3-26 『21』は誰の手に
突然そんなことを言い出したオジサンにレイは眉を顰めつつ、再度問いかける。
「なに? ババ抜きでもするの?」
「お、いい案ですねぇ」
オジサンは手慣れた様子でトランプをシャッフルし始めると、既に決定事項とでも言いたげに席へと座るよう促す。対してレイは釈然としない思いを感じつつも、勝負の卓に着いた。
「まぁ流石に二人でババ抜きは難しいので――そうですね、ブラックジャックなんていかがでしょう?」
「……まぁルールは分かるけど」
「それは僥倖。チップを用意すると面倒なことになるので、分かりやすく三回勝負にしましょう」
レイの沈黙に反論がないことを感じ取ったオジサンは手元にあるトランプをシャッフルしながら勝負の核心へと迫る。
「肝心の賭けの対象ですが、我々が望むのは今あなたが持っているワールドクエストを譲っていただく、というのでどうでしょうか?」
「そんなの持ってないよ」
「またまたご謙遜を。何か掴んではいるのでしょう?」
ほっほっと、歳を感じさせる朗らかな笑い声に、レイは舌打ちで返す。どうやら彼女のハッタリは完全に見透かされているようだった。
「逆にそっちは何をかけるの? 釣り合わないとゲームにならないけど」
「仰る通り。では我々はクランのすべてを賭けましょう。もし負けた場合、レイ様の言うことは何でも聞くことをお約束します。どうですか?」
・そこまですんの?
・今何でもって言ったよね?
・えらいこっちゃ
「本当に?後悔しても知らないからね?」
「おお怖い。ぜひお手柔らかに」
無謀とも思えるその提案にレイが脅すように言葉を返す。それを人を食ったような笑みで返しながらオジサンはカードを配り始めた。
「それでは一回戦。ヒットは?」
「もちろん」
レイが頷くともう一枚カードが配られる。それをオープンすれば、見えたカードは『スペードのK』。初めに配られた『ハートのJ』と合わせて合計『20』となり、決して悪くない手となる。
「これでいくよ」
「分かりました。では続いて私のターンです」
オジサンの初手は『ハートの7』。鼻歌まじりに捲りにカードをめくると、『スペードの7』、そして『ダイヤの7』が揃った。
「おっとブラックジャック達成ですね、これは運がいい」
「……」
・マジ?
・これで負けるのか
・幸先悪いな
ニコニコ笑いながらカードを回収するオジサンの様子に、リスナーからは残念がるコメントが流れる。ただレイは顔色一つ変えず、じっとオジサンの手元を見つめる。
「じゃあ次の勝負へ――」
「待って」
次のゲームへと移ろうとするオジサンに対して、レイは待ったをかけながら手を伸ばす。
「次のカードは私に配らせてよ」
「……まぁ構いませんが」
その提案にオジサンは唇を尖らせながら渋々と言った様子でカードを手渡す。それを受け取ったレイは軽く中身を確認した後、慣れた手つきでカードのシャッフルを開始した。
「おや、お上手ですね。経験でも?」
「別に、かっこいいから昔練習したことがあるってだけ。さ、どうする?」
ディール、ファロー、リフル。様々なシャッフルを流れるように行うレイにオジサンは感心した声を上げる。その世間話のような話題に適当に返しながら、レイはカードを配って問いかけた。
「シャッフル綺麗ですね。何かやってたんですか?」
「じゃあヒットで。――ふむ、悪くないですね」
オジサンに配られたカードは『スペードのK』と『ハートのJ』。合計『20』となったためそれ以上ヒットは行わず、キープを選択する。
「じゃあ次は私の番。――はい、『21』。私の勝ちだね」
・え?
・すご
・これってさっきと同じじゃ……
次々とカードが捲られ、レイの元に集った手札は『ハートの7』、『スペードの7』、そして『ダイヤの7』の三枚。まるで意趣返しとでも言いたげな手札に、オジサンはわざとらしく驚いた声を上げた。
「そんな、一体どうやって……」
「どうって、おじさんと全く同じトリックだけど」
レイの返答にオジサンはピシリと固まる。その様子を呆れたように見つめつつ、レイはカードを回収しながら言葉を続けた。
「残念だけど、そっちも練習したことがあるんだよね。で、これじゃゲームにならないからさ、一つ提案」
さながらマジシャンのようにパラパラと離れた位置にカードを飛ばして遊ばせつつ、オジサンへとある提案をする。
「次のシャッフルはウサにやらせてよ。それで決着をつけよう」
「私?」
目をぱちくりさせるウサへとカードの束を手渡すと、レイはオジサンの顔をじっと見つめる。その有無を言わさない瞳に、やがて根負けしたようにオジサンは肩を竦めた。
「仕方ないですね。やれやれ、こんな手強いとは思いませんでした」
「オジサンもね。じゃあウサ、よろしく」
失敗したとでも言うように首を振るオジサンをあしらいつつ、レイは再びウサの方を向く。
「これをシャッフルすればいい?」
「そうそう。あ、配らなくていいよ。真ん中において各々引いていこう。それでどう?」
先ほどの二人に比べれば、酷くたどたどしい手つき。ただ時間をかけて丁寧にシャッフルすると、レイの言葉に従うようにテーブルの上へと束を置く。
「シャッフルはこっちでやったし、先攻後攻選んでいいよ」
「では、先行で」
テーブルの真ん中に置かれた山からそれぞれが最初の一枚を引けば、レイの元へ『クローバーのK』、オジサンの元へ『ハートの10』がオープンされる。
「ではヒット。……『スペードのQ』なので合計『20』。私はここで止めましょう」
・まじか
・ブラックジャックしかないな……
・でもさっき……
オジサンが引いたのはかなりの高カード。これによって勝つための要求値が跳ね上がったレイだが、その顔から焦りは見えない。
「ヒット。『ダイヤの9』か。じゃあもう一回」
「いいんですか?超えてしまいますよ」
「勝たなきゃ意味ないんだから行くしかないでしょ」
オジサンの忠言を鼻で笑いつつも、レイは山札に手を添えて三枚目のカードをめくる。そのカードは『クローバーのA』。
「これで『20』。このままなら引き分けですが」
「このままならね」
・え? 行くの?
