに協力する形となってしまったことに気が付いたからだ。
「どうせならここにある残りカスも全部使ってあげましょうか」
「ッ!?」
そう言ってクラールは玉座の横に横たわっていた白いペンギンの腕をとる。
先ほどまで気が付かなかったがそれはまごうことなくコウテイの姿であり、力なくぐったりしている様子にレイは息を呑む。
「ふふっ、そんなに怒らないでください」
クラールがおちょくるようにレイに話しかけながら、【八咫鏡】をコウテイに押し付ける。すると、コウテイの体が沈み込むように鏡の中に入っていき、やがて全身を取り込まれその姿を消した。
「さて、準備は整いました。邪神様、どうかその姿を我らが愚者の前に」
そう言ってクラールが傅くと、レイを覆っているジェルの一部が分裂し、その濃さを増していく。
やがてソフトボール大の大きさになった真っ黒の球はふよふよとクラールの元まで飛んでいく。
「今宵の供物です。最高の物を用意させて頂きました。お召し上がりください」
黒球は水平に差し出された八咫鏡の上に行くと、ドロリと溶けて形を崩し、まるでキャンパスに絵の具を垂らすかのように鏡を黒く染めていく。
そして鏡面がすべて黒く染まり、訪れる束の間の静寂。だがすぐに地鳴りとアナウンスによって破られる。
[ワールドクエスト]
【その鳴き声で目を醒ますのは】
・【邪神】の撃破
・報酬:???
※ワールドクエストが発生しました。これよりクエスト完了まで配信は出来なくなります。
次の瞬間、鏡から黒が溢れ出した。
[TOPIC]
ITEM【八咫鏡】
かつて邪神を討伐した三種神器の一つ。力を蓄え、還元する力を持つ。
効果①:相手の攻撃をエネルギー(E)として吸収(E=dmg*0.1)
効果②:エネルギー(E)を消費し、対象のステータスを上昇(E=1)
※【英雄】系統の職業でのみ使用可能




