4-3 もちろん、君が一番大事()
ポータルを抜けた先は視界が赤く染まるほどの熱気を伴ったフィールドであった。
遠くにはうっすらと巨大な火山の姿が見えており、あれが名づけの由来であろうとレイは推測する。加えて、所々に存在する露出した溶岩の海がボコボコと音を立てていたり、黒い岩のような大地からは緑のない枯れ木が寂しく立っているなど、周りの情景からはとてもじゃないが良いイメージは抱けない。
また空を見上げると黒い烏の群れが威圧するように飛行しており、うるさく鳴き声をあげている様からは不穏な雰囲気しか感じられなかった。
・やったぜ、10万G勝ちぃ!
・なお払う相手はいない模様
・それで、なんでここなの?
「あぁ、とあるアイテムを確保するためだよ」
とあるアイテム、としか言っていないのにじゃしんは耳をピクリと動かす。野生の勘が働いたのだろうか、そわそわし始めた彼は祈るような面持ちで続きの言葉を待っていた。
・そのアイテムとは?
・まぁあれだろうな
・もしかしてオリハルコン?
「あ~、オリハルコンも出来れば確保しておきたいかな。確かこの辺りでしか取れないんだよね?」
提示されたアイテムについて、レイは歩きながら思案する。オリハルコンとは名前の通り空想上の金属であり、『ToY』においては最高級の素材アイテムの一つと言われていた。
その存在は『へイースト火山』でしかその存在は見つかっておらず、現状、彼女にとって使い道は特にないが、今後に備えてある程度は確保しておくのも悪くないなと考える。
「けど、今回の目的はそれじゃないんだよね。もっと私達にとって死活問題のアイテムがあるでしょ?」
・死活問題…?
・私達…あっ
・時限草?
「正解!今回は【時限草】の確保のためにやってきました~」
「ぎゃーう!」
想定していた単語が登場し、レイが拍手をしながら答えを発表すると、頭に乗っていたじゃしんが飛び降りて地面に仰向けになる。
「ぎゃうぎゃうぎゃうぎゃう!」
・駄々こね始めたwww
・幼稚園児じゃんwww
・ワロタwww
そのまま腕をじたばたとさせて、意地でも動かない意思を表明し始めたじゃしんにコメント欄が草で埋まる。一方でその様子を見つめるレイの顔は――とてもいい笑顔だった。
「――なんてね。冗談だよ冗談」
「ぎゃう……?」
じゃしんと目線を合わせるようにしゃがんだレイは、その頭を撫でながらあくまで優しく、それでいて落ち着かせるように言葉を発する。まるで母親のような暖かさで接してくる彼女にじゃしんは勢いをそがれ困惑した表情を浮かべた。
「私もさ、じゃしんが辛い思いするのは悲しいから。もうそういうのはやめようと思ってね……だから安心して。もう時限草なんて使わないからさ」
「ぎゃ、ぎゃう?」
・え?
・ほんとに…?
・いや、でも…
もはや今までは何だったのかと首を傾げたくなるほど綺麗なレイに、視聴者とじゃしんの思いはひとつになる。だがそんなことはお構いなしに彼女は言葉を続けた。
「ほら起きて。取り敢えず町に行こう?」
「ぎゃう……」
そう言って伸ばされた腕に向かって歩き出したじゃしんをレイはしっかりと両方の腕でホールドする。そのまま満足げに頷くと、立ち上がって町の方角へと歩き出した。
・さっきの話どうなの?
・結局何取りに来たんだ?
・マジで母性に目覚めたん?
「さっきの?嘘に決まってるじゃん。今回の目的は最初から最後まで時限草の確保だよ」
「ぎゃ!?」
少しして、視聴者から飛んできた質問にしれっとカミングアウトしたレイにじゃしんは顔を上げて驚愕する。
「あそこで止まられるとモンスターに襲われて面倒なことになりそうだったからね。一人で行っても良かったけど、もしもの為にメイン盾は一応持っておきたいでしょ」
・あぁ、やっぱり…
・鬼畜ゥ~!
