3-40 愛しき人にその手を伸ばして⑦
【ゴールドラッシュ】を駆け抜けていたレイ達は【セントラルタワー】の目前へと迫っていた。
ほとんどのプレイヤーが正門に集まっているせいか道中はガラガラで、止まることなく全力で走り続けられている。
「みんな、準備は良い?」
「ぎゃう!」
「無論だ!」
「えぇ、頑張りましょう」
レイはじゃしんとゴウグに向けて言葉を投げかける。それに対する返答が何故だか一つ多い気がして、レイは思わず振り返った。
「ん?あれ、オジサン!?」
「どうも、暇なので遊びに来てしまいした。お手伝いしても?」
「――うん、心強いよ!よろしく!」
走り続けながらもオジサンと軽くやり取りをしたレイは視線を前に向けると腕を交差させる。そのままガラスのドアに向けて最高速度で突っ込んだ。
「おっじゃましまーす!」
「ぎゃう~!――ぎゃっ!?」
パリンッ!とガラスを盛大に砕く音を奏でつつ、ダイナミックに侵入するレイ。隣ではレイと同じようなポーズをしたじゃしんがべたり、とガラスに張り付いていた。
「おや、思ったより一杯いますねぇ」
「リラを返してもらいに来た。立ち塞がるのであれば容赦はしないぞ」
数秒遅れてゴウグとオジサンがビル内に侵入する。そのビルの中には、待ち構えていたかのように何十人もの黒服の姿があった。
「もう何やってんのさ、起きて。遊んでる場合じゃないから」
「ぎゃう~……」
「取り敢えず、ここでもう一回【じゃしん捜査】してほしいな。あわよくばどの階層かとか分かれば。出来る?」
「ぎゃう!」
ふらふらと立ち上がるじゃしんを支えながらレイが次の指示を飛ばすと、じゃしんは元気よく吠えて懐から虫眼鏡を取り出す。
「うん、じゃあ任せたよ。じゃあ私達はこっちの処理かな」
レイが振り返れば、黒服がカプセル剤を取り出して口にする瞬間だった。前回と同じように肉体を急激に膨張させると人ならざる者へと変貌を遂げる。
「だと思ったよ」
「蹴散らしてくれる」
「あ、私はパスで」
やる気満々と言った様子で拳と掌を合わせるゴウグとは対照的に、堂々とニート発言をするオジサンにレイは思わず二度見してしまう。
「うん?どういう事?」
「いえ、私はどちらかというと遠距離特化の支援型でして。要するに戦えないんですよねぇ。いまならじゃしん君にも負ける自信がありますよ」
はっはっはと朗らかな笑顔を浮かべながらそう宣言するオジサンに、レイは呆れたようにじと目を向けつつも、気を取り直して【Cressent M27】を握る。
「じゃあなんで来たんだか……まぁいいや、ゴウグ行くよ」
「あぁ、先陣は私が切ろう」
言葉は至って冷静に、それでいて静かな怒りをその目に宿したゴウグが【ドラミング・ハウンド】を発動する。放たれた不可視の一撃は押し寄せる【ハイオーガ】達をいとも簡単に薙ぎ払い、半分以上をポリゴンへと変えた。
「先陣どころか全部任せてもいいんじゃあ……」
ゴウグの勢いは収まらず、そのまま中心へと飛び込むと、チリ紙のように千切っては投げるを繰り返す。その一騎当千の活躍を目の当たりにしながらも、レイはゴウグの手が届かない位置にいる【ハイオーガ】を確実に仕留めいていき、その完璧な連携によって何十体もいた【ハイオーガ】は5分もかからずあっという間に消滅した。
「おぉ、あっという間ですね。流石レイさん」
「厳密には私の力じゃないんだけど……まぁ良いや、じゃしん、どう?」
「ぎゃう!」
大した労力を使用していないレイはオジサンからの労いの言葉に少し微妙な表情を浮かべながらじゃしんに問いかける。それに大きく吠えると、ピンと背伸びをしながら天高く指さした。
「それは最上階って認識でいいのかな?」
「ぎゃう!」
「了解。よし、急ごう」
「待て、どこへ行く」
じゃしんの答えを聞いておおよその目星をつけたレイが歩き出す――そこで、ゴウグが彼女を呼び止める。
