4-2 神の宣告はあまりにも
ポータルステーション。
多くのプレイヤーが行き来するその場所で、一際注目を集める少女がいた。
修道服のような深い藍色のドレスを身に纏い、短い銀髪をたなびかせながら歩くその様は赤い眼も相まって神秘的な雰囲気を醸し出している。
その周りには、ふよふよと黒色と灰色の毛並みをした犬のようなモンスターが浮いており、頻りに彼女に対してちょっかいを掛けていた。
「ぎゃう……!」
「……」
何やらウィンドウを開いて凝視しているのをいい事に、モンスターは右の肩をトントンと叩くと急いで反対方向へと移動し、振り返らないレイをくすくすと笑う。
その幼児のような行動を可能な限り無視していた少女――レイだったが、十を越えたくらいだろうか、遂には堪忍袋の尾が切れたような音とともにぐるりと振り返る
「さっきからさぁ――」
「ぎゃ、ぎゃう!?」
「鬱陶しいっての!」
じゃしんの顔面を掴んだレイはぐるぐると大きく腕を回すと、思いっきり地面に叩きつける。カエルの潰れたような鳴き声を出すじゃしんを、その脚で踏みつけながら呆れたように溜息を吐いた。
「ったく、次の予定立てで忙しいってのに」
「ぎゃ、ぎゃうぅぅ……」
その後も暫くぐりぐりとじゃしんを踏みつけながらウィンドウと睨めっこしていたレイは、やがて結論をつけたのか手慣れた手つきで配信を開始した。
【レイちゃんねる】
【第11回 次のお話】
・わこ~
・めっちゃ久しぶりな気がする
・わこ…って何事?
「分かる、まぁ実際は1日なんだけどね。それとコレはあんまり気にしないでいいよ」
・りょ
・うっす
・まぁいつものことか
「ぎゃう!?」
足元に転がる姿も、もはや見慣れた光景として処理する視聴者と、それに驚愕の表情を浮かべるじゃしん。残念ながら彼に同情する人物は既にいなくなってしまったようだ。
・それよりワールドクエストお疲れ様~
・あ、そうじゃん。さすレイだわ
・話聞かせて
「ん、そうだね。その話も後でゆっくりしようかな。でも取り敢えずは次の街に着いてからだね」
そう言って脚をどけたレイはじゃしんの首根っこを掴んで持ち上げる。そのままへにょりと脱力しているじゃしんを頭にのせると、ゆっくりと歩き出した。
・次の街は決まってるの?
・そういえば運営の発表聞いた?
・あぁ、あの関白宣言みたいな奴な
「もち。次の街は決めたからそこに向かうとして――うん、もちろん聞いたよ。いやぁ、凄かったね……」
そう言いつつ遠い目をしたレイは昨日見た映像を思い返す。
「まさかあんな人が作ってたとは……あんなに唯我独尊みたいな人、見たことないかも」
・貴方の憧れの人がそうでは?
・レイちゃんも大概だと思うけど……
・しっ!気付いてないんだから!
・鏡見て、どうぞ
・それどこ行ったら見れる?
「あ~、そっかセブンさんか言われてみれば……え、嘘?私あんな酷くないでしょ?本気で言ってる?」
まさかのカウンターを食らったレイはうろたえた様子で再度問い直しつつも、足を止めてウィンドウ画面を操作し、バナーから『運営からのお知らせ』を選択する。
・ん?それってセブンさんが酷いって言ってる?
・あっ、やっちまったな
・チクってきます!
「待って、今のなし!絶対ダメだから!そんな事より昨日のやつ見よう!」
失言を誤魔化すように強引に話題を切り替えたレイはそこに載っていた動画を再生させる。すると空中にディスプレイ型のホログラムが表示され、そこには広い和室のような空間に胡坐をかいて座る女性の姿があった。
『やぁ諸君。この度プロデューサーを務めることになった語部栞だよ。ちなみにこの世界を作ったのも私なんだ。凄いだろう?』
見た目は腰辺りまで伸びたボリュームのある髪に、だぼだぼのTシャツの上からでも分かるモデルのような体型と、大人なイメージを抱かせる彼女だったが、ふふんと誇らしげに胸を張る姿はどこか幼子のようで、綺麗と言うよりも可愛いという感想を抱かせる。
『言ってしまえばこの世界の神なのさ。だから私に君達は感謝するべきだし、崇拝しなければいけない立場だ。間違っても逆らうなんて、そんな恐れ多いことしてはいけないよ?』
・え?