・やめとけって
・マジか
勝利のために必要なカードは山の中に三枚のみ。限りなく細い糸を掴もうとする姿勢に、リスナーはもちろんオジサンですら笑顔をやめてスッと目を細める。
「……正気ですか?」
「もちろん。これ以上付き合ってられないからさ。それに――」
山札に手を翳したレイはそこで一拍おくと、ふうと息を吐きながらオジサンの目を見つめてこう続けた。
「――欲しい物は自分の手で掴み取るものだしね」
「! まさか貴方――」
静かに、それでいて美しい動作で伸ばした手。そのまま指で挟んだカードを裏返せば、その手に握られていたカードは『スペードのA』であった。
「合計『21』。私の勝ちでいい?」
「……えぇ、完敗です」
小さく呟かれた敗北を認める言葉だがオジサンの表情は晴れやかで、どこか嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「約束についてですが――」
「今は特にないかな。また今度でもいい?」
「承知しました。ではフレンド登録だけ」
レイの言葉に恭しく頷いたオジサンからレイ宛にフレンド申請が飛んでくる。それを承認すると、レイは椅子から立ち上がって大きく伸びをした。
「じゃあ私達はもう行くね」
「あぁ、お待ちください」
出口に向かって歩き始めたレイを呼び止めると、オジサンは別の扉を指さす。
「あの奥の扉から出れば【ヘルメー山脈】の麓に出ることが出来ます。また我々みたいなのに絡まれる心配もないかと」
・本当か?
・実は出られないとか……
・また騙す気じゃない?
オジサンの言葉にリスナーからは疑うコメントが流れる中、レイはじっとオジサンの顔を見つめる。相変わらずニコニコと楽しそうに笑っていたが、嘘はついてなさそうだと判断したレイはウサを連れてそちらに向かった。
「分かった。ありがとう」
「いえいえ、それではお気をつけて」
オジサンの言葉に手を上げるだけで答えたレイはそれ以上何も言わずに扉を開け、部屋から出ていく。
先ほどの騒がしい空気から一転、寂寥感を伴う静寂が場を支配する中、グラスを煽ったダークレがオジサンへと声をかける。
「珍しいじゃねぇか、お前が勝負事で手を抜くなんてよ」
「ん?何のことですか?」
「とぼけんなよ。あの子、袖にカードを仕込んだろ」
「え、マジ?」
「えぇ!そんなことしてたんですか!いやぁ気付かなかったなぁ」
ダークレの指摘に、カウンターに座った港が驚いた声を漏らす。一方でオジサンは驚いた表情見せたものの、明らかに嘘であることが透けてみえた。
「ふん、別に良いけどよ。いいのか、なんちゃら同盟とやらは」
「まぁダメでしょうねぇ。ただ、私は生粋のギャンブラー。負けに難癖をつけてしまった瞬間、死んでしまう生き物なので」
オジサンの騙る存在義に、本音か建前か判別できないダークレはつまらなさそうに一瞥すると、再びグラスを煽る。
「よく言うぜ、本来なら勝ってたくせによ」
「それはまぁご愛嬌……!?」
ダークレの言葉に困ったように笑ったオジサンが、突然声を詰まらせる。何事かとダークレが振り返れば、そこにはテーブルの上を見て瞠目するオジサンの姿。
「おい、どうしたよ」
「……いやはや、どうやら神は彼女の味方だったようです」
「一体何を――おいおい、マジかよ」
意味の分からないことを宣うオジサンを訝し気に見たダークレは席を立ち、彼の見ているものを視界に入れる。そこには山札の上から順に捲られた『ハートのA』と『ダイヤのA』があった。
[TOPIC]
PLAYER【OG三世】
身長:177cm
体重:56kg
好きなもの:ギャンブル、狙撃、悪戯
白髪オールバックの初老の男性。服装はディーラー服。
『スリルと面白い事』をこよなく愛していると常々口に出しており、見た目に反していたずら好きの子供のような性格だが、その口調からは年長者の雰囲気を感じさせる。
周りからはオジサンや三世さんと呼ばれ、同クランの幹部である【ミナト】や【ダークレ】とは別ゲーからの長い付き合いであり、様々なゲームに引っ張り出しては楽しく仲良く?遊んでいるらしい。




