4-11 やられっ放しじゃ終われない
バザバサと漆黒の羽を威嚇するように揺らしながら群がるカラスは、その赤い眼で睨めつけつつ、3本の足や嘴を使ってじゃしんに襲いかかる。
それに対して何かを庇うように腕を交差して蹲るじゃしんは、ゴロゴロと地面を転がされながらも必死で耐えていた。
「……これいつからこの状態なんだろ?」
・さぁ…
・最後に見たのは6時間前だからなぁ
・そんなことより助けなくていいの?
「あ、そうじゃん!じゃしん今行くよ!」
「ぎゃう~!」
あまりの光景に頭を抱えたくなったレイだったが、視聴者の言葉にハッとすると、今にも限界を迎えそうな悲鳴をあげているじゃしんに向けて駆け出していく。
「うぇっ!?」
・こっわ
・俺鳥嫌いなんだよね…
・ロックオン!
その行動が烏たちを刺激したのか、一斉にレイへと視線が集中する。あまりの不気味さに若干気圧されつつも、弾丸を放つことで何とかカラス達を散らすことに成功した。
「大丈夫、じゃしん?」
「ぎゃうぅ?」
「いや~、あはは……」
『大丈夫に見える?』とでも言いたげな皮肉を込められた視線に、ほったらかしにしていた手前、強く出られないレイ。
いつも通りのんきな会話をしているが二人だったが、残念ながら黒い襲撃者達はそれに付き合う事はなく、容赦なく次の行動へと移る。
ガァ…… ガァ……
ガァ… ガァ… ガァ…
ガァガァガァガァガァガァ!
一匹のカラスから吐き出された鳴き声は、まるで共鳴するかのように次第に重なり、増幅していく。それと比例するように、どこからともなく現れ出たカラス達が群れを成し、やがて一匹の大きな鳥を形どった。
「うっそでしょ……!?」
「ぎゃ、ぎゃう……!?」
・やばそう
・控えめに言ってピンチでは?
・むしろ絶体絶命?
カラス達――いや、もはや一体の黒鳥と化したその群れは、レイとじゃしんに体の向きを合わせると容赦なく進軍する。決して避けることのできない攻撃だと悟ったレイはぎゅっと目を瞑り、じゃしんを腕の中で抱えて下を向いた。
直後、体に感じる強烈な衝撃。バサバサと羽が擦れるような音と、吹き飛びそうになるほどの風がレイに思考すらも覆っていく。流石に死を感じたレイだったが――、いつまでたってもその時は訪れなかった。
「……あれ?」
「ぎゃう?」
やがて音も風も完全に消え去った後、レイが恐る恐る目を開けると、そこには通り過ぎたカラス達が空高く飛び立つ姿があった。
「死んでない……?一体何だったんだろ?」
・分かんないな
・通り過ぎただけ?
・そんなことあるか?
「ぎゃううっ!ぎゃうぎゃう!」
まるで何もなかったのかのように静まり返ったフィールドで、レイと視聴者が疑問の声をあげていると、何かに気付いたじゃしんが途端に慌てだし、レイに訴えかけ始める。
「なになに!?どうしたのさ!?」
「ぎゃう!」
「はぁ?そこには何も――」
じゃしんの様子に困惑しつつも、指さした方向に視線を向けたレイ。最初は特に違和感を抱かなかった彼女も、あるはずのものがないことに気が付く。
「アイテムポーチが、ない……まさか!?」
それはメニューから開くアイテム欄のショートカットの役割を示す部分であり、簡易的なアイテムの格納場所として使用される場所であった。それが無くなっている事に気が付き、レイは顔を青ざめながらメニュー欄を開いてアイテムを確認する。
「――ない。なんにもない!」
・えぇ!?
・盗まれたって事?
