4-36 火事場に現れる例のアレ
レイがセブンと連絡を取り、アレを実施する事に決めてから十数分が経過していた。
「おい、もっとちこう寄らんか!」
「あはは、堪忍しておくれやす」
「殿、いい加減お戯れが過ぎますぞ」
未だに城の最上階の大広間に居座る彼女達――正確にはココノッツ一人に対して下心満載で話しかけるバカ殿にダイフクから諫めるような声が飛ぶ。
・いかん、地獄過ぎる
・会社の上司思い出すわ
・いつまでここにいるの?
「ぎゃう~」
「分かってる。多分あと少し……」
あまりにも見てられない状況にコメント欄からココノッツへの同情の声は増し、じゃしんからも『助けないのか』という視線が飛んでくる。
それを重々承知しながらもレイは今か今かと耐え忍び――そしてその時は訪れた。
……ォォォォォ
「? 何か騒がしくないか?」
「……そうどすなぁ」
「言われてみれば……一体何が――」
「ダイフク様、殿!ご報告申し上げます!」
微かに聞こえる耳鳴りのような音にバカ殿が一早く反応する。それにココノッツが曖昧に返し、ダイフクが動き出したタイミングで一人の武士が慌てた様子で駆け込んでくる。
「賊が侵入しました!現在正門にて戦闘中でございます!」
「な、なに!?何処の命知らずだ!?警備はなにをしている!?」
「兄上、お待ちください。まずは敵の数と状況を教えるのだ」
国のトップに立って以来、初めての出来事にバカ殿はこれ以上ないくらい目を見開く。一方でダイフクは目を細めて剣呑な空気を醸しながら報告を促す。
「分かりませぬ。ただ数は多いもののそこまでの脅威はないかと」
「ではそのまま迎撃に当たれ。余裕があれば生け捕りにしろ」
「う、うむ。絶対に通すんじゃないぞ!分かったな!」
「はっ」
命令を聞き届けた武士は一礼すると襖を閉めて去っていく。おそらく鎮圧に向かったのだろう、静まり返った部屋の中でバカ殿は安心したように口を開いた。
「な、なんだ驚かせよって。命知らずの馬鹿もいたものだな、まさかこの城に攻め込んで――」
その言葉が最後まで綴られることはなく、バカ殿は息を呑む。
そして、襖に映った一つの人影に全員の意識は奪われた。
「な、なにや――」
「天誅!」
バカ殿の叫び声を遮るように男とも女とも取れない不思議な声が響き渡ると、手に持った刀で襖ごと切り裂いて乱入者が現れる。
全身は黒ずくめ、フードを被った顔は仮面に覆われ、その素性が何一つ分からない。
余りの突然の出来事に襲われている本人ですら固まってしまった世界の中で、謎の人物は迷うことなくバカ殿との距離を詰めて刀を振り下ろす。
ガキィン!
「何!?」
「こ、小娘!?」
だがしかし、その凶刃はバカ殿に届かない。たった一人反応を示したレイがアイアンナイフを片手に割り込むと、その刃を受け止める。
「殿、大丈夫ですか!」
「う、うむ。助かったぞ」
「えぇい、邪魔をするな!」
謎の人物は激昂したように刀を振るう。それをレイははじき返すようにナイフで受け止め、鍔迫り合いの形に持ち込んだ。
「レイ殿、私も加勢を――」
「いえ、殿の事を優先に!ここは私奴にお任せ下さい!」
ダイフクが腰の刀を抜いて加勢に入ろうとするが、レイは謎の人物から目を離すことなく強い口調で拒否する。
「早う逃げましょ!」
「しかし……」
「ま、負けるでないぞ!」
そこにココノッツがフォローするようにダイフクの腕を引く。何かが気になるのか、煮え切らない思いを抱えていたダイフクだったが、バカ殿が真っ先に逃げ出したことで、諦めたようにその背後をついていく。
そうして室内は二人だけの世界となる。暫くの間睨み合っていた二人だったが、やがて足音が消え、遠くに響く喧騒のみになる。そして――。
「ふぅ、もういいかな?」
「そうですね。行ったぽいです」
