3-39 愛しき人にその手を伸ばして⑥
「――えっと、誰?」
「あれぇ!?」
その姿を見たレイはひどく困惑した顔をしていた。冷静に考えれば少し理解の難しい格好をした見知らぬ変態が馴れ馴れしく声をかけてきたのだ、むしろ正常な判断ともいえよう。
「えっ本当に知らない?嘘だよな?ちょっとした冗談だよな?」
「ちょっと存じ上げないですね……」
「その距離感本気の奴じゃねーか!」
先程の怒りは何処へやら、変態は狼狽えた様子でレイに問いかけ、やはりよそよそしい態度を取られたことで絶叫する。
「まぁまぁ仕方ないよ。その見た目で会うのは初めてだろうしね」
「あれ、ミオンさん?」
そんな変態に背後から一人の女性が近寄っていく。燃えるような真っ赤な髪を携えた彼女は魔女のような黒い服と帽子を身につけており、脚には扇情的なスリットが入っていた。
「やぁレイちゃん。久しぶりだね」
「あぁどう――待って、ということは……」
「そうだよ、俺がジャックだよ」
知り合いの知り合いに出会ったレイはそこでようやく目の前の変態の正体を知る。その瞬間、腰に収めた銃を取り出して躊躇う事なくトリガーを引いた。
「うおおっ!?危ねぇなオイ!いきなり何すんだよ!?」
「身内の恥はこの手で抹消しなければ……」
飛んできた弾を慌てて避けた変態は抗議するようにレイに人差し指を向ける。ただ対するレイは目を虚ろにして真顔で見つめてぶつぶつと呟いていた。
「待てレイ、ここで遊んでいるとまた囲まれるぞ」
「ぐっ、それはそうなんだけど……!」
そこにゴウグから嗜めるような声を聞きなんとか正気を取り戻す。だがその顔は苦虫を噛み潰したような何とも言えない表情をしていた。
「おい行かせると思ってんのか?こっちだって怒ってるんだぜ?」
「え?なんで?」
「いや、逆になんで?」
一方で先程の怒りを思い出したのか、声に想いを滲ませながら口にするジャック。だが当の本人は至極真面目にきょとんとした顔をしていた。
「じゃしんは貸してあげたんだし、無事脱出も出来てるみたいだし、文句言われる筋合いなくない?」
「そこまで開き直れるのは逆にすげぇよ……」
心の底から自分は悪くないと言いたげな顔をしているレイに、これ以上何を言っても無駄だと悟ったのか刀をレイに向けながらジャックは宣言する。
「まぁいい、とにかくだ。ここを通すつもりはない。どうしてもと言うなら俺を倒してから行け」
「はぁ!?そんなの理不尽でしょ!後にしてよ!」
「えぇい、喧しい!これは決定事項だ!」
交渉の余地もなく、ジャックは一方的にそう言い切ってレイ達の進行方向を塞ぐ。その光景にレイが舌打ちをすると、彼女に声をかける人物がいた。
「おい、大丈夫か?」
「あれ、ミナトさん。どうしてここに?」
ジャックと同じように建物を渡って来たのか、上空からレイの隣に着地したミナトは質問に答えながら立ち塞がっている男に目を向ける。
「俺はこっちのサポートにつけとよ。だから様子を見に――ってなんだあの変態」
「あれは何というか、身内の恥と言うか……」
「……そうか、類は友を呼ぶってこういうことなんだな」
「え?」
「いやなんでもない。それよりもだ」
ミナトは聞かれない声量で失言を呟きながらも、短剣を一本抜いてジャックと対峙するように前に出る。
「そういうことなら俺の出番だろ」
「あ?誰だあんた?」
「【JackPots】メンバー、ミナト」
問われた名に最低限の言葉を返しながら、背後にいるレイへと告げる。
「向かう先は奥のタワーだろ?俺がアイツらを抑えるからその隙に抜けろ」
「ん、了解。よろしくね」
「そんなことさせる訳―—ッ!?」
レイとのやり取りを終えたミナトは軽く手足を振り、動こうとしたジャックに向けて肉薄し、手に持った短剣を突き出す。
「おう、良く受け止めたな。次行くぞ?」
一瞬で距離を詰めてきたミナトの短剣を、ジャックは辛うじて受け止める。だが、続けて繰り出される連撃に手数が足りなくなり、その刃が徐々に体に触れ始めた。
「クッ、ミオン先輩!」
「分かってる。【ALL UP】」
切羽詰まったジャックの呼びかけに応えるように、ミオンは瞬時にスキルを発動する。
