1-8 最後の一撃は、はかない
「あーもう!また同じやられ方したー!何で学ばないんだ私は!」
挑戦すること十数回、レイは再びいつもの宿屋に戻って来ると、なかなか勝てない自分に喝を入れていた。
「震脚は何とか避けられるようになったけどあの蛇みたいに軌道が変わる蹴りクソすぎる!チートでしょチート!」
「ぎゃ、ぎゃう……」
隣ではうって変わって『もうやめた方がいいよ』とでも言いたげな目をしたじゃしんが、若干引いた様子でオロオロしていた。
「しかもアイツ、なんか出会うたびに『またお前か』みたいな呆れ顔するし!しまいには倒す瞬間に鼻で笑って来やがるし!あーむかつく!」
ただ、【ビッグフット】に対する憎しの思いが限界を超えた今の彼女に言ったところで聞き入れることはないだろう。
やがて言いたいことは言い切ったのかはぁはぁと肩で息をしていたレイは、次第に落ち着きを取り戻していく。
「……ふぅ、スッキリした。ま、アイツの行動パターンはほぼほぼ読めたし、作戦も決まったし。次こそ勝ちにいこうかな」
そう独り言を呟いたレイは先ほどとは異なり爽やかな表情を浮かべると、次の戦いを夢想してニヤリと笑うのだった。
◇◆◇◆◇◆
「じゃ、アイツの呼び出しは任せた。それが終わったらあそこで待機してて」
「ぎゃう!」
レイの言葉に敬礼したじゃしんは適当な【ステップラビット】を見つけると、勇猛果敢に襲い掛かっていく。
それを見届けたレイは目を閉じて瞑想を開始する。
(第1形態は何の問題もない。腕の振りに合わせて丁寧にカウンターをしていくだけ。問題は第2形態、基本的にコンビネーションは右、左、右に避ければ当たることはないけど、あの曲がる奴は逆の動きをしてくるから厄介なんだよね……。あとはあの震脚。初見じゃなければ意外と動作は分かりやすいからそれに合わせて飛ぶだけでいい。あとはあの攻撃が来るのを誘発できれば――)
「ぎゃう!ぎゃう!」
今後の立ち回りを整理していたレイにじゃしんが慌てた様子で飛んでくる。
目を開けるとその奥には悠然と佇む【ビッグフット】の姿があった。
「来たか……意外と早かったね」
その姿を確認したレイは屈伸、伸脚など一通りストレッチを済ませるととあるものを口にし、【ビッグフット】に対して人差し指をクイッと曲げて挑発をした。
「ガァァァアアア!!!」
それに触発されたのか、【ビッグフット】も戦闘態勢をとる。
今まさに、決戦の火ぶたが切られようとしていた。
◇◆◇◆◇◆
トーン、トーン、トーン
(ま、ここまではなんてことはないな。こっからこっから)
難なく第1形態を終えたレイは第2形態に移行していくビッグフットを前に気を引き締め直す。
「ッ!」
(それは読めてるっての!)
開幕は前回と同様、目にもとまらぬ速さで近づいて蹴りを放つ【ビッグフット】。
それに対してレイも前回と同様にのけぞることで対処する。
(右、左、右……左足引いた!3、2、1、今!)
シミュレーション通りに蹴りの連撃を避け、震脚の予備動作に対してタイミングよくジャンプすることで【ビッグフット】の動きに完璧に対応する。
当然その間にカウンターとして杖で攻撃を入れるのも忘れない。そうして着実に体力を削っていく。
(右、ひだ――違う!これ蛇のやつだから逆!)
途中ひやりとする部分がありながらも、一撃ももらうことなくHPゲージを3割まで減らすことに成功し、それに合わせて【ビッグフット】の様子が変わる。
(来た!発狂モード!)
