4-33 復讐の終着点
「余裕かましやがって……ッ!」
以前とは全く異なる圧倒的強者の風格を漂わせるレイを前に、今まで出会った事のない圧を感じ、怖気ずくカイエン。それでもそれを認めまいと必死の形相で声を張り上げながら突進する。
「スペックだけならこっちの方が上なんだ!」
「そうだね。でもそれ以外が全部ダメ」
振りまわされるトンファーに対してレイは先程と同じようにナイフを添える。その瞬間にとあるスキルを発動することで攻撃をさばく。
「なんでだ?何で強化が発動しねぇ……!?」
「あぁ、当たってないからだよ」
一向に手ごたえがない事にカイエンが驚愕の面持ちを浮かべると、至極当然といった具合に答えを返すレイ。
「汎用スキルの【いなし】って知ってる?便利だよね」
【いなし】とはBPを消費することで入手できるスキルの一つである。その効果はタイミングを合わせることで相手の攻撃を受け流すという非常にシンプルなものだった。
盾系の武器に付随される【パリィ】とは性能が良く似ており、スキル成功時に相手を怯ませるという最大のメリットが消されているため下位互換とも噂される【いなし】。だが武器を選ばないことや触れなくてもいいという効果がこの場において最適解となっていた。
「パリィ系は自信ないんだけど、意外と簡単かも。君の動きが分かりやすいお陰かな?」
「黙れ!」
煽るようなレイの言葉に応えるようにカイエンの慟哭が響く。
「くそっくそっ!」
ひたすらに攻撃を繰り返し、そのすべてをいなされるカイエン。その合間にもカウンターのようにアイアンナイフで切りつけられており、HPはがりがりと削られていく。
「ほらほら、そんなんじゃ全く届かないよ?これじゃあ勝てるのいつになるかなぁ」
「テメェが言えたことかよ!全然痛くねぇんだ――」
何とか一矢報いようと、ニヤリと笑って放った言葉にカイエンは違和感を覚える。
何か不気味な感覚に陥り、一度距離を取って考えた彼は一つの仮説に辿り着く。
「お前まさかその武器わざと威力落としてんのか……!?」
「お、気が付いた?そうだよ。だってこっちの方が長く楽しめるじゃん?」
震える声でされた指摘に、レイはいたずらっぽくウインクをしながら返す。あまりにも舐め切ったその態度にカイエンは絶句し、そして変な声が漏れ出る。
「くっ、くくく、あーはっはっは!」
それは笑いだった。心の底から可笑しいとでもいうように笑ったカイエンは一頻り笑いきると、ギロリとレイを睨みつける。
「許さねぇ……テメェだけは絶対に殺してやる!こい!」
カイエンの呼び声と共に地面に魔法陣が浮かび上がる。ガキンと金属がこすれるような音を響かせつつ、やがて地面から鉄の人形――【アイアンナイト】が一体現れる。
「へぇ、【召喚士】だったんだ。それで、どうすんの?」
「こうすんのさっ!」
レイの質問にカイエンは行動で返す。棒立ち状態の【アイアンナイト】に対して【金剛棍】をただひたすらに打ち付ける。バチバチと稲妻を迸らせ、その威力と速度はどんどんと増していく。
そしてとどめと言わんばかりに全力で振り下ろされた一撃は【アイアンナイト】を鉄の塊に変え、カイエンの手には雷を纏った【金剛棍】が握られていた。
「これで100%だぁ……!良かったのかぁ棒立ちしててよぉ?」
「わぁ、これはやばいなー(棒)」
勝利を確信したのか、勝ち誇った顔で言葉を放つカイエンにレイは酷く棒読みな声で反応する。その態度に顔を歪めながらカイエンは叫んだ。
「……最後までイラつかせやがって。テメェはこれで負けるんだっ!大人しく死んどけ!」
ドンッ!という爆発したような音と共にカイエンの姿が消える。決して目で追えるはずのない、音すら超えた速さでたちまち距離を詰め、レイにぶつかり――そしていなされる。
「ぐっが――!?……は?」