・あぁ、さっきのはそういう事か
取り乱し始めたレイの様子を見て、視聴者もようやく事態を察し始め、一足先に状況を理解していたじゃしんはレイの袖を引っ張りながらカラスの進行方向を指さす。
「ぎゃうぎゃう!」
「え、何――ってあぁ、じゃしんも杖取られちゃったのか!」
「ぎゃう!」
「くっそ!追いかけるよ!」
悔し気に顔を歪ませながら立ち上がったレイは、既に遥か遠くへと飛び立っていった群れの後を追うように走り出す。
「【じゃしん結界】――は届かないし、【じゃしん賛歌】も無理か……!」
「ぎゃうう!」
手持ちの札ではどうすることもできずに、只々必死で走り続けるレイ。しかし、無情にもその速度は圧倒的に負けており、今にもその影すら消えそうになっていた。
「――」
「ピギィ!」
「くっそこんな時に!」
それに加え、今までの恨みを晴らすかのようにストーンマンとマグマキューブが立ち塞がる。レイはまともに取り合わずに、最小限で躱して前に向きなおったものの、その時には既にカラス達の姿は見えなくなってしまっていた。
「やばいやばいどうしよう!このままじゃアイテム全部取られちゃう!」
・レイちゃん落ち着いて!
・とりあえず情報集めよう
・でも追いかけないと無くなるかも
「えっと、えっと」
視聴者からあげられている提案も、軽いパニック状態になったレイにとっては余計混乱を強めるものになってしまう。だが、そこで声を上げたのは頼りになる相棒だった。
「ぎゃう!」
「……ん?黒い、羽?」
「ぎゃうぎゃう!」
「虫眼鏡――って事はまだ追える!?」
「ぎゃう!」
じゃしんが取り出したのはもはや見慣れた虫眼鏡と、先程の襲撃者から奪い取ったと思われる1枚の羽根であった。その動作で意図を理解したレイは、彼の頭を撫でながら賞賛の声を上げる。
「でかした!さっすがじゃしん!」
「ぎゃう!」
「よしじゃあ早速追いかけ――」
ビーッ
その時、彼女のやる気を遮るかのようにアラートが鳴り響き、それを聞いたレイは思わず顔を顰める。
「こんな時に……!」
・どうするの?
・また途中でログアウトになったりしたら……
・でもアイテム消滅する可能性もあるくね?
今後の方針について、意見が分かれているコメント欄を一瞥すると、目を伏せて考え始める。僅か十数秒の思案を経て、レイが出した結論は。
「……いったん抜けよう。大事な場面で落ちても仕方ないし」
・おけ
・今日は終わり?
・もう夜も遅いしなぁ
冷静に、そしてゆっくりと紡いだのは一度引く判断だった。だが、決して諦めたわけではなく、視聴者の問いかけに対して首を振って否定する。
「いいや、30分後に再開するよ。今日は徹夜だね」
・なっ!?
・レイちゃんそれはまずいって!
・今日学校でしょ!
日付が変わり金曜日になった今日、数時間後には学校に行かなければならないというのに、死への片道切符を切ろうとしている彼女に視聴者たちは戦慄する。
「大丈夫、こういうのには慣れてるからさ。それにこのままだとどうせ、明日の授業なんて身に入らないよ」
それでもなお、彼女は引かない。完全に覚悟の決まった、ある意味で穏やかな笑みを浮かべながら視聴者に語り掛ける。
「みんなには無理してなんて言わないからさ、辛くなったら寝ても――」
・おい、何言ってんだよ!
・最後まで付き合うぜ!
・レイちゃんだけに良い恰好はさせねぇよ!
「みんな……!」
「ぎゃ、ぎゃう……?」
力強く返されたその言葉にレイは感激する。全員が謎のテンションで包まれる中、じゃしんだけがただ一人、ついていけずに困惑の表情を浮かべていた。
[TOPIC]
WORD【アイテムポーチ】
プレイヤーの腰についている小さい麻袋。
基本的にアイテムを取り出すにはメニューウィンドウよりアイテム欄を開く必要があるが、ショートカットとしてアイテムを指定しておくことでその動作を省略できる。
また、プレイヤーのアイテム格納場所としても機能しており、一部のスキルを使ってアイテムポーチに触れることで、自身以外のアイテムに干渉することが可能。




