4-26 最悪の出来レース
黒い大地に金属がぶつかる音と発砲音が鳴り響く。
「オラオラどうしたよ!」
「うっ……るさい!」
完全にアウェイの中、襲い掛かる連撃を拳銃を使っていなしながらカウンター気味に弾丸を打ち込むレイ。対するカイエンも小柄な体を生かした機敏な動きで縦横無尽に駆け回り、危なげなく弾丸を避けてはそのトンファーを振るう。
「どっちもスピードタイプかぁ。かなり似た者同士だと思わない?」
「ぎゃう!ぎゃう!」
腕の中のじゃしんが嫌そうに身をよじる中、スカルは戦況を愉快そうに観察する。
彼の言う通り、レイ、カイエンともに火力を手数で補うタイプであり、ヒットアンドアウェイを得意とする同系統の戦闘方法であるのは間違いなかった。――だが。
「ははァ!そんなもんかァ!」
「うっざ……!」
その手数はカイエンに軍配が上がっているようだった。それも当然で、そもそものステータスが大きく異なる上、狭い範囲内の戦いの時点でこうなる事は自明の理ともいえるだろう。
「いやぁ、にしてもレイちゃんヤバいね。そんな中で捌いているのが異常だよ」
「ぎゃう?」
そんな状況下で、辛うじてでも対応しているレイを褒めると、じゃしんが『分かってんじゃねぇか』と言わんばかりに胸を張る。その様子をケタケタと笑いながらもスカルは目を細めた。
「でもね、こっからだよ」
「ぎゃう?」
「おらァ!」
意味ありげに口にされた言葉にじゃしんが首を傾ける――その時、戦況が大きく傾いた。
「くっ!?」
乱暴に振り回されるトンファーを前に、自前の反射神経で避けているものの、カイエンの方も本来のスペックが高いせいで中々流れを引き寄せられない。しかもその速度はどんどんと早くなっているようで――。
「もらったァ!」
「なんっ!?」
繰り返される連撃の中で、遂に避けることができないと悟ったレイは最初と同じように拳銃で受け止めようとして――その腕ごと大きく弾かれた。
「喰らいなァ!」
「――なっめんな!」
完全に体勢を崩された絶体絶命の状況。突き出されたトンファーに対し、敢えて地面に背をつけたレイはカイエンの脳天に向けて弾丸を放つ。
ドンドンと放たれた弾丸の一発はその頭を掠めたものの、もう一発はバックステップする事で避けられてしまったが、そのお陰でなんとか仕切り直すことに成功していた。
「あぶな……一体何が……?」
「教えてやろうか?」
突如起こった謎の現象にレイが困惑しながら立ち上がると、カイエンが勝ち誇った顔でレイに話しかける。
「この武器、【金剛棍】って言うんだがよ、右手にある【金剛右近】には自身の腕力と敏捷を、こっちの【金剛左近】には相手の腕力と敏捷を変動させる効果があるんだわ」
「……」
その説明にレイは平静を装うも、その圧倒的な対人性能にレイは内心で舌打ちをする。
「普通なら倍以上のスピードで変化があるはずなんだが……お前自身変わってないのは何でだ?」
「……さぁ?何でだろうね」
「リーダー、その子【自己犠牲】っていうスキルがあってデバフ効かないから。多分それが原因だと思うよ〜」
「チッ!」
今度は口に出た舌打ちにスカルはヒラヒラと手を振る。どうやらレイの情報はあらかじめ入手しているらしく、それをカイエンはニヤリと笑う。
「なるほどな、性格悪い奴だぜっ!」
「お互い様でしょ!」
再び二人の武器が交差する。主導権を握り続けているのはカイエンで、振るえば振るうほど増していく威力と速度にレイは受けに回るものの必死に脳を回す。
「……なるほど、そういうからくりか」
「あぁん?――くっ!」
そしてポツリと呟いた一言。何かに気付いた様子に一瞬固まったカイエンの腹に蹴りを入れると、レイは人差し指を向けた。
「アレでしょ、その能力って攻撃ヒット時に加算ってわけだ」
「……何のことだ?」
「誤魔化さなくていいよ。もう検証は済んでるから。ようは右手からの攻撃さえ避けちゃえば問題無いわけでしょ」
不利な状況は変っていない筈が、余裕げに手足をぶらぶらさせるレイを見てカイエンは不快げに顔を歪ませる。
