4-35 交渉の結果
後始末を終えた後、レイはココノッツに従って暁城城下町のとある屋敷を訪れていた。
「これはこれはココノッツ様ではありませんか」
「ダイフクはん、お世話になっとります」
従者と思しき着物の女性に案内されて応接間へと入ると、甚兵衛を着た恰幅のいい男性が出迎える。
ココノッツを視界に入れた瞬間、ダイフクと呼ばれた男が笑顔で手を差し出すとココノッツも同じように笑顔でその手を取った。
「して、今日は一体何の御用で?」
「実はな、もういっぺんあのお殿様に会わして欲しいんどす。出来るだけ早い方がええんやけど……」
「ほう?」
ココノッツの言葉を聞きその後ろにいたレイにちらりと目をやると、何かを察したように頷く。
「いえ、問題ありませんよ。それなら今から行きましょうか。時は金なり、ですからね」
「ほんま?流石ダイフクはん、話分かるわぁ」
「ははは、ココノッツ様のお願いでしたらお安い御用ですよ」
特に何か問いかける訳でもなく、そのお願いを快諾したダイフクは先ほどの従者に一言二言声をかけると、着替えのために部屋から出ていき、取り残された二人は安心したように息を零す。
「良かった、これで約束守れそうやわ」
「いや、なんか凄い恩義を感じてるみたいでしたよ?」
・確かに
・助けたって言ってたね
・にしてもそんな簡単に会えるもんなの?
「あぁ、あの人はダイフクはんってゆうてな、襲われるとこを助けたら色々と融通してくれるんよ。確かお殿様の親戚や言うとったような……」
「めっちゃ偉い人じゃないですか。なるほど、だからこんな簡単に……」
人差し指を顎に当て考える素振りを見せるココナッツの言葉に、レイは色々と合点がいく。恐らく彼女が次に行うべきクエストはその『襲われるシーンで助ける』であろうと判断し、それが大幅に短縮されたことに感謝する。
「ありがとうございます、これで先に進めそうです」
「それは別にええんやけど。レイちゃん、ほんまにアレやるん?」
「あー、アレはですねぇ……」
・アレか
・アレねぇ
・アレはなぁ
話を変え、ココノッツが難色を示したのは当然セブンが口にした『良い考え』についてであった。それに対し、コメント欄も何とも言えない雰囲気となり、レイも困ったように頬をかく。
「セブンさんには申し訳ないですけど、正直あんまりやるつもりはないですね。最後の手段でワンチャンくらいかなって」
「そっか、そらそやな。安心したわ」
レイの返答にココノッツは胸を撫で下ろす。
「お殿様はあんまり気持ちのええ人ちゃうけど、ほんでも危険な目に合わせんのは申し訳あらへんさかい、そう言ってもらえて助かったわ」
「ははっ、私もそんなに簡単に怒ったりしませんよ。ましてや今は特にすっきりしてますからね」
「ははっ、そやな。ところでもう一個気になってたんやけど――」
お互い声を出して笑いあっていると、不意にココノッツがレイの横を指さす。
そこには首から『やり過ぎてしまいました』と書かれたボードをぶら下げて項垂れているじゃしんの姿があった。
「じゃしんはんは何でこんなもんぶら下げとるん?ってかどっから持ってきたんこれ?」
「さぁ……。今回は別に責めてないんですけどねぇ」
あの後中に突入してじゃしんの行った(正確にはレイが行った)惨状を目の当たりにし、そこでようやくクランアイテムがすべておしゃかになったことを知った。
始めて聞いた時は茫然と魂の抜けた表情をしていたものの、そういう指示を飛ばしておらず、むしろカイエンに一泡吹かせてやったことを知り、レイは水に流すことに決めたのだが、どうやら当の本人はそれで納得していないようだった。
「ぎゃう~……」
「ほら、レイちゃんもこう言うてんで?元気出しーな?」
「そうだよ、今回は褒めることはあっても怒る場面はないからさ。これ終わったらまた団子でも――」
「ぎゃう!?」
落ち込んだ様子を見せるじゃしんを励ますように二人が声をかけると、『団子』という単語が聞こえた段階でじゃしんの様子が変わる。
キラキラと輝いた眼でレイの事を見つめ、『言質は取ったかからな!』と言わんばかりに、小躍りを始めたじゃしんにレイはぽかんと口を開けた。
「……やられた」
・じゃしんの勝ち!
