3-46 愛しき人にその手を伸ばして⑬
耳が割れんばかりの咆哮とともに、リラは付近にあった瓦礫や自動車を掴んで投擲する。ゴウグはそれを手で弾きながらも距離を詰める。
「ガァァァ!!!」
「くっ、すまないっ!」
そのままリラの右腕を掴んだゴウグは苦しげに目を顰めながらも、遠心力を利用して赤い巨躯を全力で放り投げた。
ドガン!と鈍い音を立てながらリラは壁に激突するが、ガラガラと崩れ落ちる瓦礫の中から傷だらけの体を無理やり動かし、ゴウグに再び襲い掛かかる。
「リラッ!もう立つんじゃない!」
「グァァァ!!!」
理性を失った姿にゴウグの心は酷く傷付けられ、傷だらけの体を受け止めながら悲痛な声で説得を試みる。だが彼女の耳に届くことはなく、鬼の形相で彼の事を睨みつけているだけだった。
「ごめんね、ゴウグ。辛い思いさせて……」
あまりにも悲哀に満ちた戦いに発案者として罪悪感を抱きながらも、レイは自身の仕事を果たすために視線を外して周りの状況に眼を向ける。
「おい、チャンスじゃないか!?あれに便乗してあの怪物潰そうぜ!」
「そうだな!都合よく怪物同士がやり合ってるんだ、逃す手はない!」
「みんな準備はいいか!行くぞ!」
そこには今まで逃げ惑っていたプレイヤー達が団結し、リラとゴウグに武器を向けようとしている姿があった。
状況を知らない彼らに言うのもお門違いなのは重々承知しているレイだったが、その態度がゴウグの想いを無視する利己的な行動に感じる。
「こっから先は立ち入り禁止だよ。彼らの邪魔だけはしないで」
「あぁ?なんだよお前!?」
「あ、コイツアレだよ!指名手配になってたレイって奴だっ!?」
怒気を孕んだ声を出しながらレイはプレイヤー達の前に立ち塞がると、先手必勝と言わんばかりに攻撃を開始する。
弾丸を額に受けたプレイヤーがポリゴンに変わると、その他大勢が目の色を変えてレイを襲い始め、即座に乱戦の形になった。
「くっそ、すばしっこいな!」
「きゃぁ!?ちょっと味方だって!」
「ぎゃう~!」
「オイ何だよコイツ――あだっ!?」
レイは目に見える全てが敵なのを利用して、群がるプレイヤー達の合間を縫うように動く事を最優先し、フレンドリーファイヤを意図的に誘発させる。
それを恐れてか遠距離組は上手く攻撃に参加できておらず、近接組にはまんまと作戦通りに仲間割れを始めるものまでいた。
じゃしんはじゃしんで周りのプレイヤーの顔に張り付き、頭に噛みついていた。ダメ―ジはないがしっかりと視界を奪っており、ふらふらと動くプレイヤーをレイは足払いで転ばせて急造の障害物として利用し、容易にレイに近づけないような環境を整える。
「一旦下がれ!まとまっていくぞ!」
たった一人にしてやられ、このままではまずいと判断したのか、とあるプレイヤーが声を上げると、波が引くように近距離組が一斉に後ろに下がる。そのまま遠距離組を守るようにがっちり固まると、魔法の詠唱がレイの耳に聞こえ始めた。
「はっ、これなら――」
「【黒月弾】」
勝ち誇るように歯を見せた男の言葉を遮るように、レイは銃を向けて短く呟く。
それとともに放たれた漆黒の弾丸は密集していたプレイヤーの先頭に着弾すると、急激に膨張を始める。突如発生した黒の塊は悲鳴を上げるプレイヤーを飲み込むと、そこにいた三分の一ほどをポリゴンに変えて消滅した。
「これなら、何?」
「ば、化け物が……」
冷たい視線を向けるレイに残されたプレイヤーは体を震わす。近づいても圧倒的戦闘センスで返され、頭を使えど一瞬で瓦解してしまい、まさに八方塞がりの状態であった。
対峙するレイも有利というわけではない。平静を装っているが奥の手である【黒月弾】を使わされた以上、もう一度同じ方法をされた場合、返す手段ははっきり言って存在しない。
そのため出来る限り膠着が続くように、はったり多めの口先八丁で何とかしようと思考し――背後から白色の巨大な塊が真隣に降ってきた。
「おわっ!?」
「ぐっ……!」
