3-32 雇い主の意図
「ぎゃ、ぎゃう~」
「うん、完璧!じゃしん、本当にお疲れ様」
無事に地面に着地したレイは腕の中でぐったりしているじゃしんの背中を労るように優しく撫でる。
「今回はじゃしんじゃないと危なかったからね。ほんと様々だよ」
・たしかに
・じゃしん偉い!
・これはMVPです
「ぎゃう~」
レイの言葉と視聴者のコメントに返すように、じゃしんは右手を上げる。ただかなりその動きは弱々しく、本当に疲れている様子が窺えた。
・あれ、でも落下無効にするアイテムなかった?
・あ、月の石
・ということはじゃしんの頑張りは無駄だった……?
「……ぎゃう?」
「……いや、ほら。じゃしんに活躍させてあげるためだから。え?まさか忘れてたとか思ってる?いやいやいや」
・だよねぇ~
・まさかそんな……ねぇ?
・大丈夫大丈夫、分かってるから
どこか生暖かい視線すら感じる視聴者のコメントに、レイは白々しく誤魔化すような態度をとると、何か言いたげな目線を向けているじゃしんをひたすら撫で続けることでその口を封じる。
「レイ、お疲れ様」
「あ、ウサ」
声がしたのでレイが顔を上げると、モモンガのような生き物に掴まりながら滑空してくるウサの姿があった。
「ありがとね、損な役割やってもらって」
「ううん、作戦通り」
華麗に着地したウサはレイに言葉を返しつつ、モモンガの顎を撫でる。その様子をじゃしんが羨ましそうに見ていたため、レイも同じように顎を撫でた。
「ぎゃ、ぎゃう~!」
「おうおう、これがええんか?――にしても、よく無事だったね。吹き飛ばされた時デスしちゃったのかと思ったよ」
「これでも高レベル。そこそこステータスは高い」
モモンガがポリゴンとなって消えていくのを見ながら、ウサはレイに見せるように右手を上げてちからこぶをつくるポーズをする。残念ながら筋肉は全く出てきておらず、可愛さだけが強調されていた。
「ははっ、何にしても良かったよ。無事にクリアできてさ」
そんなウサの様子に余裕ができたのか、笑顔を向けるレイ。そして話を切り替えるためにパンと手を鳴らす。
「よし、じゃあ早くここから離れようか。あのゴリラが追ってこないとも限らないしね」
「了解」
「ぎゃう!」
・おっけー!
・クエストクリアだー!
・おめおめ
レイの提案に一人と一匹は頷き、視聴者からは称賛のコメントが流れる。それを目にしながら、レイはやり切った表情で世界樹を後にするのだった。
◇◆◇◆◇◆
再び【ゴールドラッシュ】を訪れたレイ達は真っ直ぐにクリアの元へと目指していた。
・めっちゃ見られてるな
・そりゃ目立つからね~
・鬱陶しくない?
「まぁまぁ、気にしたら負けだよ」
周りからの好奇の目に晒されながらも、レイはそれに構うことなく堂々と歩く。
・これってどこ向かってるん?
・【ゴールデンマイン】じゃないの?
