3-35 愛しき人にその手を伸ばして②
眩い閃光が収まると、レイの視界には以前と変わらない蝋燭だけが灯る薄暗い部屋が映る。ただそこに、いつも声をかけてきた筈の司会の男の姿はなかった。
「イベント中だから……?何にせよ無事だと良いけど」
それだけでパズルのピースだけ足りないような、どうにも気持ち悪い違和感を覚えるレイ。彼の安否を心配しながらも他のメンバーが転移してきたのを確認すると、奥へと続く一本道を進む。
「この先が闘技場だから油断は禁物で」
「了解」
「ぎゃう!」
レイの言葉にウサとじゃしんは返事をし、その背後に続くゴウグもしっかりと頷く。決して警戒は怠らずにゆっくりと、着実に長い一本道を進んで行けば、やがて出口と思しき光が見えてくる。
「よし行くよ。3…2…1…!」
カウントダウンと共にまずはレイが勢い良く飛び出すと、それに合わせて他3名も闘技場の中心へと躍り出す。
「――あれ?」
「何もないな」
そこは何の変哲もない円形の闘技場であった。レイが挑戦した時点の様子と全く同じ光景が目の前に広がっており、何か変わった物が置いてある訳でもない。
ただ今回は司会の男がそうであったように観客の姿も誰一人見えず、以前からは考えられないほど不気味な静寂に包まれていた。
「ハズレってこと?それにしては……」
「ぎゃう!」
あまりにも意味ありげな雰囲気に、間違ったとは到底思えず目を細めるレイ。そんな彼女にじゃしんが袖を引っ張って正面を指さす。
レイ達が入ってきた入り口の反対側――対戦相手の登場口であるそこには、相変わらず重厚な扉が見えたが、よくよく目を凝らしてみると僅かに開いているようだった。
「なるほど、まだ先に行けってことか。じゃしん、よく気付いたね」
「ぎゃう~」
褒め言葉に『いや~、それほどでも』と言いたげに頭を掻くじゃしん。その様子に緩みかけた気持ちを引き戻しながら扉へと向かう。
近寄ればより鮮明に隙間があることが見え、軽い力を加えるだけでギギッと錆びた金属のような音を響かせながらドアが開く。
「うし、じゃあ行くよ?」
暗闇が広がる道を前にレイは改めて全員に問いかける。当然誰からも否定の言葉が出ないことを確認し、その通路を一歩ずつ進み出した。
ぴちょん……ぴちょん……
どこからか水滴の滴る音が聞こえる。行きに通った通路でさえあまり整備されていなかったが、こちらの方がより状態は酷く感じられた。
また先程からカサカサと何か虫のようなものが這いずる音が聞こえており、生理的嫌悪からか自然とレイの歩幅は大きくなる。
「あ、出口」
そのお陰か先程よりも明らかに早く、通路の終わりと思しき明かりを目にすることになったレイ達。そこで一度レイが振り返ると、今度は言葉がなくても思いは伝わったようで、何も言わずとも全員が頷き、それを確認したレイは意を決して部屋へと入る。
「どーも・何してるのか、教えてもらってもいいかな?」
「――おや、ここは関係者以外立ち入り禁止ですよ」
室中はレイの知っている控室の倍以上の広さだった。煉瓦造りのその部屋にはクリアと複数人の黒服の姿があり、その奥には檻の中に入れられて虚ろな目をしたリラの姿が見える。
「リラ!」
「おっと、まさか『聖獣』まで連れてくるとは……一体何の用でこの場所に?」
その姿を見たゴウグが声を張り上げると、能面のように無表情な黒服達が戦闘態勢を取り、振り返ったクリアが貼り付けたような笑みを浮かべた。
「当然、その子を助けにね。ついでに嘘つきに制裁でも」
「なるほど、それは怖いですねぇ」
軽いジャブのように放ったレイの言葉に余裕綽々と言った様子で言葉を返すクリア。口でのやりとりに何の意味もないことを悟ったレイはストレートに問いかける。