・いつものレイちゃんだった
「ぎゃう!ぎゃう!」
悪びれることなく、至極当然のようにそう説明するレイに視聴者からはほっとするようなコメントが飛んでくるが、一番の被害者であるじゃしんは何とか逃れようと体をよじる。だが、がっちりホールドされているせいか、どうやっても脱出できる様子はなかった。
「もう、分かってるでしょ?無駄なんだよ全部。私がやると言ったらやる。どれだけアピールしたって、絶対に覆ることはないから」
「ぎゃう~~~!!!」
もはや決定事項と言わんばかりに告げられた言葉に、遂にじゃしんは絶叫すると俯いておいおいと泣き始める。それでもレイの顔は一切変わらず、考えを改める様子は感じられなかった。
・しゃーなしですわ
・召喚獣に人権なんてなかったんや…
・まぁ人じゃないしな
・鬼!悪魔!人でなし!
「散々な言われようだ……しょうがないじゃん、まだまだ使えるんだからさ」
視聴者からの指摘にも何食わぬ顔で返すレイ。そのままさめざめと泣いているじゃしんに目を向ける。
「ってかじゃしんももう慣れたでしょ?結構爆発させてるし、最近は指示しなくても察するようになってきたじゃん」
「……ぎゃうぎゃぎゃう」
レイの問いかけにむくりと顔を上げたじゃしんは、目の前にある見えない箱のようなものを持つ仕草をすると、いったん右にどかす。まるで『それはそれ』とでも言いたげな様子に、レイは呆れた視線をよこすと、それに逆上したのかじゃしんは目を吊り上げて再度暴れ始めた。
「ぎゃうぎゃうぎゃぎゃう!ぎゃうぎゃうぎゃ!」
「いや流石に分からん。イブル、翻訳」
「合点承知でさァ!」
・!?
・!?
・何だコイツ!?
レイが腰に携えた本のベルトをかちりと外すと共に、宙に浮いてしゃべり始める本。じゃしんに近づきながら先ほどの言葉を再度聞く様子に視聴者からは驚愕のコメントが流れた。
「『扱いが酷すぎる!改善を要求する!』だそうですぜ」
「はっ、じゃあもっと戦える力を持ってくるんだね!――ってん?みんなどうしたの?」
じゃしんを煽るように吐き捨てたレイは、そこでようやくコメント欄に目を通す。
・その本何!?
・ワールドクエストの報酬?
・なんで喋ってるの!?
「え?あぁそっか、配信に映るのは初めてなのか。えっと【邪教徒】のスキルで【邪ナル教典】ってスキルあったの覚えてる?それが信仰値が1000超えたらああなったんだよねぇ。おーい、イブル!」
「え?どっちの味方だって?いやいやそれは勿論じゃしん様の――おっとお呼びですかい!?」
じゃしんに詰められていたイブルは助かったと言わんばかりにレイの目の前の高さまで浮かび上がると、かぱかぱと口になっている小口の部分を動かす。
「とりあえず自己紹介」
「あぁ、これに向かってですかい?初めまして!あっしはじゃしん様の素晴らしさを後世に残すため、ご主人様に更なる力を与えるために現れた、おちゃめでキュートなイビル・イブルってモンでさァ!」
・お、おう
・自分で言う?
・また濃いキャラが来たな…
ハイテンションな自己紹介に困惑する様子を隠せないコメントを見て、レイはついつい苦笑する。
「まぁ否定はしないよ。イブルの能力についても説明したいところだけど――」
そこまで言ってレイはちらりと辺りの様子を窺う。ゆっくりと進んでいたせいか、周りにはモンスターが集まり始めており、いつ襲い掛かってきてもおかしくない状況になっていた。
「それは町に行って安全を確保してからかな。走るよ、じゃしん!」
「ぎゃう~!」
じゃしんを抱きかかえたまま全力で走り始めるレイ。その腕の中からは悲哀に満ちた鳴き声が響き渡っていた。
[TOPIC]
ITEM【オリハルコン】
三大鉱石の一つ。その硬度に勝るものは存在せず、千年が経過しようと衰えることはない
効果①:素材アイテム