レイとすれ違ったカイエンは行き場を失ったエネルギーを止めることが出来ないまま壁に衝突し、遅れてやってきた衝撃に頭が真っ白になる。
「今、何が……?俺はテメェに……?」
「何って、君の攻撃をいなしただけだけど?」
自問自答するように呟かれた言葉にレイが介入し、そこで徐々に意識を取り戻し始める。
「ありえねぇだろ……?前回は見えてすらなかったじゃねぇか!?」
「そりゃ2回目だし対策してるし。それにスキルもあるしね」
カイエンの叫びに涼しい顔を浮かべるレイ。
「速いってのは確かに最強だと私も思うよ。でもそれを実行するのは生半可じゃ無理なんだよ」
「……何が言いたい?」
「君はさ、光の速さを体験したことある?」
「は?」
突如発せられた謎の問いかけにカイエンは呆けた顔をする。それに構うことなくレイは言葉を続けた。
「これは実体験なんだけど。人間ってさ、一定の速さを超えるともう脳が追いつかないんだよ。たとえ身体がついて来たとしても、出来る行動は限られてくるんだよね」
何かを懐かしむような表情をするレイに対し、カイエンは未だに何が言いたいのか分からずに黙り込む。
「だから動き自体はどうしても単調になるし予測も簡単、後はタイミングを合わせてスキルを置くだけでいい。やばい人には通用しないんだけど、やっぱり君には無理だったね」
自身のスキルを、思考を、あるいはその全てを。
それらを賭したとして、なお自分の上を行く存在を前にカイエンは恐怖し初めて絶望する。
「……だ」
「ん?」
「嫌だ嫌だ嫌だ!こんなの認められるかよ!」
やがて癇癪を起こしたように喚きだしたカイエンは再び立ち上がり【金剛棍】を握りしめる。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「ふーん」
その衝動の赴くまま再びレイに肉薄するもまるで虫を払うかのようにいなされ続け、やがてそのHPは風前の灯と化す。
「はぁ……はぁ……」
「もう疲れた?」
座り込んだカイエンに向けてレイがゆっくりと近づく。
「許さねえ……テメェはいつか絶対に殺す!」
「へぇ……」
憔悴しきった顔で、それでもなお虚勢を張る男を前にレイは唇の端を上げる。そしてウィンドウを操作しとあるアイテムを取り出す。
「顔は覚えたからな!地獄の底まで追ってやる!たとえここで負けたって――」
「? 何勝手に終わろうとしてるの?」
あとは止めをさされて終わり。そう思っていたカイエンの耳に不思議がるレイの言葉。次の瞬間、投げつけられたアイテムによってカイエンは目を見開く。
「は?ポー、ション……?どうして……?」
「ほら、早く立って。第2ラウンドだよ!」
心底楽しそうに、心底嬉しそうに。カイエンに向けて目の前の悪魔はそう提案する。
「大丈夫、時間も回復アイテムもまだまだあるからさ、たっぷり遊んであげるよ。君が満足するまで、ね」
「あ、あ、あ……」
その言葉で全てを察したカイエンは顔を歪めながら呻く。助けを求めるように取り巻きの二人に視線を向けるも、目を合わせようとすらしなかった。
「よそ見してないで早く立ってよ。ねぇ」
「う、うぅ……」
回復するHPと反比例するようにがりがりと削れていく精神。まだまだ続く地獄を前にカイエンは言葉を発することが出来ない。
「君から始めたんだよ。とことん付き合ってあげるからさ。……だからさっさと立て」
「うわぁぁぁぁぁぁ!!!!」
かつて恐れられていた者の悲鳴が木霊する。
1時間が経過した頃にはプライドなんてものは粉々に砕け散り、死んだ目をしながらゲームを抜けていく青年の姿がそこにはあった。
[TOPIC]
SKILL【いなし】
逆らわない事。それが基本で極意。
CT:5sec
効果①:敵の攻撃を無効化(猶予時間:5F)




