4-28 作戦会議=事前準備
バチッ……バチッ……
そこは無人のスタジアム。廃墟のようにボロボロとなったドーム状の施設には観客はおろか人の子一人見えない。
バチッ……バチッ……
一見閑散とした何の変哲もない忘れ去られた場所。だがそこは世界を置き去りにした子供たちの遊び場であった。
バチッ……バチッ……
耳を澄ますと静電気のような炸裂音が聞こえてくる。それと同時に目を凝らせば2色の閃光がサーキットを周回するようにぐるぐると高速で迸っていた。
赤と青、それぞれの色が交差しながら複雑に絡み合い、重なったタイミングで一際大きく光り輝く。それはまるで戦っているようで、それでいて踊っているようにも見えた。
『残り100周です』
その時、巨大なモニターに100の文字が現れ、ラストスパートのアナウンスが流れる。
それに伴って光達は速度を増していく。音すらも置き去りにした世界で激しくぶつかり合い、バチバチと火花を出しながらもぐるぐると回り続け、100あったカウントは急速に数を減らしていく。
『レースは終了いたしました。勝者は――』
そして遂にカウントがゼロとなり、甲高いアナウンスと共にゲームの終了を告げた――。
◇◆◇◆◇◆
「おう、お疲れ」
「あ、士にぃ。やっほー」
ボロボロのロッカールームのような小部屋で2人のキャラクターが向き合う。それは棒人間を少し肉付けしただけの最低限人の形をしたアバターであった。
「見てたぞ。余裕勝ちだったな」
「まぁね。でも相手さん結構ブランクあったっぽい」
「そりゃ玲もだろ。びっくりしたわこんな虚無ゲーで会おうなんて」
緑色のアバターが肩をすくめる動作をすると、赤色のアバターが困ったように頭をかく。
「ほら、偶には何も考えずに出来るゲームがやりたくてさ。それに人が少ない方が都合よかったし」
「なるほどねぇ。まぁ確かにこのゲーム謎の中毒性があるもんな」
玲の言葉に納得したように士は頷く。彼女の配信を見て色々あったことを察している彼にとって、このゲーム――『electro children』は息抜きには丁度いいと感じたからだった。
『electro children』は、VRという物が世の中に出始めた頃に登場した所謂レースゲームである。現在の主流であるヘッドセットのみを使用し脳波で全てを操作するタイプのVRとは異なり、あくまで視覚のみVRに頼り、その他の操作は専用コントローラーで行う仕様のゲームだった。
その一番の特徴はやはり『速度』であろうか。とある有名大学の、これまた名の知れた教授が完全監修した本作は『光の速さを疑似体験できる』という触れ込みでリリースされ、瞬く間に話題となった。
発売当初にはそれは多くのプレイヤーがこぞってこのゲームをプレイしたものの――思ったよりもプレイヤーが伸びず、1年も経つ頃には今と変わらない過疎ゲーとなってしまっていた。
理由は単純、『速すぎるから』である。
光速を疑似体験と豪語している通り、瞬きした瞬間には視点がワープする世界でまともに操縦できる猛者など存在するはずもなく、基本的にオート操作に頼り切りとなる本作は多少の微調整のみ行うだけのスキルの差が出にくいゲームとなってしまっている。そのせいで爽快感はあれどゲーム性としては皆無と言って良い出来になっていた。
またとにかく絵面が地味なのも問題であった。売りである筈の速度のせいで、周りから見ていても『なんか光が動いてる』としか映らず、特にBGMも存在しないため、これ以上ないくらい地味な仕上がりとなってしまっており。
とどめと言わんばかりにプレイ後にゲーム酔いを訴える人が多発し、一時期には返金騒動まで至ってしまったことが原因で、それを乗り越えた一部のコアな戦士のみを残し、『人類には早すぎたゲーム』としてその歴史に不名誉な名を刻む事となってしまった。
「でもだいぶ動き鈍ってんな。あそこのタックルは避けれただろ?」
「そうなんだよね、最近ぬるま湯につかってたからかなぁ。もう一回『Tokyo』にも行っとかないと……」
素人には分からない先ほどのレースの感想を述べる士に対し、玲は腕を組んで唸る。ただそんな事よりも、と思い出したかのように話題を変えた。
「そうだ、どう?首尾は」
「おう、お前が言ってた通りギークさんには連絡とっといたぞ。協力してくれるってさ」
「おっけー。正直どっちでもいいんだけど声かけないと面倒そうだし、まぁ助けてくれる分には問題ないでしょ。もう一個のやつは?」
「そっちの方も問題なし。今はスラミンさんに全部任せてある」
「了解了解。ありがとね」
返された答えに満足げにこくこくと頷く玲。そこに士から疑問の声が飛ぶ。
「でもあそこまでする必要あったのか?わざわざ俺の配信経由して告知するなんてさ」
今回様々な人に連絡を取るにあたり、玲は士の配信チャンネルを利用していた。
予め話を通したうえで、SNSにて彼のチャンネルに視聴者を誘導、そこからさらに別の人物のチャンネルにて作戦の概要を伝えるという、周到でありながらかなり回りくどい方法を取ったことに、士は呆れた目を向ける。
「やるなら徹底的にね。逃げられても面倒だし、こういう時はなるべく露出減らすべきじゃない?」
「そうか?まぁ俺は俺で登録者凄い増えたから大歓迎なんだけど。で実行日はいつよ?」
「明後日、かな。人の集まりも多そうだし、こっちがSNSで復帰するって言えば向こうも勝手に釣られてくれるでしょ」
「明後日ね。オッケー伝えとくわ」
伝言役として言葉を受け取った士は役目を終えたと言わんばかりに踵を返す。
「じゃ、そういう事で。俺はそろそろ配信を――」
「いやいや、士にぃ?ちょっと待ってよ」
その肩をがしりと玲が掴む。アバターに指がないため、正確には掴んでいるわけではないはずなのだが、その圧倒的な拘束力の前に士は動くことが出来ない。
「折角このエレチル起動したんだからさ、久々にあれやろうよ」
「え゛」
続けられた言葉に士は思わず蛙が潰れたような濁った声を出す。対する玲のアバターは口や目がないはずなのに、どこかニヤリと不敵な笑みを浮かべているように感じられた。
「1万周、耐久100本勝負。さっき私に鈍ってるって言ったんだから士にぃはもちろん余裕だよね?」
「ま、マジかぁ……」
有無を言わさない一言に士のアバターががっくりと肩を落とす。残念ながら、彼に拒否権はなく、また惨敗を喫するのも避けられない運命のようであった。
[TOPIC]
GAME【electro children】
VRゲームがまだ発展途上だった頃に発売された新感覚レースゲーム。
とある有名大学の名の知れた教授が監修された物理エンジンは光速を疑似的に体験できるという触れ込みで話題を呼んだが、蓋を開けてみるとその実態はゲームと言うよりかはシミュレーションであり、『思っていたのと違う』という評価が大多数であった。
アシストモード必須(マニュアルだと曲がることが不可能なため)のせいか、何もしなくてもゴールできてしまう仕様が『虚無』を生んでしまっているとも言われており、「スタート時点で勝敗が決まってる」とまで馬鹿にされていたが、自称プロを名乗るプレイヤーがとある動画を公開し、レースゲームらしい他者への妨害方法を確立。そのお陰で一応ゲームとしての体裁は保つことに成功した。