「……やれるもんならやってみろや!」
その感情の赴くまま、カイエンは走り出す。通常の倍ほどのスピードとなったその動きに対して、宣言通り右からの攻撃は徹底的に躱すレイ。
一方で左のトンファーは無理に対処せず、衝撃を考慮した上で流れに逆らわずいなすように銃で受ける事でカイエンの攻撃を完封していた。
「こんのッ!」
「アドバイスしてあげる。君の動きが分かりやす過ぎるよ」
まるで柳のような掴み所のない動きをするレイに痺れを切らしたのか、カイエンの攻撃は次第に大振りになっていき、それに合わせて出来た隙をレイは的確についていく。
「ぐあっ!?」
「まず一発」
そして遂に、放たれた弾丸がカイエンの脇腹を捉える。ぐらりとよろめいた姿にレイは容赦なく二発三発と攻撃を重ねていく。
「ありゃりゃ、こりゃまずそうかな?」
「ぎゃう~!」
傍観者になっていたスカルは困ったように笑い、じゃしんは嬉しそうに拳を掲げる。
完全に形勢が逆転した二人の攻守は入れ替わっており、放たれる弾丸が着実にダメージを与え、動きを徹底しているレイはカイエンに反撃を許さない。
「テメェ、調子に――」
「のってないよ。だから全力で潰してんだけど」
苦し紛れの言葉にピシャリと返答したレイはカイエンの膝を撃ち抜いて片膝をつかせる。そのまま首を垂れるような状態になったカイエンの頭に銃口を押し当てーー。
「私のか――ッ!?」
トリガーを引く、その前に左側面より飛来した何かが顔に当たる。驚いて顔を逸らしたレイの視界の端にチリチリと残り火が残っているのを捉え、その奥にはニヤニヤと笑う赤い法被の男たちの姿が見えた。
「隙ありィ!」
「ぐぅっ!」
突如行われた横槍に信じられないと言わんばかりに固まったレイに、起き上がったカイエンは恥ずかしげもなく【金剛右近】を振る。
思考が追いつかないレイは避けることも受け止めることもできず、無常にも吹き飛ばされてしまう。辛うじてHPは残ったものの、掠った時点でデスしてしまうほどの僅かなものであり、苦しげに顔を歪ませた。
「危ねぇ、負けるところだったわ」
「……どうして」
「あぁん?」
笑いながら周りに話しかけているカイエンにレイは睨みつけながら問いかける。
「どう考えても第三者の攻撃だった!そんなのズル――」
「おいおい、いつからタイマンだなんて言ったよ?」
慟哭にも似たその叫びに、カイエンはニヤニヤと笑いながら答える。
「俺は勝てりゃいいんだ。勝ちゃなんでもいいんだよ」
「……死ね、クソ野郎」
――そこからは一方的だった。
周りからの妨害が露骨に行われるようになり、当初の作戦が全く機能しなくなると、カイエンはドンドンと強化されていき、やがて手がつけられないレベルに達する。
「まぁよく頑張ったんじゃね?やるなお前」
「……」
痛ぶるように遊び始めたカイエンの言葉にレイは反応しない。もはや睨みつけるだけで抵抗すらしなくなった姿勢につまらなさげにため息を吐くと、【金剛右近】を振り上げる。
「じゃあな、雑魚」
煽りの言葉と共に振り下ろされるトンファー。それを抵抗せずに受け入れ――。
『デスいたしました。ペナルティが付与されます』
そして、最後に宿泊した宿屋で目を覚ます。
奴らに対する怒りや信じてしまった自分の不甲斐なさ、理不尽に打ちひしがれた無力感。さまざまな負の感情がぐつぐつと煮詰まった感情を抑えきれなくなったレイは。
「……」
何も口に出すことはなく。ギリッと強く歯軋りしてログアウトしていった。
[TOPIC]
WEAPON【金剛棍】
鬼の金棒の見た目をしたトンファー。左右でそれぞれ名称が異なり、与える効果も変化する。
要求値:<腕力> 300<技量>500
変化値:<腕力>+100 <敏捷>+ 100
効果①:【金剛右近】ヒット時、自身の腕力と敏捷を上昇(20/1hit)※Max1000
効果②:【金剛左近】ヒット時、相手の腕力と敏捷を減少(20/1hit)※Max1000