驚きで飛び上がったレイの目にボロボロの状態で立ち上がるゴウグの姿が映る。今にも泣きだしそうな辛そうな表情を見て、レイは思わず声をかけた。
「ねぇ、ゴウグ大丈夫?」
「あぁ、体はまだ動く。幸い急所には――」
「そうじゃなくて。本当にできる?」
気づいてない振りをするゴウグに、レイは首を振って優しく諭すように言葉をかける。
「辛いなら、代わってあげられるよ。あんなに動きが鈍っているなら私でもなんとかなるから」
「……ありがたい申し出だな。だが、そうはいかんだろう」
その申し出に震える膝を叩きながら満身創痍の状態で立ち上がるゴウグ。
「我よりも辛い想いをしている者がいる。助けを呼ぶ事も、泣き叫ぶこともできない者が。それなのに尻尾を巻いて逃げろとお主はそう言うのか?」
「……そうだね。ごめん、野暮だった」
「いや、心配させてすまない。だがもう少しだ」
その辛そうな瞳の中に並々ならぬ決意を感じたレイは謝罪して押し黙る。それを見て困ったように笑ったゴウグはすぐに視線をリラに戻すと、最後の力を振り絞って前進した。
「ガァァァ!」
「これ以上待たせるわけにもいかんのだ。だから、だから――!!!」
突進するゴウグに対して、リラはその右拳を前に突き出す。それを避けずに外側に交差するよう腕を滑らせ――。
「目を、覚ませぇぇぇ!!!」
決死の叫びと共に放たれた全力のクロスカウンター。
その一撃は寸分の狂いなくリラの顎に叩き込まれ、反発する磁石のようにお互いを吹き飛ばす。
「――ガァァァァァァ!!!」
やがてふらふらと立ち上がったリラは怒りの籠った表情で咆哮を上げると、必殺のスキルを発動するためにドラミングを開始する。それはまさしく、作戦の第一段階が完了したことを示していた。
「レイ!」
「分かってる!行くよじゃしん!」
「ぎゃう!」
それに共鳴するように、世界を揺らすほどの振動が起こる。本来であれば一目散に遁走すべき状況で、待っていたと言わんばかりにゴウグが振り向くと、レイは高らかにスキルを宣言した。
「【じゃしん讃歌】!」
「La~♪」
「ガッ!?」
「うわっ!?」
「動かなっ!?」
口が大きく開かれ、今まさに不可視の一撃が発射される、そんな紙一重のタイミングでじゃしんの歌声が響き渡ると、周辺にいたプレイヤーを巻き込みながら世界は停止する。
誰一人動けない中、レイは全て予定通りと言わんばかりにニヤリと笑うと、ここにはいないルールの外にいる者の名前を呼んだ。
「オジサン!角度も完璧でしょ!」
『えぇ、完璧なお膳立てです』
その声に応えるように通信先から届くどこか安心する声が聞こえると、遥か遠方――【セントラルタワー】の最上階から銃声が鳴り響く。
長距離に特化したその弾丸は六秒という膨大な時間の中で、吸い込まれるように大きく開かれた口内に着弾した。
「アッガ……!?」
意識外から放たれたその一撃を体内に取り込んだリラは驚いたように眼を見開くと、苦しげな表情を浮かべる。
やがて動けるようになると、喉を掻きむしりながら天を仰ぎ、か細くうめき声を上げる。
そして身体からまるで邪気を払うように煙を噴出させると、鮮やかなピンク色の体に戻ってばたりと倒れ込んだ。
「リラ!」
ゴウグは慌てて駆け寄ると、地面に横たわったリラを両腕で優しく抱き抱える。それに対して彼女は弱々しくも薄く眼を開けた。
「大丈夫か!?返事をしてくれ!」
「ゴウ……グ……?泣いて、いる……の……?」
「あぁ、リラ……!良かった……!」
腕の中で安らかに微笑んだリラを見て、ようやく安堵したのかゴウグの瞳から涙が溢れる。周りに流れる暖かい空気がレイにハッピーエンドを伝えているようだった。
[TOPIC]
WEAPON【α-ワイルドミスト】
超長距離専用スナイパーライフル。たとえ霧の中であろうと寸分の狂いなく狙撃可能
要求値:<技量>1000over
上昇値:-
効果①:10倍倍率スコープ搭載
効果②:単発射撃ダメージ(対象との距離*1)
※通常時・単発リロード
効果③:特殊弾が装填可能