・おっと…?
・雲行きが…
続けられた言葉に未視聴の視聴者達から困惑の声が飛び、レイを含む既に視聴済みの人間は同意するように頷く。
『そして私がこの世界をどのように扱おうと、それすらも自由だ。だって私が作ったんだから。ちなみに文句は受け付けない』
一方通行の動画であることをいいことに、好き勝手宣言する自称神。その顔はこれ以上なく楽しそうで、それが逆にレイ達を不安にさせる。
『そんな神たる私の目的は、この世界がどうなるのか見届けること。どのような歴史を作って、どのような終わりを迎えるか――初めはAIだけで回すつもりだったんだけど……折角の機会だ、君達にも付き合ってもらうからね?』
ぱちりとウインクをした栞にコメント欄が少し沸き立つ。だが、盛り上がれるのもここまでであった。
『先に言っておくと、私は君達に配慮するつもりは一切ない。当たり前のように理不尽が襲い掛かるし、過ぎた時が戻ることもない。君達にある権利は辞める事だけだ。……ちょっと言い過ぎたかな?』
先程まで盛り上がっていたコメント欄がシーンと静まり返る。あまりにも理解の難しい発言に戸惑っている様子が見られたが、画面内の栞はお構いなしに言葉を放つ。
『まぁいいや、とにかく君達もこれをゲームではなく、それこそもう一つの異世界を旅してると思って楽しんでおくれ。何、実際死んだりすることはないんだ、今まで通り気楽にやると良い』
最後にそう言うと、締めの挨拶もなくブツリと映像が切れる。しばらくの間何とも言えない空気感が広がる中、レイは重い口を開いた。
「……はい、ということで新しいプロデューサーからのお言葉でした~」
・いや、とてもそんな感じでは…
・ヤバい奴すぎる
・どういうこと?売る気ないってこと?
何とか空気を取り戻そうと拍手をするレイだったが、健闘むなしく視聴者は乗ってこない。
「いや流石に売る気ないってことはないと思うけど……ごめん私もどういうことか分かんないや」
・まぁレイちゃんが謝る事じゃないしな
・ちょっと運営に問い合わせてみようかな
・無駄だぞ、全部なぁなぁで取り合ってもらえない
瞬時に議論の場に変わったコメント欄を見て、収拾がつかないと悟ったレイはパンパンと手を鳴らして強引に注目を集める。
「はい、やめやめ!ここで話しても仕方ないんだからこの話終わり!」
・それはそう
・語りたい奴は掲示板行きな
・ごめんなさい…
「まぁみんなが不安になる気持ちもわかるけどね。でもさ、あんまり関係ないと思うんだ」
・?
・え?
・関係ない?
疑問符を浮かべる視聴者にレイはこくりと頷いて不敵な笑みを浮かべる。
「そ。だって今までも散々理不尽は襲ってきてたけどやめてないんだよ?私以上の理不尽って想像つく?」
・…確かに
・これは正論
・経験者の言葉はちげぇや…
「でしょ?だからこれからも好き勝手やって、このゲームは楽しいって言い続けるからさ。みんなはそんな私を見に来てよ」
・りょ!
・かっけぇわ
・惚れ直した。一生ついてく
そう宣言したレイに視聴者はいつもの調子を取り戻し、コメント欄は賑わいを見せていく。そんな絶賛の嵐にレイは少し気恥ずかしい思いをしていると頭の上でもぞもぞと動く気配がした。
「ぎゃう!」
「おっと、ついつい話し込んじゃった。時間も勿体無いし早く行こっか」
元気を取り戻したじゃしんが頭上でぺしぺしと腕を振るい、『おい、まだか!』と言わんばかりに一鳴きすると、レイは本来の目的を思い出して再び歩を進める。
・んでどこに行くの?
・この向きってことはレスア砦か?
・俺は火山に1万G
「お、正解。次に向かうのはあそこだね」
問いかけに対してレイが指さしたのは赤色のポータル。そこは『へイースト火山』へと続く扉でもあった。
[TOPIC]
AREA【へイースト火山】
『ToY』の世界において北西に存在する火山地帯。
生息モンスターには鳥型が多く、またすべてのモンスターが共通して火耐性をもっている。