「え、エレベーターから行こうと思ったんだけど……」
「そんなのよりも良い方法がある」
そう言ってレイとじゃしんの首をがっちりつかんだゴウグは、ずるずると引きづって外へと向かう。
その有無を言わさない態度に非常に嫌な予感を覚えたレイは必死で丸太のように太い腕を引きはがそうと試みた。
「いやいやいや、待って、本当に待って」
「ぎゃう!ぎゃうぎゃう!」
「ダメだ、時間が惜しい」
隣ではじゃしんも同じように開放を目指して暴れていたが、首根っこを掴まれているせいか思うように力が入らず、どうすることも出来ない。そうこうしている間に外に出たゴウグは【セントラルタワー】を見上げながらぐっと膝を沈めた。
「それはダメだってちょっとオジサン助けてよ!」
「あ、私はお先に行かせてもらいますね」
「この裏切りもぉぉぉぉお!?!?」
「ぎゃううううううう!?!?」
縋る思いでオジサンに声をかけたものの、彼は既にエレベーターに搭乗してドアを閉めようとしている真っ最中だった。それに文句を言う――暇もなくレイの体に浮遊感が加わる。
タワーの側面を跳ねるように駆け上がっていくゴウグに連動して、レイとじゃしんの視界が激しく揺れる。ダメージや痛みは存在しないと言っても、強制的にロデオマシーンに乗せられているような感覚がレイを襲っていた。
「最上階だ!行くぞ!」
掛け声とともにゴウグはガラスを割って最上階へと侵入する。そのまま白い殺風景な部屋に着地すると、ようやくレイとじゃしんから手を離した。
「うぅ……なんでこんな目に……」
「ぎゃうぅ……」
「おや、意外と早かったですね」
軽いグロッキー状態になったレイ達に声が届く。ふらつく頭で顔を上げると、部屋の中央にはクリアと鎖で雁字搦めにされたリラの姿があった。
「リラ!」
「ゴウ……グ……?」
ゴウグの呼びかけに、か細く答えるリラ。目がうつろで朦朧としているようだが、最低限の意識を取り戻したようで、レイは少しホッとする。
「おや、感動の再会というものですか。素晴らしい」
「貴様……!」
「でも残念。もう遅いんです。準備は整ってしまいましたから」
煽るような言葉を口にするクリアに、ゴウグは歯軋りしながら睨みつける。それにニコニコと人当たりの良い、張り付けたような笑みを返したクリアは懐から紫色の液体が入った注射器を取り出した。
「……それは?」
「あなたのおかげで完成した秘薬です。末端に渡しているよう試作品ではなく、教団の全力を賭けた最高の一品なんですよ?」
レイの問いかけに答えたクリアはうっとりと見惚れるような視線を注射器に向ける。その表情はまさしく狂信者と呼ぶに相応しい狂気を孕んでいた。
「これを投与すれば、普段と比べ物にならない力を得ることができます。【ゴブリン】は【酒呑童子】に進化し、人間ですら素手でドラゴンを討伐できるようになるでしょう。――それが『聖獣』なら?」
「よせ!やめろ!」
「言ったでしょう、もう遅いんだよ」
ニタァと顔を歪めたクリアが手に持った注射器をリラに刺し、中に入った液体を注入する。その瞬間、ドクンと少し離れたレイですら聞こえるほどの脈動する音が響く。
「さぁ目覚めろ!邪神様の理想郷を作り上げるのだ!」
「グアァァァァァァァァァァァァ!!!」
クリアの高笑いに呼応するように覚醒したリラが、絡まった鎖を引きちぎりながら天に向かって咆哮する。
――怪物が、目を覚ます。
[TOPIC]
ITEM【R:evolve】
ハクシ教によって作られた禁忌の薬。とあるマッドサイエンティストによって研究されたその薬は使用者を新たなステージへと引き上げ、世界を無に帰す怪物にするだろう。
効果①:全ステータス*10倍
効果②:状態異常【破壊衝動】付与
効果③:状態異常【崩壊】付与




