4-37 おつかい完了の報告に
「よいしょっと」
「ぎゃう……!」
セブンと別れた後、レイはベランダのような場所を伝い、一番大きな屋根の上へと登っていた。
瓦による不安定な足場は不安を煽る。町が一望できるほどの高さにじゃしんは下を覗くと、ぶるりと体を震わせる。
「やってるのはこっちか。すごいね、戦みたい」
眼下では赤い法被を着たプレイヤー達と武士のような格好をしたNPCによる乱戦が繰り広げられていた。
数こそプレイヤー側の方が多いものの、その戦力差は圧倒的であり、刀を振るわれては次々とポリゴンとなり消えていく元【DA・RU・MA】のクランメンバー達。
唯一、セブンと思しきプレイヤーのみがNPCに勝てるほどの力を持ち合わせていたが……。
・あ、逃げた
・流石に分が悪かったか
・あぁ、味方を囮にしてんのか。うまいな
・でもこれセブン以外逃げ切れませんよね…?
「まぁ、十中八九そうだろうね」
いち早く戦線を離脱したセブンがあっという間にその場から消えていなくなると、他のプレイヤー達も散り散りとなって逃げだそうとする。
だがセブンのように巧くはいかず、各々が生き残るために互いの足を引っ張り始めるせいで、結局揃ってやられてしまうという悪循環に陥っていた。
・これ憲兵相手だからレベル1に戻る?
・戻るよ。だから城襲うとかメリットない
・微塵も同情する気にならない不思議
「おっと、こんなことしてる場合じゃなかった」
もはや合戦と呼べなくなった眼下の様子にレイは興味を失ったかのように視線を外すと、屋根を伝って反対側の地面を見る。
「うん、こっちなら大丈夫かな。人も少ないし、フィールドも近いし」
「ぎゃ、ぎゃう?」
下を見るとむき出しになった石垣が見え、白い塀との間には数本の松が植えられているだけの、閑散とした庭のような場所が存在した。
その幅を測りながらレイは満足気に頷く。その顔に何処か不安げな表情を浮かべるじゃしん。
「ぎゃうぎゃう?」
「ん?どうしたのじゃしん?……あぁこれからすること?」
・まさか?
・おっと?
・正直ここに来た時点でね…
くいくいと袖を引っ張ったじゃしんに対し、レイは満面の笑みを向けると、両腕でじゃしんをがっちりとホールドする。
その行動に視聴者からどこか察したようなコメントが流れ、じゃしんは思わずたらりと冷や汗を流す。
「じゃあいくよー」
「ぎゃ――」
慌てて止めに入ろうとしたじゃしんの声は、残念ながらレイに届くことはなく、軽い調子で呟いたレイは一切躊躇う素振りすら見せずに瓦の屋根から跳んだ。
・ヒモなしバンジーじゃん
・あ、俺これ無理…
・落下死しないか?
「大丈夫大丈夫、今回はちゃんと覚えてるから」
落下速度がどんどんと増していく中、レイはごつごつとした黄色い石――【月の石】を取り出す。
そしてノの字型に反った石垣の上に着地する瞬間、それをぎゅっと握りしめると、急ブレーキでもかけたかのように彼女の落下が緩慢になり、ダメージなく石垣に足をかける。
「ぎゃ、ぎゃう」
「ふっ、まだ私のターンは終了しちゃいないぜ!」
「ぎゃう!?」
じゃしんがほっと一息ついたのも束の間、レイは【月の石】を握るのをやめる。
ザザザッ!と滑り台でも滑るかのように石垣を滑り落ちるレイ。そして勢いが最高潮に達した瞬間、もう一度【月の石】を握りしめると大きく跳躍した。
ふわり、と通常ではありえない跳躍を見せるレイ。そのままの塀を飛び越え、城の外側に着地したレイは満足気に汗をぬぐう動作をする。
「ふぅ、これが一番早いと思います」
・フラグ乙
・フラグ乙
・モウユルシテヤレヨ
視聴者から総ツッコミが入る中、彼女の腕の中ではじゃしんがぐったりとした様子で疲れ果てていた。
◇◆◇◆◇◆
・堂々と正門から出ればいいんじゃないの?
・あの警告気になるだろ
・別に悪いことしてないからいい気もする
「まぁ一応念には念を入れてね」
城から脱出したレイは町の外周をぐるりと回って、コウテイ達の待つ火山を目指していた。
・ってか前みたいにじゃしんで飛べばよかったんじゃ?
・確かに
・いや楽しそうではあったけども
「それに関しては理由があるよ。一つはあんまり目立つ方法で動きたくなかったからかな。さっきも言ったけど念には念をってことで。もう一つはじゃしんに対する完全な嫌がらせ」
「ぎゃうっ!?」
思わぬ一言に隣で浮いていたじゃしんは凄い勢いで首を動かしレイを見る。
「いやぁ、じゃしんに騙されたのよくよく考えたらムカつくなって。なんかビビってるみたいだったし、丁度良いから強行してみたってのがもう一つの理由かな」
「ぎゃうっ!ぎゃうぎゃうっ!」
・草
・草
・仲良いなwww
もたらされた回答に怒り心頭と言った様子でじゃしんは頭をぽかぽかと叩く。レイはそれをどこ吹く風といった様子でスルーし続け、スタスタと決して歩くことをやめない。
「ふっ、私に勝とうなんて1万年早いんだよ」
「ぎゃうぎゃう!!!」
「あっ、ちょ噛みつくのはダメだって!」
危険なフィールドにも関わらず、すっかりと気の抜けた雰囲気でじゃれあう二人。そこで視聴者がとあることに気付く。
・平和だなぁ
・何かモンスター少なくない?
・確かに。一回も接敵してないな
「言われてみれば……」
そのコメントを眼にしたレイは辺りを見渡し、そこでようやくモンスターはおろかプレイヤーすらも見えない事に気付いた。
どこか別世界に飛ばされてしまったような奇妙な違和感を覚え、レイは気を引き締め直す。
「じゃしん、これ何かあるかも。いつでもスキル発動できる準備しておいて」
「ぎゃう!」
先ほどと打って変わって戦闘モードに入った二人は警戒心を強めたまま慎重にフィールドを進み、やがて【枝分かれの溶岩洞】の入口へと辿り着く。
「よし、行こうか」
「ぎゃう」
一言声をかけ、じゃしんが頷いたのを確認したレイは【火口の転移石】を使用する。
足元に赤色の魔法陣が浮かび上がったと思うと、すぐさまレイ達の視界は光に覆われ、目を醒ました時にはもはや見慣れたと言っても過言ではない、【枝分かれの溶岩洞】の長い通路に立っていた。
「こっちに進めってことだよね?」
前後を確認し、光の強い方へと歩みを進めるレイ。やがて光は強くなり、その先が皇帝の間だと確信したレイが中に入り――。
「……なに、これ」
その光景に、絶句する。
地面には大量の黒い羽根が散らばっており、かなりの数の八咫烏が血を流し倒れ伏している。
そしてその正面の玉座には。
「お待ちしておりましたよ」
にこりと微笑みを浮かべながら足を組み、こちらを見下ろす神父の姿があった。
[TOPIC]
AREA【暁城】
既存の建築物をモチーフとして建てられた豪華絢爛な和風のお城。
クエスト等をクリアした一部のプレイヤーにしか中に入ることは許されておらず、そのベールは謎に包まれているが、中にいるNPCは『ToY』内においての最強議論にたびたび名前が挙がってくる。