「ぎゃ、ぎゃう?」
ほぼ同時に二人は刀を下ろす。先ほどまでの剣呑な雰囲気が霧散し、親し気な様子を見せる二人にじゃしんは困惑したようにきょろきょろと交互に見やる。
「あれ?あ、そっか。じゃしんは知らなかったっけ。この人――」
「じゃ~ん、僕でした~」
「ぎゃ、ぎゃう!?」
その様子を見たレイが説明しようとした時、謎の人物が仮面を外す。仮面に隠された素顔はまごうことなきセブンの顔であり、それと同時に発する声が聞き馴染みのあるものとなったことに、じゃしんは目を見開いて驚く。
「いやぁ、じゃしん君は良い反応するなぁ」
・そういえば説明の後に帰ってきてたね
・そりゃ謎だわ
・今北産業
「あ~、セブンさんの悪だくみ、お城襲撃作戦、その隙にアイテム頂こうって感じかな?」
・なるほど、理解した
・自演乙
・なんつーマッチポンプ…
コメントで見たネットスラングにレイが対応していると、横からセブンが言葉を付け足す。
「そういうこと。一回謀反ごっこしてみたかったんだよね。でもほら、ここって憲兵NPCの総本山みたいなトコだろ?だからちょっとリスキーかなぁって思ってたんだけど――」
ぺらぺらと自身の思いを語るセブンはそこで一度区切ると、ちらりとレイの方を見る。
「レイちゃんが壊してもいいおもちゃをプレゼントしてくれてさ!いやぁ、やっぱり持つべきモノは友達なんだなって!」
・いつの間にか友達認定で草生える
・セブン、ボッチから卒業したんやな……
・おもちゃとは?
「ほら、【DA・RU・MA】の残党。ちょっとお願いしたらすぐ快諾してくれたよ?いやいや、意外と素直な良い子達じゃないか」
・おぉ……
・お願い(脅迫)
・お願い(強制)
セブンがレイの視聴者とやり取りをしている間、レイは呆然とした顔で呟く。
「私とセブンさんが……友達……!?」
「ぎゃう~?」
全く関係のない箇所に感銘を受けているレイにじゃしんは呆れたような表情を浮かべると、顔の前で手を振った。
「はっ!こんなことしてる場合じゃなかった!早く回収しなきゃ!」
ようやく正気に戻ったレイは素早く上段の間に上がると、【八咫鏡】に触れる。
『【八咫鏡】を入手しますか?※NPCの好感度が下がる恐れがあります』
「え、こんなの出るんだ」
・こっわ
・大丈夫なん?
・人の物を盗ったら泥棒!
突然出た警告に思わず躊躇したレイはちらりとセブンの顔を伺う。
「あぁそれは大丈夫。バレなきゃいいだけだし、バレてもこの町に入れなくなるだけだから」
「……じゃあ大丈、夫?」
まるで経験したかのようにけろっと口にするセブンを見て、レイは躊躇いつつもYESを選択する。
「よし、ちゃんと入手出来てる。私達はもう逃げますけど、セブンさんは?」
「そうだなぁ、遊び足りないしもうちょっと遊んでくよ。それにアイテムもまだまだ取れてないしね」
そういうとセブンは再び仮面を被る。
「じゃ、またね~」
そして性別の分からない機械音声のような声音で別れの挨拶をすると、スタスタと歩きだし、窓から飛び降りた。
・ねぇこれ大丈夫?
・やっちまった感
・またお尋ね者?
「いや、私は襲ってないからセーフ……そう、私は悪くない……っ!」
「ぎゃう~……」
より一層大きくなった喧騒を耳にして、レイは言い聞かせるようにぽつぽつと呟く。
その横ではじゃしんが呆れたように肩をすくめていた。
[TOPIC]
NPC【ドラヤキ】
暁城86代城主。
弟のダイフクとは瓜二つの顔をしているが、どこか不潔でだらしない雰囲気が目立つ。
先に生まれたため城主についたが、家来の多くはダイフクの方を慕っている。
珍しい物を好み、レアなアイテムを献上すれば色々と便宜を図ってくれるため、その性格にさえ眼を瞑れば、実はプレイヤーにとって便利なキャラ。




