4-27 強力な後押し
「……」
「……」
「……」
夕食後、家族団欒の穏やかなはずの時間は重たい空気に包まれていた。その原因は一目瞭然で、ソファに座って仏頂面をしている少女が如何にも怒っていますよと言う雰囲気を作っているからであった。
「えっと、玲?どうしたんだい?」
かちゃかちゃと食器が擦れる音だけが響く部屋で、遂に耐えきれなくなった父――慎一が声をかける。
「……別に」
「別にかぁ。そっかぁ」
一言、にべもなく返されるだけであえなく撃沈する可哀そうな父親。異性の子供であるためか、また本来の性分である優しい性格が災いしたのか。もしかしたらその両方かもしれないが、困った状況になってしまったのは変わりない慎一は助けを求めるようにキッチンにいる妻――瞳に顔を向ける。
「……」
「あぁ……そ、そうだ!前買った『ToY』、だっけ?楽しんでる――」
「『ToY』……」
しかし残念ながら救いの手は伸びて来ず、悩んだ末に出されたその単語にレイはさらに落ち込んだ様子を見せる。何故かは分からないが、明らかに地雷を踏んだ様子に慎一はあわあわと取り乱し、再度助けを求めるように瞳の方にきょろきょろと目を向けた。
「はぁ……」
その小動物のような眼に瞳はため息を零すと、洗い物を終えて慎一の対面のテーブル席に座る。そのまま慎一が飲んでいたグラスをグイッと一気に煽りレイと向き合った。
「で?何があったのよ」
「……別に」
「はいはい、そういうの良いから。早く話しなさい」
有無を言わさないその口調にレイは押し黙る。だが暫くして、観念したようにぽつぽつと話し始めた。
「……なんか私ばっかり嫌な思いするんだよ。そりゃちょっとは恵まれてるのかもしれないけどさ、何で私ばっかり」
一度溢れ出た言葉はもはや彼女の胸の内にはなく、堰き止められずに流れ出ていく。それに対し、両親は静かに耳を傾けている。
「私は楽しくゲームがしたいだけなのに。折角、楽しくなってきたところだったのに。なんでみんな私の邪魔するの……?」
「玲……」
膝を抱えて顔をうずめたレイを慎一は同情を込めた目で見つめる。一方で、瞳はグラスを振りながら目を瞑って何かを考えているようだった。
「玲、そんな辛いなら辞めたらどうだい?ゲームなんてたくさんあるんだ。それこそ一人用のゲームだって――」
「ダメよ」
甘い甘い、誘惑のような言葉。そうするのが一番良いと玲自身も思ってる選択肢を前に、否定したのは他ならぬ瞳であった。
「玲、まさかあんた逃げるつもり?」
「逃げるって……そんな言い方……っ」
「あってるでしょ。イジメられたので嫌になって逃げます。こういうことじゃないの?」
あまりにも酷い言葉にレイは顔を上げて絶句する。
「なんで、そんなこと言うの?」
「そんな風に育てた覚えはないからよ。負けっぱなしで終わるのを良しとするなんて、私は許しません。しっかりやり返してきなさい」
いとも簡単そうに提案する瞳に、レイはむっとした表情を浮かべる。
「……そんな簡単じゃないもん。相手は一人じゃないし」
「じゃああんたも仲間を呼べば?まさかゲームでもボッチとか言わないわよね?」
「ち、違うし!」
じろりと半眼で睨まれたレイは思わぬカウンターに慌てて両手を振って否定する。その様子を疑った眼差しで見ていた瞳は一つ息を吐くとキッチンに向かって歩き出した。
「じゃあその子に頼るなり、何か別の方法を考えるのね。あなたに正義があると思ってるなら、好き勝手やりたい放題やったらいいわ」
「いやあの、やり過ぎは良くない、と思うよ……?」
新しく取り出したグラスと慎一が使っていたグラスに冷凍室から取り出した氷を入れ、その中にボトルに入ったお酒を注いでいく瞳。投げやりな暴君とも取れる発言に慎一がやんわりと窘める中、グラスを二つ持ってテーブルに再度座り直す。
「あんたゲームが大好きなんでしょ?良いんだ、負けっぱなしで終わって」
「……良くなんかない」
「こんな所でうじうじしてるのに?そんなもんだったんでしょ、アンタのゲーム好きって」
「違う!」
瞳の言葉に玲は立ち上がって声を張り上げる。先ほどまでの落ち込んだ様子はなく、怒りを闘志に変え決意の籠った表情に、瞳はニヤリと笑う。
「……その顔なら大丈夫そうね。良い、妥協しちゃだめよ。そういう輩は二度と同じことが出来ないように骨の髄まで粉々にしなさい。やりすぎな位じゃ足りないわ、徹底的にやりない」
「うん!」
「瞳さん、学生時代が出ちゃってるよ?玲もうん、じゃなくてほどほどにね?」
殺伐とした会話を笑顔でする女性陣を引きつった笑みでたしなめる慎一は改めてレイに向き直る。
「もし本当に困ったら言いなさい。その時は僕とお母さんが何とかしてあげるから」
「……分かった!ありがとう!」
その言葉に自信満々で頷く玲。根拠は分からないが、素直に信じられるその言葉に背中を押され、今すぐにでもゲームの世界へ――。
「あ、玲!」
「なに?」
「勉強はしっかりやるように。ゲームだけしてたら怒るからね」
「は、は~い……」
と、思ったタイミングで瞳から釘を刺され、気勢をそがれる玲。それでも駆け足で階段を駆け上がっていき、やがてその音が聞こえなくなったタイミングで慎一は正面にいる瞳に声をかけた。
「ごめんね、嫌な役押し付けて」
「そこは謝罪じゃなくて感謝でしょうが」
「そっか、そうだね。ありがとう、瞳さん」
「ん、どういたしまして」
謝罪を口にした慎一はグラスを傾けてお酒を飲むと、ふと思っていた事を口に出す。
「いやそれにしても意外だったな。瞳さんはこっち側だと思ってたよ」
「こっち側?」
「そう、ゲームなんかやめちゃえばって言うと思ってた。ほら、君ってゲームあんまりしないだろう?」
「まぁ、ね。本当に嫌そうならやめろって言うわよ。ただ――」
慎一の言葉に思う所があったのか、少し考えながらグラスを揺らす瞳。ただ、すぐさま困ったようにはにかんで言葉を続ける。
「――これだけ近くで見てきたんだから流石に分かるわよ。あのゲーム馬鹿は多分死んでも治らないでしょ?」
「……ははっ、違いないね」
その発言に慎一も笑い、グラスを持ち上げる。少女を見守る2人の親はカランとグラスをぶつけて、思い出話に耽るのだった。
[TOPIC]
NAME【深見瞳】
身長:169cm
体重:59kg
好きなもの:麻雀、料理、お酒
こげ茶色のショートヘヤーのモデル体型が特徴。
一児の母ながらその美貌は全く衰えず、むしろ年々若返っているのではとすら思われる。(玲談)
学生時代はかなりやんちゃであり、それなりに名の通った存在だったが、ある日を境にすっぱりと卒業。その裏には男の姿があったとか……。




