3-36 愛しき人にその手を伸ばして③
場所は変わり【ゴールドラッシュ】のとある一等地。【WorkerS】のクランハウス支部にてギークは神妙な顔をして椅子に座っていた。
「失礼します」
「入れ」
コンコンとドアをノックする音に返事をすると、扉の向こうから軍服を着た女性が現れる。
「報告させていただきます。『きょうじん』の配信が途絶えたそうです。またしてもワールドクエストを発生させたのかと」
「そうか」
目を瞑り、肘を机に突きながら返事をするギーク。一見平静の様に見えるが、実際胸の内に渦巻く不快感を隠せておらず、一定のリズムで足音を鳴らしている様子に女性の背中に冷たい汗が流れる。
「……仕方ない、今回はそちらに手を焼いている時間はない。準備の方は?」
「はっ、【WorkerS】のメンバーは8割方招集が完了しております。一般プレイヤーについても多くがこちら側についておりますが、唯一【JackPots】のメンバーだけは連絡がつきません」
「ふんっ、裏切り者など必要ない。今更どの面を下げて来られるというのだ」
続いた報告に対してギークは鼻で笑って切り捨てる。当然というべきか、要注意人物の一人であるレイの動向は動画を通して常に探っているため、【JackPots】が向こう側についた事は既に筒抜けのようだった。
「報告!正門に『魔王』が現れました!」
「来たか……」
けたたましく鳴り響く足音と共に乱暴にドアが開かれると、今度は軍服の男が慌てた様子で入ってくる。それを女性が咎めるように睨みつけるが、ギークは気にすることなく立ち上がった。
「今日こそ決着をつけてやる……」
街の入口に向かいながら、誰に向けるでもなく彼は呟く。その言葉には静かながらも確かな熱意が込められており、それと比例するように目が鋭くなっていた。
やがて辿り着いた入り口では多くのプレイヤーでごった返していた。その多くが武器を手にしてとあるプレイヤーを囲むように立っており、ギークはそれを搔き分けるようにして前に進むと最前列へと向かう。
「お、やぁやぁギーク君、ご機嫌いかが?」
「あぁ最高だったよ。お前の顔を見るまではな」
声をかけてきたのは長い黒髪の美しい女性であった。骨で出来た玉座のような椅子の上に座る姿はまさしく『魔王』と呼ぶに相応しい出で立ちであり、それと共に強者の風格を感じさせる。
「そんなつれないこと言うなよ、僕と君の仲だろう?」
「戯けたことを言うな、そんな仲などない」
「つれないなぁ。β時代、色々教えてやったじゃないか。そうだ、僕のこともお姉ちゃんって呼んでいいよ」
「黙れ!」
楽しそうに話すセブンとは対照的に感情のまま激昂するギーク。初めに張り付けてきた仮面は既に剥がれ落ちているようだった。
「そんなことを話しにここに来たのではない!馬鹿にしているのか貴様は!」
「あぁ、そうだけど?」
聞く人によれば震えあがるような迫力のある怒声だったが、セブンは気にした素振りを見せないどころか呆れたように肯定する。その態度が余計にギークをイラつかせた。
「ってか君怒ってるけどさぁ、僕だって同じだからね?見る?僕の腸?煮え滾ってもう溶けてるまであるね」
「お前っ」
ぺらっと自身の服をめくり素肌をのぞかせながらそんな冗談を宣う様子に、ギークは我慢の限界が来たのか思わず足を一歩踏み出す――が、それはその冷めた視線にて遮られた。
「そもそもさ、先に吹っ掛けてきたのはそっちだろう?何、『八傑同盟』って。何様のつもりだよ」
普段の飄々とした様子からは考えられない、ゾッとするほど冷たい声音で目を細めるセブン。それを見た他プレイヤー達は対象が自分でもないにも拘らず足が震える。
「そんなに周りが気に食わないならさぁ、ソロゲーにでも引きこもってれば?餓鬼かよみっともない」
「何をぬけぬけと!お前等は他人に迷惑しかかけていないだろうが!暴れたいなら貴様等こそ出てくるんじゃない!」
ただギークも負けておらず、鬼の形相をしながら言葉を返す。
「迷惑ねぇ、でも僕BANされてないからなぁ。そんなこと言われてもって感じだよ」
「それは運営が――」
「まぁいいや、君達の感情なんてわかると思えないし、そもそも分かる気もないし」
そんな中、ヒートアップしたギークの熱を冷ますようにセブンは言葉を遮ると、辺りを見渡して集まったプレイヤーの顔を順に見る。
「にしても、結構いるねぇ。もしかしてギーク君意外と人望ある?」
「……300人近い人間がお前を倒すために集まった。俺のスキルは知っているだろう?」
「もちろん。君、仲間の数だけ強くなるユニークを持ってるもんね。主人公みたいでかっこいいねぇ」
「ならば諦めろ。貴様に勝ち目はない」
時折挟まる軽口を完全に無視しながら、ギークは最後通牒と言わんばかりにセブンに警告をする。だが、彼女の様子は変わらない。
「そうそう。だからね、僕も友達を呼んでみたよ」
「友達……?」
その言葉にギークは眉を顰める。基本的にソロプレイヤーの彼女にそう呼べる人物がいるとは思えず、何を指しているか理解できなかったが、その謎はすぐ解けることになった。
「お、おい。何かアレおかしくないか」
「はぁ?別に普通――いやなんか近いぞ!?」
「やばいやばい!飛行船が突っ込んでくる!」
ざわつきと共に上空を飛んでいた飛行船がどんどんと高度を落とす。そのままセブンの背後に地響きを轟かせながら強引に着地すると、中からぞろぞろと囚人服を着たプレイヤーが現れた。
「囚人服……まさか!」
「そ、監獄から出てきてもらいました。イエーイ」
彼らを見たギークは驚きのあまり目を見開く。セブンが連れてきた人数はギーク側の3分の1にも満たないが、強さはその限りではなく、多数のプレイヤーから奪い取ったであろう装備で武装している姿は到底油断できるものではなかった。
「これで遊べる人数になったということでルール説明。こっちは街を無茶苦茶にぶっ壊すから、君たちはそれを止められたら勝ち。どう、シンプルで分かりやすいでしょ?」
「……総員戦闘準備」
玉座から立ち上がったセブンは地面に赤と紫の魔法陣を展開すると、自身の代名詞ともいえる骨の王と炎を纏った巨大な骸骨を召喚し、それをギークは辺りに警戒するように声をかける。
「あはっ、いいねぇ。それじゃあよーい――」
「――――ぅぅうわぁぁぁああ!!!」
一触即発。決戦の火蓋が落とされようとした――まさにその時だった。何とも情けない声と共に、二つの軍勢の間に人影が飛来したのは。
「怖かった!今のは結構やってたよ!急いでるからってそんな――ん?」
「ぎゃうぎゃう!」
降り立ったのは、艶のある白い毛のゴリラ。その背中から降りた少女は隣にいたマスコットのようなモノと共に抗議の声を上げるが、先に辺りを見渡した彼女が周囲の異変に気付く。
「えーっと……あ、どうも」
「ぎゃうっ!? ぎゃ、ぎゃう」
状況が掴めない一人と一匹は頭に手をやって困惑しながらも挨拶をする。その様子を『魔王』はニタァと楽しそうに笑い、『総帥』は苦々しく顔を歪めていた。
[TOPIC]
WORD【総帥】
【WorkerS】のクランリーダーであるギークの異名。
クランの特色と彼自身のユニークによってそう呼ばれているが、彼はあまり気に入っていない。




