4-12 辿り着いたその先は
時刻は深夜1時を過ぎ、両親すら寝静まった中で、少女は一人パソコンに向き合っていた。
「あった、これかな?」
『TOY』からログアウトした後、30分のクールタイムの間に、『Tellus』にて情報を集めていたレイは一つ興味深い投稿を発見する。
「『なんか烏の集団に襲われたんだけど!アイテムも奪われたし最悪!』――間違いない、多分これだ」
それは3か月ほど前に投稿されているものであり、まさに今回降りかかった災難と非常に酷似していた。何か参考になることはないかと、レイは引き続き他の投稿を読み進める。
「う~ん、【マグマキューブ連鎖】していたわけではないのか……、あとは――」
その情報によると、フィールドに足を踏み入れて30分後には発生したイベントのようだった。発生条件の候補で時間というものは潰れたものの、それ以外の候補を一つ見つける。
「【精霊樹の実ってのを手に入れた!】……。これかな、関係ありそうなの」
ともに添付された画像には【世界樹の実】に酷似したリンゴのような果実が写っていた。
「見た感じ、世界樹に関連したアイテムを持ってるプレイヤーが対象……?ってことはこれもワールドクエスト関係?」
疑問系ながらも半ば確信めいた結論に至ったレイは予めキッチンで作っておいたコーヒーの入ったカップを手に取る。
「まぁいいや、行けば分かるでしょ。私はただ取り返しに行くだけだしね……にがっ」
一人、そう呟きながら父御用達のブラックコーヒーを口に含む。想像以上の味に思わず顔を顰めながらも、その眼は爛々と輝いていた。
◇◆◇◆◇◆
・おか~
・エナドリ決めてきた
・俺も
「お待たせ。私はコーヒー飲んできたよ。これで後10時間は戦えるね」
場所は最初に泊まった宿屋。現実世界とは異なって昼のように太陽が昇っている世界の中で、レイは残っていた視聴者と会話を交わす。
「残ったのは1000人くらいか……みんな暇なの?」
・おい!ライン超えだぞ!
・言ってはならんことを…
・ブーメランなんよ
「あはは、嘘嘘。ありがとね、見てくれて。――よし、じゃあ早速向かおうか」
「ぎゃう!」
軽いオープニングトークを済ませたレイはじゃしんに声を掛けながら立ち上がると、扉を開けて廊下に出る。
「おや?もう出かけるのかい?」
「はい、やらなければいけないことがあるので」
「そうかい?お願いがあったんだけど、それなら仕方ないねぇ」
途中、宿屋の女将が声をかけてきたが、レイが競歩のようなスピードで取り付く島もないのを見ると、諦めるように話を終わらせる。
・女将さん可哀想
・話聞いてあげればいいのに
・なんか話があるっぽくなかった?
「いや、申し訳ないけど今じゃないかな。時間はあるけど無限じゃないし」
そんなおかみさんに同情するようなコメントが上がるものの、レイの優先順位に割り込めるほどの事でもなかった。とにかく、今日中にアイテムを取り返したいレイは宿屋を出ると、一直線でフィールドへと向かう。
時間も時間だからだろうか、プレイヤーの数はいつもよりまばらであり、何事もなくスムーズに『へイースト火山』に辿り着いたレイはそこで走りに切り替える。
「まずはさっき言ったところまで進むよ。んで、そこからがじゃしんの出番。OK?」
「ぎゃう!」
隣を飛行しながらついてくるじゃしんにこの後の段取りを説明しながらも、道中襲い掛かってくるモンスターを上手くいなすレイ。素の敏捷値が勝っている影響か、一度追い抜くと、それ以上同じモンスターが追いかけてくることはなかった。
「到着っと。じゃ、じゃしんよろしく」
「ぎゃう!」
暫くして、先ほど烏の軍勢を見失った箇所に辿り着いた二人。レイに指示を出されたじゃしんは勢いよく返事をすると、黒い羽根を取り出し、虫眼鏡を片目に当てながら、きょろきょろと辺りを見渡し始めた。
・結局なんのアイテムがなくなったの?
・全部?
・装備は?
「アイテムは根こそぎ全部。武器は装備してた奴だけかろうじて無事だったよ」
【じゃしん捜査】の間、視聴者の質問に答え始めたレイは、苦々しい表情でイブルと首飾り、そしてナイフを取り出す。
・あれ?
・あ、そっか。武器変えてたのか
・まさか銃とられた感じか
「正解。これが今の私の手持ち全部だね……私の【Creccent M27】に【時限草】が……」
その手に握られた【アイアンナイフ】を見て、視聴者は何故ここまでレイが慌てているのかを察する。そしてそれを裏付けるかのように、彼女は沸々と吹き出す怒りを言葉にして吐き出した。
「これが何かのイベントであったとしてもさぁ、触れちゃいけない大事な物ってのがあるでしょうが……!理不尽なのは別にもう何も言わないけど、許せるかどうかは別問題だよ……!」
・うわぁ
・だいぶご立腹ですな
・こっわ…
遂にはわなわなと震えだしたレイに、視聴者は戦々恐々と言った様子でコメントを残す。それすらも目に入らないほど怒りに染まったレイは一度吐き出すように、大きく咆哮した。
「決めた。絶対焼き鳥にしてやるあの烏ども!じゃしん!まだ!?」
「ぎゃ、ぎゃう!」
突然話しかけられたじゃしんはビクッと体を浮かせながらも、とある方向を指さす。
「オッケーそっちね!行くよ!」
「ぎゃう!」
進路の決まった二人は再び走り始める。66秒のクールタイムを終える度に、【じゃしん捜査】を行い、角度を微調整しながら突き進み、時に腹いせのように道中に出てくるモンスターを屠る。
そうして可能な限りの最短距離でどんどんとフィールドの奥まで進んでいき、遂にはぼんやりとしか見えなかった火山の麓までやってきていた。
「……まさかこれ登ってくとか言わないよね」
・まっさか、そんな訳…
・いやでも鳥だぞ?
・全然有り得る
果てしない高さを誇る火山を前に、レイは思わず気勢が削がれる。だがしかし、じゃしんが次に指さした方向は上ではなく水平方面であった。
「ぎゃう!」
「ん、どこ?」
先導するじゃしんについていくと、火山の側面に洞穴のような空洞があるのを見つける。どうやら、この場所の事を言っているようだったが、レイは怪訝な表情を浮かべた。
「この先……?間違いない?」
「ぎゃう!」
「あってるんだ。でもここは……」
・ここってあれか
・【枝分かれの溶岩洞】じゃん
・あぁ、聞いたことあるわ
レイが濁した言葉の続きをコメントが紡ぐ。そこはかなりの知名度を誇っており、【攻略不可】とも言われるダンジョンであった。
[TOPIC]
NPC【宿屋の女将 お菊】
宿屋【一息】の4代目女将。
まるで肝っ玉母ちゃんのような、豪快さと心優しさを兼ね備えており、そのサービスはどこか懐かしさを感じると評判。
ある条件を満たすとことでクエスト【町の歴史を紐解いて】を発生させる。




