3-41 愛しき人にその手を伸ばして⑧
「ふははははっ!なんて力だ!」
全身を真っ赤に染めて地鳴りのような声を上げるリラに、クリアは興奮した様子で叫び出す。
「これなら邪神様の願いを叶えられる!寵愛も頂ける!あの忌々しい小僧なんかよりも、格別の物を!」
その言葉にレイは眉を顰めたが、考察している余裕などあるはずもなく、すぐさまリラに視線を移した。
「さぁ行け!世界を滅ぼすのだ!」
その宣言に従ってリラが動き出す――そこにいる誰もがそう思ったていたが、彼女の行動は違った。
「は?――ぐっ!?」
ギロリとクリアに眼を向けたリラは膨張した腕を使ってクリアを鷲掴みにする。その瞳を正面から見たクリアの表情には、初めて恐怖の色が浮かんでいた。
「ヒッ!?や、やめろ!獣風情が!僕に触れるな!た、助け――」
ジタバタと暴れるクリアだったが、そもそもの体格からして比べ物にならず、逃れる術も持ち合わせていない。やがてみっともなく命乞いを始めるも、それに応える者も残念ながら存在しなかった。
「ガァァァ!!!」
容赦なく腕を振ったリラはボールのようにクリアを放り投げ、窓ガラスに全力で叩きつける。そして、ガラスを粉砕する音と共にクリアの体が空中に放り投げられたのを一瞥すると、勝ち誇ったように咆哮を上げた。
「意識が……?いや違う、暴走してるだけか!」
一瞬まさかと考えたレイだったが、返す刀のようにレイ達を睨みつけたことで考えを改めて警戒態勢を取る。
「リラ!」
「あっ、ちょっと!?」
レイの静止も虚しく、ゴウグは真正面からリラに向かって近づいていく。
「眼を覚ませ!こんな事をしてはいけない!いつもの君に――」
「ガァァァ!!!」
そのまま両腕を掴んで説得を試みるが、残念ながら今の彼女に理性はないようだった。
ゴウグの言葉をかき消すように叫ぶと、比べ物にならない力で拘束を振りほどいて右腕を振るう。
「ゴウグ!大丈夫!?」
「あぁ、それより――」
ドガン!と鈍い音を響かしてゴウグは地面を転がる。慌ててレイ達が近づけば、それに応えながら起き上がろうと顔を上げ――何かに気付いたゴウグが咄嗟にレイ達を懐に抱え込んだ。
「ゴァァ!!!」
瞬間、静寂。
遅れて、通常の何倍もの破壊力を持った不可視の一撃が殺到する。耳鳴りのような爆音を響かせながらゴウグの背中に直撃すると、その衝撃波で全てのガラスが割れ、地震のような揺れを発生させた。
「ガ、ガフッ……」
「そんな……!」
「ぎゃう~!」
必殺の一撃を喰らい、満身創痍の状態になったゴウグにレイとじゃしんは顔を青くさせる。現状の最高戦力が倒れたことに加え、自分達を庇わせしまったことに罪悪感すら覚えていた。
「ヤバ……!待って!」
リラはレイ達に興味を失ったかのように視線を外すと、街の中へと飛び出してしまう。ガラガラと天井が崩れ始める中、レイの必死の呼び声は満天の星へと消えていった。
◇◆◇◆◇◆
「ねぇ、いつまで引きこもってんの?」
悲鳴と怒号が勢いを増す戦場でセブンはつまらなさそうに呟く。その視線の先には軍服のメンバーに庇われるように立っているギークの姿があった。
「君の力ってさぁ、友達から力を借りて強化するよって奴じゃなかったっけ?いいの?このままじゃ力を発揮する前に全滅しそうだけど?」
「ウォォォォォォォォ!!!」
セブンの言葉に呼応するように【灼熱の巨人骨】が雄叫びをあげ、有象無象のプレイヤー達を薙ぎ払う。
「おい!タンク前に出ろって!」
「ヒーラーが仕事しないのにどうやって耐えろっていうんだよ!」
「何よ、私達のせいにするつもり!?」
そのあまりにも強大な力の前に、足並みが全く揃わないプレイヤー達は一方的に刈り取られ、残った者は散り散りとなって逃げていく。
