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4-1 かくして『神』は自由を手に入れる


「……すみません、もう一遍言ってもらっていいですか?」


 夏の暑さが仄かに残る昼下がり、とあるオフィスの一室にて夏目は片方の眉を上げながら怪訝な表情を浮かべている。


 相対するのは彼より頭ひとつ分背の低いでっぷりと太った中年の男性。額の汗をハンカチで拭う男は夏目の形相に怯む事なく言葉を繰り返す。


「何度でも言ってあげよう。君にはこのプロジェクトから外れてもらう。これは社長命令だ」


「何故ですかッ!」


 あまりにも無情な宣告に声高に吠えながら顔を寄せる夏目。今にも掴みかかりそうなほどに怒りを滲ませて睨む様子に、中年の男は冷めた目を向けるだけで全く物怖じせずに答える。


「何故と言われてもねぇ。最近問題ばかりじゃあないか」


「そりゃ一年続いてるんです、多少の問題は出るでしょうよ!これからその対策をですね――」


「いやいや、別に君の言い訳を聞きに来たわけじゃあないんだ。さっきも言った通り、これは社長命令。決定事項、分かる?」


 有無を言わさない断定した口調で話す男に対して夏目は愕然として拳を震わせる。今にも手が出てしまいそうなほどに込み上げる思いはあったが、それをやってしまったが最後、本当に居場所が無くなることを重々承知しており、必死で自分を落ち着かせていた。


「それにさぁ、問題がないだなんて言うけども。どれくらいのクレームがきてるか、君知ってる?」


「それは……」


 やれやれと呆れたように首を振る男に夏目は押し黙る。現場一筋の彼にどれくらいの非難が届いているかは見当もつかないが、ネットの情報からでも良くない流れが来ていることは理解していた。


「この前の、なんだっけ?ろーるばっく?とやらも君の独断なんでしょう?今回も街が壊れたようだけど、またそれするの?」


「……今回の件については想定通りの動きなんですよ。町が壊れるのも問題はないんです。詳しい話は語部の方に伺ってもらえれば分かります」


 だが、『ゴールドラッシュ』の半壊については夏目もあらかじめ語部に確認を取っており、元々壊れる予定だったと聞いている。そのためこの件に関しては彼に落ち度はないはずなのだが、男から返ってきたのはにべもない言葉だった。