・珍しい
・まぁ今回はじゃしんも頑張ったから
「はははっ、こら一本取られたなぁ」
「お待たせしました。それでは行きましょうか」
そこへ袴に着替えたダイフクがやってくると、二人を外へと先導し始める。
どこか釈然としない思いを抱えつつも、レイはその後を追っていった。
◇◆◇◆◇◆
「ココノッツさん、アレやってもいいですか」
「レイちゃんさっき言うた事覚えとる……?」
・草
・草
・草
「おい、何をこそこそと話しておる」
お殿様と出会ってから数分後、既に我慢の限界を迎えたレイがココノッツに耳打ちすると、それを咎めるように殿様から声がかかる。
「いえ、なんでも。そないな事よりも今日も素敵どすなぁ」
「むふふ、お主ほどではないぞ。その美貌も豊満な果実もいつ見ても素晴らしい。どうだ、やはり儂の側室にならんか?」
「また上手いこと言うて~」
・うわぁ……
・キャバクラかな?
・ココノッツさん大変そう
その中年オヤジのようなやり取りに、コメント欄は同情しレイは正座をしながら無表情を貫く。
その顔は確かにダイフクと似ているようではあったが、100倍は下品で汚らしい顔をしており、ココノッツを見て伸びきった鼻はとてもじゃないが見ていられず、敬意のけの字もないほどにはバカ殿であった。
「で、ココノッツよ。このちんちくりんは何だ?」
「あ゛?」
「こ、この子はうちの友人でして。どうやら聞きたいことあるみたいなんどす」
怒りが漏れ出そうになったレイの言葉を遮ると、ココノッツはそう紹介しちらりとレイに目配せを行う。
「……はい。欲しい物があります」
「欲しいものだと?」
「そうです。【八咫鏡】というものを探しておりまして。もしかしてですがその背後にあるのは……」
「あぁいかにも。これが【八咫鏡】だが?」
レイの指摘にバカ殿は肯定する。そこには羽を広げた烏をモチーフにしたような鏡が飾られており、部屋に入った瞬間からこれが目的の物であるとレイは理解していた。
「これがどういうものか分かっているのか?1000年は続く歴史の中で最も大切なものなのだぞ?」
「承知の上です。何とか譲っていただけませんでしょうか?」
尊大な物言いをするバカ殿の態度に何とかこらえながらも下手に出るレイ。
「ふん、余所者に譲れるような代物ではないのだが……。どうしてもと言うのであれば代わりの物を用意しろ」
「代わりの物……ですか?」
「そうだ。何か珍しい――おぉ、それでもいいぞ?」
「ぎゃう?」
バカ殿が代わりに指名したものはレイの近くに浮いていたじゃしんであった。
きょろきょろと首を振り、『俺!?』と言わんばかりに驚いた顔をしているじゃしんに目を付けるとにやにやと笑いながら言葉を続ける。
「その珍妙な生き物と交換しようではないか。ついでにココノッツも――」
「結構です」
そこで、我慢の限界が訪れる。ピシャリと酷く冷たい声音でレイは言葉を遮る。
「出過ぎた物言いをしてしまい申し訳ありません。忘れてください」
「むぅ?まぁ我は寛大だから構わんが……」
レイが身を引いて黙ると、バカ殿は興味を失ったのかココノッツに話しかけ始め、レイはその背後でぼそりと呟く。
「ココノッツさん。ごめんなさい」
「あぁ~……しゃあないかぁ……」
その呟きを拾ったココノッツは諦めた様にため息を零す。
レイが開いたフレンド欄には『魔王』からOKの答えが返ってきていた。
NPC【ダイフク】
暁城城下町のとある屋敷に住む優しそうな顔をした恰幅の良い男性。
その正体は暁城現当主の弟であり、統治の補佐的な役割を担っている。
ユニーククエスト【闇夜の襲撃事件】によって知り合うことができ、そのクエストを完全クリアすることで自由に暁城に出入りが可能となる。