「少しくらいは削れると思っていたが……もういい、私が行こう」
有象無象のプレイヤーでは相手にならないどころか足止めすら叶わない。全てがうまくいかない事にギークはイラついた様子で言葉を吐き捨てると、【灼熱の巨人骨】の目の前にゆっくりと姿を現した。
「やっとか。腰重すぎるからビビってるのかと思ったよ」
「貴様と話すことなどない」
セブンの挑発をにべもなく切り捨てたギークはとあるアイテムを取り出す。それは真っ赤な下地に鳥のようなシンボルが描かれた軍旗のようなものであった。
「【集え、我が旗のもとへ】!」
その旗をかざすと、周りにいた軍服達が足を止めて自身の右手を心臓に当てる。
その統率の取れたモーションに連動するように金色の光が各プレイヤーから浮かび上がり、ギークの元に収束してく。
「よっと。僕を拍子抜けさせないでくれよ?前みたいにさ」
地面に降り立ったセブンは変わらず煽るように言葉を放つが、それにも返答はない。金色に輝いたギークは手に持った旗を地面に突き刺すと、腰に携えた軍刀を引き抜いた。
「ウォォォォォ!!!」
【灼熱の巨人骨】が動く。雄叫びとともに燃える体を揺らしながら突進していき、ギークの体に触れようとして――右手が喪失した。
「おぉ!いいねぇ!」
塵すら残さずに切り刻まれた腕を見ながら、セブンは嬉しそうに手を叩く。それをギークは忌々しそうに睨みつけた。
「面白くなってきた!じゃ、あそぼっか!」
「黙れ!そんな事をしに来たのではない!」
骨の軍勢を後ろに控えさせながら、【灼熱の巨人骨】の横に立ったセブン。それを迎え撃つようにギークが叫び声を上げたまさにその時、夜空よりイレギュラーが舞い降りる。
「ゴァァァァァァァァ!」
セブンとギークの等間隔の距離に、赤色のゴリラが飛来する。それは筋肉は破裂しそうなほど膨れ上がり、禍々しい雄叫びを上げながら、ギロリと憤怒に染まった眼であたりを睨めつけていた。
「何これ?レイちゃんのやらかし?」
「チッ、余計な事を……」
その光景にセブンとギークはお互いを警戒しながらも闖入者へと視線を移す。その脳裏には何かと界隈を賑わせている少女の姿があった。
「オォォォォォ!!!」
「ゴァァ!」
敵と認識したのか、腕を再生させた【灼熱の巨人骨】が闖入者に肉薄する。だが残念ながら役者が違いすぎた。
分厚い筋肉は炎をものともせず、まるで赤子のように受け止めると、鯖折りを行ってゴキン!と鈍い音を立てる。
「おっと、これは意外と……。じゃ、【赫灼骨】で」
一度の攻防で勝ち目がないと悟ったセブンが口にしたのは、ゲーム内でも屈指の火力を誇る技。その合図とともに【灼熱の巨人骨】は燃え盛り、鉄すらも溶かす高温へと変貌する。
自身の身すらも溶かしながら敵を屠る決死の攻撃は、大量の煙を上げながら闖入者に襲い掛かる。やがてその煙が晴れ始めた時、セブンの目が僅かに見開いた。
「マジ?これはちょっとやばいかもなぁ」
「……お前と戦ってる場合じゃなさそうだな」
先程までいがみ合っていた二人は、並び立つとはいかないまでも視線を同じ場所に向ける。そこには何事もなかったかのようにトッププレイヤー達を睨みつける赤い相貌があった。
[TOPIC]
ITEM【英雄の旗印】
進め、その旗を目指して。掴め、栄光と勝利はすぐ傍に。
効果①:SKILL【集え、我が旗のもとへ】
SKILL【集え、我が旗のもとへ】
何も恐れることはない。私を信じれば、必ず総てが上手くいく。
効果①:任意の他者よりステータスの50%を取得
(※予め許可を得た者に限る)
効果②:有効範囲(直径100M)