「そんなの知らないよ。じゃあなに?前は戻して今回は戻さないの?それを仕様ですって説明する?それで本当に全員納得させられるの?」


 冷たく説き伏せるような指摘に夏目は顔を顰める。そんなこと言われた所でそれ以外の妙案が浮かばない以上、彼にはどうすることも出来ない問題であった。


「だから、我々の回答としては『プロデューサーの独断で行ったことでした。今後はありません』で終わらせるのが一番簡単なんだよ。すまないね」


 とどめと言わんばかりに謝罪しながらも断定した男に、夏目は遂に感情を決壊させる。


「――馬鹿にしやがって。ゲームのゲの字も知らないくせに」


「……あぁそうだね。私はゲームなんざこれっぽっちもやらないけども。それでもこの会社のために出来ることは分かるよ。君は不要だ」


 その言葉すらも軽くあしらわれ、既に居場所はないと悟った夏目は乱暴に鞄を掴むと、出口に向かって歩き出す。


「後悔するなよ。必ず痛い目見るぞ」


「ご忠告ありがとう。とりあえず社長の恩赦で給料は出してもらえるみたいだから。1か月ゆっくり休んで、その間に頭を冷やすといいよ」


 すれ違い様に捨て台詞を吐くと乱暴に扉を閉めながら部屋から出ていく夏目。その背中をため息をつきながら見送った男に、今まで黙っていた傍観者から声がかかった。


『トカゲのしっぽ切りってやつ?なかなか酷いことするんだね』


「いやいやそんな!お恥ずかしい所をお見せしてしまって――」


 画面越しににやにやと笑いながら問いかける傍観者――栞に、中年の男は白い歯を見せながら揉み手を行い、態度を急変させる。


「改めて自己紹介を。夏目健司に代わりまして担当させていただきます、中原(なかはら)健次郎(けんじろう)と申します。よろしくお願い致します」


『あぁ、よろしく~』


 手を振って答えた語部の内心が読めず、中原は何とも言えないやり辛さを感じながらも言葉を続ける。


「それでは受け継ぎの話に戻りましょうか。今までの形態は語部さんの作成した『ToY』の世界を我々が調整することでユーザーにお届けしてまいりました。ですが……」


 そう言いながら中原はおぼつかない手際でパソコンを操作しつつもとある画面を見せる。


「ここ最近立て続けに問題が起こったことにより、ユーザーからの不満が一気に噴出いたしました。原因は偏に『運営方針の乖離』にあると私たちは考え――」


『あぁ、面倒なのはパスで。とにかく私の好き勝手やって良いということであってるかい?』


「え、えぇ。その通りでございます」


 中原のプレゼンを遮るように簡潔に問い直した栞に、中原は顔を引きつらせながら言葉を返す。


「ちなみに言っておくけど。彼がやってた時よりも酷い状態になるかもよ?覚悟はあるんだよね?」


「え?ま、まぁ。それが社長の方針ですので……」


 半ば脅すような言葉に対して、冷や汗をかきつつ頷く中原を見て満足げに頷く栞。


『うんうん、了解了解!最初からそうしてよと思わないでもないけど、私は心が広いから許してあげよう!それに一年間、楽しくなかったと言えば嘘になるし……』


「ん?あ、あの語部さん?」


 懐かしむように腕を組みながら目を瞑り数秒固まった栞を心配するように窺う中原だったが、そんなことお構いなしに彼女はふと笑顔に戻ると、一方的に声をかけた。


『じゃあまた何かお願いがあれば連絡するから。じゃね~』


「え?ちょ――切られた……」


 絶えずペースを握られていたた中原だったが、ひとまずファーストコンタクトは無事完了したと判断し、どかりと椅子に深く腰を落とす。


「あの、中原さん。ちょっといいっすか?」


「ん?たしか張本くん、だったか」


「はいっす」


 そこに現れたのはセットしたのか整った髪をした青年だった。張本と呼ばれた彼はちらちらとオフィスの入口に目をやりながら中原に問いかける。


「夏目さんって辞めちゃうんすか……?」


「いや、休職だよ。また違うプロジェクトで活躍してもらうそうだ――そんな顔してもしょうがないだろう、ウマが合わないんだから」


 複雑な表情をする張本に、困ったように眉尻を下げた中原は背もたれに体を預ける。


「このゲームは彼の考えた物ではないんだろう?しかも語部さんとは意見が割れて口論にもなる。ならもう、外れてもらうしかないじゃないか」


「でも夏目さんすげぇこのゲームについて考えてましたよ」


「だからこそ、じゃないか?私みたいな口出しすることも出来ない人間が選ばれてるので察しろと言うことなのかもしれん」


 彼自身、広報部に属していながらも、夏目という男がどれほど優秀ですごい人間かは耳にタコが出来るほど聞いていた。それにユーザーによる不満があると言っても、売り上げは順調に推移しており、だからこそ今回の人事には納得できないでいた。


 初めは彼と言う天才をもっと上の天才()とぶつけて潰されないようにする配慮かと思ったが、彼の勝気な性格を見ているとそんなことも感じない。


 もしや本当に原作者に丸投げするつもりなのでは――そう答えの出ない迷宮に迷い込み、抜け出せなくなりそうになった中原はぶんぶんと首を振って思考を変える。


「とにかく、君の作業はこれからサーバーメンテナンスや語部くんからきた作業を卒なくこなすことだけだ。良かったじゃないか、残業自体は少なくなるだろうよ」


「そりゃ嬉しいっすけど……どうなっちゃうんですかねこれから」


「そんなの私が聞きたいよ……」


 ぽつりと呟いた言葉に二人はそろって肩を落とす。何故だか目の前のレールが壊れて、奈落に続く道を歩いているイメージが脳裏から離れないでいた。


[TOPIC]

NAME【中原健次郎】

身長:158cm

体重:76kg

好きなもの:酒、ゴルフ、家族


 見た目はでっぷりと太った腹が特徴の中年男性。

 『株式会社Future legacy』の広報部にて部長を務めていたが、この度会社の生命線ともいえる『ToY』シリーズのプロデューサに抜擢された。

 社長との古い付き合いで入社しているためゲームには明るくないが、人付き合いやマネジメント能力はかなり高い。だが、絶対に生かせそうにない場所に配属されて、本人が一番戸惑っている。

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― 新着の感想 ―
[一言] 夏目も別にゲームのことわかってねえんだよな、どっかでみた調整を意図も理解せず適当に突っ込んでるだけだし 流行ってるゲームをとりあえずパクればいいかみたいな思考で悪いとこをひたすらパクって駄作…
[一言] 創造神の足枷が外れたことで、この世界がさらに混沌に満ちていきそうです。自由になったその手でこの箱庭をどのように彩っていくのか、とても楽しみです。
[一言] 金とってるゲームがゲームじゃなくなった瞬間である これは最強スキル復活するのでは? はやく次の運営回みたいな
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