「あぁ、違うよ。ね、ウサ?」
「ん。あそこ」
レイが視聴者からの疑問をウサに受け流すと、彼女は正面にある大きなタワーを指さす。
「【セントラル・タワー】。あそこにクリアはいる」
そのタワーは町の中央に位置し、比較的大きな建物が建ち並ぶ【ゴールドラッシュ】の中でも比べ物にならないくらい高い建造物である。
また遠目からでも分かるほどの煌びやかさがあり、そのダイヤモンドのような煌めきはこの街の財力の象徴ともいえるものだった。
「見るからに成金って感じがするね。あの胡散臭さにピッタリな感じ」
・分かるわ
・レイちゃんクリアのこと嫌いすぎじゃね?w
・あ~同族嫌悪ってやつか
「うんうん、アイツはどー考えたって悪人側――って、ん?どういう意味かなぁ?」
そんな話をしながらも真っ直ぐに向かっていき、ついにその真下まで到着する二人と一匹。自動ドアを抜けて中に入り、目の前のカウンターにいた受付にアポを取ろうとする――前に黒服の男が近くに寄ってきた。
「レイ様ですね。クリア様がお待ちです」
「何で分かって――あぁ、そっかチョーカーか」
完璧なタイミングで声を掛けてきた黒服に一瞬だけ訝しげな表情を見せたレイだったが、動向が全て知られていた事を思い出して納得する。
「じゃあ連れてって貰える?」
「勿論です。こちらに」
黒服はレイ達を先導しながらエスカレーターへと向かう。中に入って番号の書かれたボタンを押すと、最上階の数字が光った。
体感で数分ほど経過しただろうか、長い長い拘束時間を経てチーンと甲高い音を立てながらドアが開かれる。
そこは一つだけデスクがあるだけで、他には何もない殺風景な部屋だった。ただ全面ガラス張りで街の全てを見下ろすことができ、決して地味というイメージは湧かない。
「やぁようこそ!待っていましたよ」
レイ達が部屋に入ると満面の笑みを浮かべたクリアが大手を広げて近寄ってくる。
「お待たせ。ってか意外とミニマリストなんだね」
「無駄というのが嫌いな性分でして。それより例のものは?」
雑談もそこそこにして本題を切り出すクリア。いかにもはやる気持ちが抑えられないと言った様子に、レイは呆れながらもアイテム欄から【世界樹の実】を取り出した。
「おぉ、それが……!早く渡して貰えませんか!?」
「待って、その前にちょっと質問」
今にも飛び掛からんと前屈みになったクリアをレイは空いた手を前に出しながら制する。
「あのゴリラって何なの?前に闘技場で戦ったのに似てたけど」
「あぁ、あれはクローンです。守護者のために作成したんですよ。良くできてたでしょう?」
「ふーん、じゃあこの実は何に使うの?」
「伝説の実ですから、何とか研究して量産できないかと。ビジネスチャンスは逃したくないので」
レイの質問にスラスラとクリアは答える。その予め用意されていたような回答に納得した素振りを見せると、【世界樹の実】をクリアに向かって投げる。
「答えてくれてありがと。これでお役は御免かな?」
「えぇ、確かに受けとりました」
クリアがパチンと指を鳴らすと、レイの首からチョークが外れる。
その瞬間にクエストクリアのファンファーレがなり、久しぶりに自由になった首周りを大きく回しながらレイは振り向いた。
「うん、じゃあこれで失礼するね」
「おや、まだゆっくりしていって貰ってもいいんですよ?」
「ははっ、目がさっさと帰れって言ってるくせによく言うよ」
そう言いながらひらひらと手を振ると、レイは立ち止まることなくエレベーターに乗る。同じように乗ろうとする黒服を拒否しながらクリアの方を向いたが、ドアが閉まる最後の瞬間まで笑みを崩さなかった。
「やっぱりアイツは信用できないね。全部嘘だったもんなぁ」
自身の他にウサとじゃしんしかいないエレベーターの中、レイは語りかけるようにポツリと呟く。
「嘘?」
「ゴウグの言ってた事と違い過ぎるからね。100%何か隠してるよ」
・まぁ怪しかったもんな
・確かに悪役だわ
・世界樹の実渡しちゃって良かったの?
首を傾げたウサにレイが返答すると、今度は視聴者からも質問が飛んでくる。
「あぁ、あれは渡さないとイベント進まないからしょうがない。大事なんだけど……ウサ、この後――は私が無理だから、明日時間ある?」
「ん、大丈夫」
「オッケー、じゃあもう一回世界樹に行こっか。真相を聞きに、ね」
ウサに声をかけたレイは歯を見せながら獰猛に笑う。またしても世界が動き出す、そんな予感がした。
[TOPIC]
WEAPON【ももん】
ウサの所有している装備の一つで、モモンガ型自立行動人形。
直接的な戦闘能力はほぼ皆無だが、風魔法を利用することで滑空だけでなく飛行することも可能。
要求値:<技量>100over
変化値:-
効果①:協力NPCとして行動