目が濃い赤色となり背後にも赤黒いオーラを漂わせた【ビッグフット】は、先ほどよりも明らかに速度が上がっていた。
そんな【ビッグフット】が最初に繰り出した技は小手先調べの足払い。
当然読めていたレイはその攻撃を躱す――ことなく敢えて受ける。
「ぐっ!?」
足払いを受けたレイはうめき声をあげながら尻もちをつく。それを見た【ビッグフット】は一瞬きょとんとした後、酷く興ざめしたような表情をした。
(その顔やっぱむかつくなぁ……!)
【ビッグフット】の発狂モードは相手の力を認めたが故の最終形態である。
ここまで対等に戦ってきた相手に敬意を表したうえで見せる全力の姿であり、ゆえに足払い程度で決着してしまうことに落胆してしまったのだ。
それはAIに搭載された人間らしい感情であり、唯一動きの止まる行動でもあった。
冷めた目で自身を見下ろしている瞳に不敵な笑みを浮かべるレイ。それと同時に口の中にあったものを飲み込む。
『3』カチッ
レイは【ビッグフット】に向けて語りかける。
「あ~あ、本当は1対1で勝ちたかったんだけどなぁ」
『2』カチッ
【ビッグフット】はその言葉に不思議そうに首を傾げた。
「流石にこのレベル差じゃあしょうがないよね」
『1』カチッ
「ま、あの世で布教しといてよ。じゃしんは強かったって」
「ぎゃう!」
「グァ!?」
べぇとレイが舌を出した瞬間に空中から飛来したじゃしんが【ビッグフット】の後頭部に張り付く。
それに気付いた【ビッグフット】は急いで振りほどこうとするが――。
『0』カチッ
ドカンッ!!!とじゃしんが容赦なく爆ぜた。
頭部に爆発を直接くらった【ビッグフット】は仰向けに倒れこむ。
HPが減少した状態で致命的な一撃を受けたためか、既に虫の息であり、体はだらんと弛緩していた。
「よーやく、立場が逆転したね」
「…」
立ち上がったレイは【ビッグフット】に近寄って声をかける。だがそれに答えが返ってくる様子はない。
「ま、ここまで戦ったライバルだしね。今楽にしてあげる」
息も絶え絶えな【ビッグフット】の様子が見てられなくなったレイは持っていた杖で軽く体をたたく。
本来であれば【スライム】すら殺せないような優しい一撃で、【ビッグフット】はポリゴンとなり空へと消えていった。
「バイバイ、君は強かったよ。今度は1対1でやろうね」
[ITEM【欠けた満月の首飾り】を入手しました]
[WEAPON【撃鉄:因幡】を入手いたしました]
[デスペナルティ中のため経験値は取得できません]
「あ、忘れてた」
戦闘終了のアナウンスを聞き、ようやくデスペナルティのことを思い出したレイはもったいないことをしたなと少し後悔する。
「まぁ、楽しかったからいいや」
ただそう言ってん~と背伸びをしながら体をほぐす。その間に配信設定をいじると、再びコメント欄が見えるように変更した。
・おめでとう!!!
・88888888
・すげぇぇぇ!!!
・レイちゃん化け物か?
・最後エモすぎぃ…
そこにはとんでもない量の拍手コメントと賛辞のコメントが書き込まれていた。それを見たレイは少し照れくさくなったのか頬をかく。
「あはは、上手くいってよかったよ。疲れたし今日はここまでにしようかな。見てくれた人ありがとね~」
・乙~
・乙
・ノシ
こうしてレイは配信画面を閉じる。彼女の中に心地よい達成感と疲労感を感じながら街へと戻っていった。
[TOPIC]
WORD【発狂モード】
ボスモンスター(★5及びユニーク)にのみ搭載された最終強化モード。
その赤黒いオーラを纏う事から、とあるユーザーがそう呼び始め、やがて全ユーザーの共通認識となった。
基本的HPが2~3割ほどで発動するが、中には特殊な条件下で発動するモンスターも存在する。




