3-45 愛しき人にその手を伸ばして⑫
レイとセブンの戦闘が山場を迎えている最中、ゴウグとギークは距離を取って睨み合っていた。
「おい、いい加減諦めたらどうだ。もう十分だろう?」
「それはコチラのセリフだ」
心にもない言葉で牽制しながらも、お互いの一挙手一投足を見逃さないために視線は外さない。互いの力量がほぼ互角なのを察している二人はどちらも迂闊には動けず、それ故に膠着状態に陥っていた。
「なぁ、お前は一体何者なんだ?」
「む?」
そんな中、ギークはある提案するようにゴウグに話しかける。
「大方、あの赤色の奴を助けたいんだろう?それならば、あの女よりも我々の方が――」
「うぬぼれるな。貴様に頼むようなことはない。ただ一つ、邪魔しなければそれでいい」
提示された言葉をゴウグは鼻を鳴らしながら一笑に付すと、ギークはその端整な顔を露骨に歪める。
「……そうか。それが貴様の答えなんだな。ならば死ね!」
声音は冷静になろうと努めていたギークだったが、次第に感情の高ぶりが抑えきれずに声を張り上げ始め、ついには均衡を破って前に詰めた。
「ゴウグ!」
その時、ゴウグの耳に唯一の仲間ともいえる少女の声が聞こえる。その切羽詰まった様子にすぐさま優先順位を変更し、くるりと視線を外した。
「悪いな、貴様と遊んでいる暇はなくなった」
「なっ!?」
そう吐き捨てたゴウグは向かってきたギークから距離を取るように全力で後進する。意味のない鬼ごっこになるかと思われたその動きは、ギークが一定の距離で足を止めたことで終わりを告げた。
「待て!逃げるのか!」
「なんとでも言え。悔しいのであれば好きに追ってくると良い。もっとも、貴様には無理だろうが」
挑発の言葉にゴウグは冷たい目で一瞥して同じように挑発を返す。
彼は戦闘の中でギークの強さには距離制限があることを見抜いており、これ以上追って来れないことを見越したうえでの発言だった。
そのまま振り返ることなくレイと共に街の方に消えていく彼らの背中を憎々しげに見つめると、周りにいた【WorkerS】の仲間に指示を飛ばす。
「クソッ!全員いるか!あいつ等の後を――」
――その瞬間、彼の胸から三日月状の刃が出現する。
「ま、まさか……」
「あはっ、油断したねぇギーク君?」
突然の攻撃に目を見開いたギークは心当たりのある声がして背後を振り返る。そこには心底嬉しそうな笑みを浮かべるセブンと自身の胸に鎌を突き刺す【シニガミ】の姿があった。
「ず~っと待ってたんだよ。それこそ恋焦がれた乙女みたいにね」
「ふ、ふざけ、るなよ……」
当然、ギークはこの召喚獣についても調べはついており、対策も立てていた。彼女と対峙している間は絶対に反撃できる自信があったが……残念ながら、『魔王』にはそれすらも見抜かれていたようだった。
「ねぇ今どんな気持ち?秩序(笑)を守るとかルーキーの邪魔とか……やりたいことな~んにも出来ずに、不意打ちで惨めに死んでいくのって。僕は味わったことないから知りたいな~って」
最大級の煽りにギークは睨みつけるだけで言葉を発さない。いや、言葉を発せないでいた。
「おぉ、怖い怖い。ま、いいや。とりあえず今回の戦利品としてこれは貰ってくね?」
「そ、それは……!?」
その様子におどけたように肩をすくめるセブンは先ほど拾ったアイテムをギークに見せびらかす。それはまさしく、彼の象徴ともいえる【英雄の旗印】が握られていた。
「待て……やめろ、やめてくれ……!」
「やだね。それとも今から皆で取り返してみる?」
悲痛な声を出しながら震える手を伸ばすギークだったが、その手は届くことなく空を切る。その様子を見ながらセブンが周りをじろりと見渡すと、気圧されたように後ずさる【WorkerS】のメンバーが見えた。
「はぁ、やる気なし、か。じゃあ、また頑張って取り返しに来てよ。じゃあね~」
それを見てつまらなさそうに嘆息したセブンは懐から【ポータルストーン】を取り出すと、青い炎を纏いながら消えていく。
それと同時にギークもポリゴンとなって消え、そこには何とも言えない気まずい空気が漂った【WorkerS】のメンバーだけが取り残された。
◇◆◇◆◇◆
「ガアァァァァ!!!」
「うわぁぁぁぁ!!!」
「何なんだこいつ!?おい、どうすんだよ!」
「どうするたって……!」
突如現れた赤色の怪物に、ただでさえ混乱を極めていた街は阿鼻叫喚の地獄絵図となっていた。
好き勝手動き回り、建物を崩しながら進むリラを止められるプレイヤーは残念ながら存在せず、それに加えてチャンスとばかりに解き放たれた囚人達が暴れている。
場はまさに混沌と化しており、どこから手をつけるかの判断すらまともに指示できるものもおらず、事態はさらに悪化していく。
「うわぁ、すっごいカオスだね……」
「ぎゃう……」
その様子を改めて目に入れたレイとじゃしんは今からこれに参加しなければいけないことに少し顔を顰める。その間にもリラに絡んでいったプレイヤー達がどんどんとポリゴンに変えられていた。
「レイ、この場所で問題ないのか?当初の予定では見晴らしの良い正門の予定だったが」
「そうなんだよね、だから元の場所に――」
『あー、もしもしレイさん?』
ゴウグの疑問にレイが困ったように同意の声を上げると、ずっと繋いでいたフレンドコールの回線からオジサンの声が聞こえる。
『安心してください、姿はこちらでも追えてます。もう少し奥に行かれると面倒ですが、その場所でしたら作戦は遂行可能ですよ』
「……本当に?じゃあ信じるからね?」
『おや、プレッシャーですか?お腹痛くなっちゃいますねぇ』
再確認の言葉に敢えておどけて見せるオジサン。この緊迫した局面の中、余裕綽々の態度が逆に信頼できるとレイは呆れたように笑った。
「二人とも、問題はないってさ。だからここで始めちゃうよ?」
レイの言葉に二人は頷く。それを見届けるとレイは手に持った銃を発砲してリラのヘイトを買った。
「二人とも、ここが踏ん張りどころだよ!」
「ぎゃう!」
「あぁ!」
「ガアァァァァ!!!」
レイ達を視界に収めたリラは力の限り咆哮する。
震えそうになる足を必死で抑えながらも、強気に笑みを浮かべたレイは頼りになる相棒と仲間を引き連れて全力で駆け出して行った。
[TOPIC]
MONSTER【シニガミ】
敗北を経て次のステージへと昇る。存在はより希薄に、恐怖はより鮮明に。
不死種/霊魂系統。固有スキル【透明化】、【忍ビ寄ル白影】
《召喚条件》
【グリムリーパー】の姿が見えない状態で撃破
⇒【シニガミの魂】獲得




