4-32 リベンジは同じ場面で
「ふぁふぁ、ふぉうひふぁふぉほ?」
「……あ?」
「ふぁへふぁへ?ふぁふぁっふぁふぉふぉひふぁほ?」
「何言ってるか分かんねぇよ!食うのやめろや!」
「――んぐっ。あぁ、ごめんごめん。意外とこの噛みごたえが癖になっちゃててさ~」
ごくりと口に含んだ【時限草】を飲み込んだうえでふざけた態度をとるレイ。その姿にカイエンの眉はさらに吊り上がる。
「そうそう、調子はどうってのが聞きたかったんだよね」
「はっ、お陰様でこれ以上ないくらい最悪だよ」
「それは良かった。準備した甲斐があったってもんだよ」
絞り出された皮肉に対して、同じように皮肉で返されたカイエンは大きく舌打ちをし、ぎろりとレイを睨みつけた。
「それで?テメェは勝ち誇るためにここまで来たってわけだ」
「あぁ、違う違う。ここに来たのは全てを終わらせるためだよ」
「はぁ?」
その言葉にカイエンは眉を顰める。それに対してレイはとあるアイテムを取り出すと、カイエンに向かって投げつけた。
「もう一回タイマンしよう。ほらそれ付けて」
「……なんだ、こりゃ」
「【決闘の腕輪】。これを付ければ決着つくまで逃げられないし、思う存分タイマンできるんだって」
満面の笑みでそう話すレイをカイエンは鼻で笑う。
「馬鹿かお前?受けるメリットがねぇよ」
「あっそう。じゃあこれ配信ついてるからさ、ちゃんと宣言してくれない?『私は強そうな相手には腰が引けちゃう雑魚なんです~』って」
「なっ!バカにしてんのか!?」
レイはつんつんとピンク色の球体を触りながら、心底馬鹿にした口調で言葉を返す。その最大級の煽りにカイエンは顔を真っ赤に染めると、可笑しそうにくすくすと笑い始めた。
「まぁまぁ、そう言うとは思ってたよ。だからもし勝てたら賞品を用意したんだよね」
「賞品、だと?」
ニコニコと不気味なほど笑顔を浮かべているレイをカイエンは不審に思いつつも、片眉を上げて問いかける。
「そそ。お互いのクランの管理権を賭けない?」
そしてカイエンは今日一番の疑問に襲われた。その言葉の意味は分からなくもないが、納得することはできない。なぜならば。
「クランの管理……?テメェ、ソロだろ?」
「うん。よく知ってるね」
ごく当然の、もはや常識とも呼べる情報。それをカイエンが口にすると、レイは大きく頷いて答える。
「だからね、作っちゃいました!」
「は?」
その宣言にカイエンは呆けた顔を浮かべる。それにレイがしてやったりとした顔をしていると、軍服プレイヤーの間を掻き分けて様々な服装をしたプレイヤーが前に出てきた。
「なんと優秀な視聴者さん達が一晩で作ってくれたんだよね。どう?凄いでしょ?」
現れたプレイヤーの数は30名近く。嘘を吐くためだけに集まったものとは到底思えず、かといって手放しに信じることもできずに、カイエンは言葉を失う。
「やっぱり私といえばじゃしんだからさ、それにあやかった名前にしました。その名も【じゃしん教】!いやぁ、我ながら良いネーミングセンスだなぁ」
「いや、消去法でしたけど」
「え?」
ぼそりと隣に立っていたスラミンが呟いた一言にレイは顔を向けると、目が合う前にさっと逸らされる。他の人を窺うように辺りを見渡しても同じ反応をされたため、少したじろぎながらも気を取り直すように咳払いした。
「こ、こほん。とにかくそっちが勝ったら最初の要求全部飲むよ。しかもうちのメンバー30人全員、貴方の奴隷になってあげる。悪くないでしょ?」
「……俺が負けたらどうなる」
「もちろん【DA・RU・MA】は解体。といってもただ解散するだけじゃなくて、君以外のメンバーにはこの人の元で再編成してもらいます!どうぞ!」
「やぁやぁ、スペシャルゲストの登場だよ」
「んなぁ!?」
ぱちぱちぱちとレイの拍手と共に登場したのは赤と黒を基調とした、西洋の魔女のような服を着た黒髪の女性。突然の『魔王』の襲来にカイエンは今日何度目かの混乱に陥り、パクパクと口を開閉させた。
「セ、セブン!?何でこんな所にっ!?」
「いやぁ、丁度使いやすい駒が欲しかった所なんだよね!あ、ちゃんと【セブンの愉快な奴隷達】っていう名前も考えてるから、安心して負けてくれていいよ!」
「いやぁ、あのセブンさんと同じクランなんてある意味ご褒美かも!いいなぁ!――それで、どうする?」
好き勝手言いたい放題な二人に対してカイエンは考え込むように俯く。ただし拒否したところで敵に回すにはあまりにも強大であり、実質拒否権が存在しないことを悟る。
「……いいぜ、やってやるよ」
「ほ、本気ですか!?辞めといたほうがいいですって!」
「そうですよ!今回は一回ログアウトして、ほとぼりが冷めた頃にもう一回――」
「うるせぇ!ここまで舐められて引けるかよ!それに勝てばいいんだ勝てば!」
やがて覚悟を決め、呻くように発せられた言葉を取り巻きの二人は必死で説得する。だが、肥大化しすぎたプライドが邪魔をしたカイエンに届くことはなく、無視する形で一歩前に進むと【決闘の腕輪】を装着した。
「おっけ。じゃあ成立ってことで。皆は手を出さないでね」
それを見届けたレイも同じように【決闘の腕輪】をはめ、一歩前に出る。そしてアイテム欄を開くとアイアンナイフを取り出して装備した。
「何だその武器は?」
「ん?あぁそんな警戒しないでいいよ。これ町で買った一番安い武器だから」
その姿に訝し気に目を細めるカイエンに、レイはひらひらとナイフを振ってアピールする。
「疑っても意味ないよ?ほら、私ステータスの関係上強い武器装備できないし」
「……じゃあ舐めてるって事か」
「まさか、いつだって私は本気。それに誰かと違って嘘をつくことはないからさ」
「――ッ。後で吠え面かくんじゃねぇぞ!」
ニコニコと笑顔を絶やさないレイに痺れを切らしたのか両手に【金綱棍】を握りしめると一直線に走り出す。
そうして振り下ろされた右手に対し、レイはそっとナイフを這わせると、滑らせるように力を受け流した。
「なっ!」
そのすれ違い様、レイは足をかけて転ばせる。隙だらけの状態に、まずいと判断したカイエンは慌てて地面を転がり距離を取る――も、何故か追撃が来る様子はない。
すぐさま地面から起き上がりつつ、顔を上げたカイエンの目に映ったのはその場から微動だにしていないレイの姿。変わらずニコニコと笑っている姿に、強い違和感と嫌悪感を感じる。
「テメェ、何を考えて――」
そこでカイエンは気付いてしまった。笑顔の奥に隠された本当の意味に。
「ほら、まだ始まったばかりだから。時間はたっぷりあるよ?」
黒く深い、それでいて煮えたぎるような怒りを込めた瞳がカイエンをじっと見つめる。その口は薄く微笑み、仄暗い愉悦を噛み締めているようであった。
[TOPIC]
WEAPON【アイアンナイフ】
何の変哲もないただのナイフ。ないよりかはマシだが、命を預けるには心許ない。
要求値:-
変化値:<腕力>+10 <敏捷>+ 30
効果①:-