途端にジャックの体が虹色の光に包まれると、乱暴に刀を振ってミナトの体を引き剥がした。
「バフ系の魔術師か。良い連携だ」
「……そりゃどうも。そっちも中々やると思うぜ」
ミナトから出た素直な感想に、ジャックは皮肉を込めて言葉を返す。視界の端でレイが移動する姿が見えた気がするが、目の前の強敵から視線を離すことはできそうになかった。
「弱い者イジメは好きじゃねぇ。さっさと終わらせてやるよルーキー」
「なめんじゃねぇよ!!!」
腰からもう一つ短剣を取り出したミナトは両手に逆手持ちをしてもう一度距離を詰める。
ジャックはそれを迎え撃つ形で手に持った刀を振り、何とか距離を保ちながら剣をぶつけ合う。
「へぇ、やるじゃん。ちょっと楽しくなってきたな!」
「ちっくしょう……!」
だが両者の表情からどちらが優勢かは一目瞭然であり、遂には手に持った刀を弾かれ、ジャックはガラ空きになった腹に蹴りを叩き込まれてしまう。
「ぐっ!」
「どうした、もう終わりか?」
「……ダメだ。このままじゃ勝てねぇ」
「あ?」
蹴り飛ばされて膝をついたジャックは刀を杖にしながらふらふらと立ち上がる。
口から出た言葉はかなりネガティブなものであったが、その目には未だに闘志が宿っており、ミナトは思わず不審な目を向けた。
「だから、ちょっとズルさせてもらうわ。ミオン先輩よろしくお願いします」
「OK。【ハイヒール】、【STR UP++】、【DEX UP++】」
先程よりも強力なバフを貰ったジャックは【ウェポンチェンジ】を使い、新しい武器を取り出す。その手に握られていたのは金色に輝く鞘に収められた脇差しのような小刀であった。
「俺のステータスじゃ、まだコイツは装備できないから。だからこれは仮初の力だ」
「あぁ、そうかい」
急に余裕を見せ始めたジャックにミナトは警戒を強める。何より、その腰に携えた金色の小刀がそうせざるを得ない不気味な雰囲気を放っていた。
「悪いけど、文句は受け付けないからな」
「はっ!上等ォ!」
挑発の言葉とともにジャックは刀の柄に手を添えて抜刀の姿勢に入る。かかってこいと言わんばかりの佇まいにミナトは嬉しそうに笑うと、【ダッシュ】を使用して最高速で間合いに入った。
「【神風一閃】」
刹那、交錯。
すれ違い様に放たれた金色の小刀のスキル。それは自身のHPと引き換えに火力を増加する、まさに諸刃の剣。
「嘘だろ……!」
己の全てを賭けた一撃は神速の太刀であり、全てを切り裂く必殺の刃であった。その斬撃は幾重にも鍛え上げられた二対の短剣ごと両断し、ミナトの体を斜めにずらす。
「――やるじゃねぇか。馬鹿にして悪かったな」
「いや、タイマンならお前の圧勝だったよ」
「はっ、違いねぇ。……また遊ぼうぜ」
そのまま上半身がずり落ちたミナトはポリゴンとなり消えていく。バフが切れ、装備が解除されたジャックはそこでようやく一息ついた。
「おめでとう。はい、【ポーション】」
「ありがとうございます。じゃあさっさとレイ達の後を追って――」
辛くも勝利を収めたジャックは、レイの進んだ方角を見据えながらもミオンから渡された【ポーション】を口にする――その時だった。
「あ」
どこからか飛んできた流れ弾であろう矢が、不幸にもジャックの頭に刺さる。スキルの効果によって体力が1となっていた彼に耐える術はなく、呆気なく倒れるとポリゴンとなって消えていった。
「……やれやれ、彼らしいね」
ミオンは困ったように肩をすくめるとその場から動き始める。勝者が消え、なんとも締まらない幕切れとなったが、それを知る者はもう戦場には残されていなかった。
[TOPIC]
WEAPON【小金一文字】
かつて天下人に仕えた忠臣が帯刀していたとされる伝説の小刀。思わず息を呑むのは見た目の美しさからか、それとも……
要求値:<腕力>300over,<技量>500over
変化値:<腕力>+100,<技量>+200
効果①:SKILL【神風一閃】
SKILL【神風一閃】
その抜刀は神速の刃。命を賭して仇敵を屠る必殺の斬撃。
CT:300sec
効果①:斬撃属性の単発ダメージ(発動時点のHP*腕力)
効果②:HPを1まで減少