「もう一回だけ聞かせて欲しいんだけどさ、彼女を使って何がしたいの?」
「彼女……?あぁ、この獣のことですか」
それに対してクリアは本気できょとんとすると、ようやく察しがついたのかチラリとリラを一瞥しながら答える。
「簡単な事です、この世界を壊すんですよ。貴方も『ハクシ教』に触れたのなら分かるでしょう?我らが神の素晴らしさを、その慈悲深さを!」
次第に熱が入りながら語るクリアはうっとりと恍惚の表情を浮かべていた。その狂気を孕んでいる瞳で見つめられ、レイは思わず身震いする。
「……生憎、私が信じる神は別にいるんでね」
「――そうですか、残念です」
ただ、その態度を不気味に思いながらもレイは言葉を否定する。瞬間、端整なクリアの顔が底の見えない無の表情に変わった。
「まぁ仕掛けは既に完成してますので、何をしようと遅いんですがね。私はこれにて失礼しますよ」
だがそれも一瞬のみで、すぐにいつもの笑みを浮かべると、内ポケットから青色の炎が揺らめく足を取り出して、黒服たちに声をかける。
「あとはよろしくお願いします。では白紙の世界でまた会いましょう」
「待て――」
「ゴアァァァァ!!!」
ゴウグの叫びも虚しく、リラとクリアは青い光に包まれて消えていく。それに加え、黒服達が懐からカプセルのようなものを取り出して口に含んだかと思うと、その体が膨張して【ハイオーガ】の姿へと変異し、襲い掛かってくる。
「なっ、ここでバトル――」
「クソがぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
レイが腰に格納された銃を取り出して戦闘態勢に入ろうとした時、ゴウグが鬼の形相で【ハイオーガ】に突っ込む。止める間もない速度でただただ乱暴に全力で殴りつけると、信じられないくらい鈍い音とともに【ハイオーガ】を壁まで吹き飛ばし、一撃でその姿をポリゴンに変える。
「凄い……じゃなくてっ!ゴウグ落ち着いて!」
瞬く間に全ての【ハイオーガ】を撃破したゴウグだったが、まだ収まらないのか怒りのままに壁や地面に拳を叩きつけており、レイはそんな彼の腕に縋り付いて必死で宥める。
「ここで暴れたって変わらない!はやく追わないと!」
「追う!?一体どこに行けばいいんだ!?」
「それは……」
ゴウグの慟哭にレイは言葉を詰まらせてしまう。彼女の中では候補は既に一つしかなく、十中八九【セントラルタワー】だろうと思っている。だが確実にそうだと言い切ることは残念ながら不可能であった。
もしかしたら何か見落としており、全く新しい別の場所かもしれない。たとえしらみ潰しに探すとしても、ある程度当たりを付けなければ大幅にロスすることになる上、もしかしたらタイムオーバーがあるかもしれない。
最悪の状況を想定するせいで容易に判断することが出来なくなってしまい、イは遂に押し黙ってしまう。そうして周囲に嫌な空気が流れ始めてしまった――そんな時。
「ぎゃう!」
いつの間にか隣にきていたじゃしんが自信満々に一鳴きする。その目は『任せろ』と言わんばかりに真剣な表情をしていた。
「何か策があるの?」
「ぎゃうぎゃう!」
「――よし、じゃあじゃしんに任せよう。大丈夫、信じて」
「……分かった」
その瞳を見たレイは相棒の言葉を信じてゴウグを説得し、それを聞いた彼は振り上げた握り拳を震わせながら何とか下ろす。
「ぎゃ~う!」
そうして全てはじゃしんに託される事になる。そんな彼が懐から取り出したのは――。
ITEM【進化の秘薬】
ハクシ教によって作られた禁忌の薬。使用者の遺伝子を組み換えることで強力な魔物に変異することが出来るが、試作品のためか戻る術はない。
効果①:特定モンスターに変異する




