3-38 愛しき人にその手を伸ばして⑤
「……ふぅ、ここまでくれば大丈夫かな」
精神的疲れを感じたのか、レイは荒い息をつきながら一度立ち止まる。遠くの方では未だに騒がしく喧しい声が聞こえているが、こちらまで及ぶにはまだ時間はかかりそうだった。
「よし、追いつかれる前にさっさと進めよう。じゃしん、準備は良い?」
「ぎゃう!」
文字通り一息ついたレイは周りの様子を窺いつつじゃしんに声をかける。それに元気よく返事をすると、ごそごそと自分の腰辺りを触り出した。
「おっけー、じゃあいくよ。【じゃしん捜査】!」
「ぎゃうぎゃう!」
レイがスキル名を口にするとじゃしんは腰から取り出したものを高々と掲げる。それはどこからどう見ても虫眼鏡だった。
「ぎゃう~?ぎゃうぎゃう~?」
虫眼鏡を手にしたじゃしんはもうひとつ、先ほどの大部屋から拝借したピンク色の毛を手に取ると、それと地面を交互に見比べながら辺りをうろうろし始める。
「……すまぬ、今更聞くのもあれなのだが。これは本当に大丈夫なのだろうか?」
「多分大丈夫だと……いやちょっと不安になってきたな」
その可愛らしいお尻を振りながらあっちに行ったりこっちに行ったりするじゃしんの姿を見て、ゴウグから思わず疑問の声が上がり、レイの返答も半信半疑の微妙なものとなる。
「そもそもこれは何をしているのだろうか?」
「それは私にも。ってかそもそも説明できる人が――あ!」
そこまで言ってレイは一つ心当たりを思い出す。彼女以上に付き合いが長そうで、じゃしんじのことを知ってるであろう人物――いや本を自身の腰から引っ張り出した。
「ねぇ、起きて!聞きたいことがあるの!」
「レ、レイ?急に本に話しかけてどうしたのだ?」
「おや、ご主人様ァ!もう黙ってる必要は無いんですかい?」
「ウヌゥ!?」
本に喋りかけ始めたレイに若干引きながらも心配の声をあげたゴウグは、突如として喋り始めた本――イブルに驚き身体を仰け反らせる。
「あれ、黙ってろって言ったっけ?」
「言いましたよォ!ほら、あのネズミどもを倒した後!」
「あ~、なんかそんなこと言ったような言ってないような……ってか律儀に守ってたのね」
すっかり忘れた様子に心外だと言わんばかりに本をパカパカとさせるイブル。その様子にレイは関心よりも呆れの感情を強く感じた。
「それであっしはなんで呼ばれたんでさァ?」
「あぁ、イブルはアレ、何してるか分かる?」
「アレ?――あぁ、【じゃしん捜査】の事ですかい?」
イブルの返しにレイは期待を込めた目で見つめる。その口ぶりから察するに効果を知っているようで、改めて質問を投げかけた。
「そうそう!知ってるの?」
「勿論!アレはじゃしん様による捜索術、いわゆる神の目でさァ!」
「か、神の目?」
返された言葉に鼻が曲がりそうなほどの胡散臭さがあり、そこはかとなく嫌な感覚に陥ったレイはその先行きに不安を感じて眉根を寄せる。だがそんな彼女に構わずイブルは饒舌に言葉を続けた。
「えぇ!じゃしん様には全てを見通す、いわば神眼と呼ばれる力があります!その力はまさに快刀乱麻!さらには森羅万象、花鳥風月ときて一騎当千と、そりゃもうすんばらしいモノでさァ!」
「いや意味分かんない上にほぼツッコミどころしかないけど?」
ほぼ冒頭で聞くだけ無駄だと悟ったレイは、ペラペラと話される内容を右から左へと受け流しながら再度問いかける。
「結局アレにはどういう効果があるのさ?」
「対象アイテムの場所を調べることができるってやつでさァ」
「やっぱそういう……ってか最初からそう言ってよ」
「おっと!これは失敬!」
先程よりも露骨に文字数が減った簡潔な説明をするイブルに対して、レイはジト目を向けつつもあらためてじゃしんの様子を眺める。
「というと、今じゃしんは手に持ったピンクの毛がどこで手に入るかを調べてるって認識で合ってる?そもそもなんだけど、アレ多分正確にはアイテムじゃないけど良いの?」
「えぇ、大体は。アイテムであればそれがどこで入手できるか分かりますし、モンスターの一部であればそのモンスターがどこにいるかも分かるって寸法です!あ、なんなら路傍の石とかでも問題ないですぜ!」
「へー。だってさゴウグ」
ようやくちゃんとした説明が聞けたレイは感心したように言葉を出すと、未だにフリフリと尻尾を左右に揺らすじゃしんを指さしてゴウグに話しかける。
「あぁ、そのようだな。少し安心したぞ」
「えーっとご主人?念のため確認しますが、このゴリラさんは味方って事で良いんですかね?」
ゴウグと会話しているレイに対してイブルはどこか遠慮がちに声をかける。その様子にレイは首を捻った。
「そうだけど。あれ、ずっと一緒にいたよね?」
「お恥ずかしい話、本が閉じられていると、夢の中にいるみたいに周囲の状況が朧げになるんでさァ。なので、その都度説明していただけると助かりやす」
「なるほど、そういう仕様なのか。オッケー分かったよ」
「えぇえぇ、御心遣い感謝しやすぜ!では改めて自己紹介をば。あっしはじゃしん様の活躍を後世に残す役目を担っております、イビル・イブルというものでさァ。よろしくお願い致しますぜ、ゴリラの旦那」
「お、おぁ、そうか。ゴウグだ、よろしく頼む」
礼儀正しくお辞儀するように斜め下に傾いたイブルに対して、ゴウグは未だに困惑しながらもなんとか自己紹介を済ませる。それと同タイミングでじゃしんの方にも動きがあった。
「――ぎゃう!」
「おっ、終わった?」
ぴんと耳を立てたじゃしんは虫眼鏡を目から離すと、ある一転を指さしてレイの方に振り返る。その先にはレイの予測通り大きな大きなタワーが存在していた。
「やっぱりあそこか。早速――」
「見つけたぁ!!!」
「ッ!レイ!」
レイの死角、建物の屋根から抜刀して切りかかってきた存在に、寸でのところで気が付いたゴウグがその間に割り込むようにして刀を受ける。
金属同士がぶつかるような甲高い音を響かせると、ゴウグは腕を振って襲撃者を払い除けた。
「ありがとゴウグ!いや、それよりも追いつかれるの早くない!?」
「テメェ……裏切りやがってぇ……!この恨み、知らないとは言わせないからな!」
「あなたは――」
華麗に着地した襲撃者の姿を見たレイは目を見開く。そこには狐をモチーフにした仮面とふんどしだけを身に着けた、ほぼ裸一貫のプレイヤーが憤怒を瞳に宿しながらレイのことを睨みつけていた。
[TOPIC]
SKILL【じゃしん捜査】
『尊キ御方』にはすべてを見通す力がある。その力で全知を得るのだ。
CT:666sec
効果①:神眼を用いて、すべてを暴く
種類:ユニークスキル
習得条件:【じゃしんLv.3】




