3-25 おじさんとの距離感は難しい
「あれ、たしか『きょうじん』の――」
「本当だ。前にいるのは【JackPots】じゃね――」
「遂にか。あーあ、終わったな――」
レイの耳に周りからひそひそと他プレイヤーが噂をする声が聞こえてくる。
前回の状況とは異なり、少し不快な気持ちになったレイは前を歩く男に声をかけた。
「ねぇ、もっと目立たないように移動できないの?【ポータルストーン】使うとかさ」
「いや、上からの指示なんだよ。『一応仕事してますよ』っていうアピールしてこいって」
刺々しく放ったはずの一言は至極面倒くさそうな男の声によってかき消される。その様子と言葉にレイは疑問を覚えた。
「上?貴方がトップじゃないの?ほら、あの集会みたいなのにも映ってたし……」
「あれはうちのクランリーダーが出たくないから代わりに出ろって言われたんだよ。ってかやめてくれない?あんなの思い出すだけで恥ずかしいから」
うげ~と心底嫌そうな声を出す男に完全に毒気が抜かれるレイ。この時点でなんだか思ったよりも悪い人じゃないのかもしれないと思い始めていた。
「ってかそもそも【ポータルストーン】とかバカ高いし簡単に使えねぇよ。第一、許可なくいきなり使うとかPKクランかよっぽどマナーが悪い奴しかやらねぇだろ」
「え?」
「(サッ)」
何気なく言った男の一言にレイは隣を歩くゴスロリ少女の方を見る。すると瞬時に顔を逸らされ、その態度が確実に確信犯であることを雄弁に語っていた。
「ウ~サ~?」
「いひゃいいひゃい。ひゃめて」
「まぁもう少しだから我慢――って何してんだお前ら?」
レイは足を止めるとウサのほっぺを軽く捻る。そんな二人を振り返った男は不審がるように目を細めた。
「あぁ、ごめんね?それでどこ行くんだっけ?」
「……おぉ、なんか急に距離詰めてきたな。まぁいいかどうでも」
態度が急変したレイに男は一瞬だけ考えるも、すぐに面倒くさくなったのか前を向いて指を指す。
「あれって『ゴールデンマイン』?」
「おう、【JackPots】のクランハウスはあそこに併設してるんだ」
男が指さした先にあったのはかつてレイが楽しみ、そして地獄に落とされたカジノだった。それを目にしたレイはその時のことを思い出してなるほどと呟く。
「だから裏カジノとか作れたのか」
「そういう事。まぁあれはうちのリーダーとダークレさんの趣味100%だからほとんどの奴らは関わってないけど」
そんなことを話しながらもレイ達はカジノの入口に辿り着く。男はそのまま入り口に立っていた女性に一言声をかけると、ほぼ顔パスで中へと入っていった。
「うし、こっちだ」
迷うことなくずんずん進んでいく男の後を追いかけていると、裏カジノの入り口の前に辿り着く。
「おや、また来たんですか」
そこで声をかけてきたのはディーラー服を着た受付NPCだった。相変わらず朗らかな笑みを浮かべながらレイ達に声をかける。
・また裏カジノ行くの?
・その先にクランハウスがあるとか
・裏カジノ自体がそうなのかも
「私はその先にある派かなぁ」
そんな予想を視聴者と立てながら、レイは男が言葉を発するのを待つ。しかし続いて発せられたのは予想外の一言だった。
「まーたそんなNPCごっこしてるんですか?趣味悪いですよリーダー」
「えっ」
・は?
・だって服装同じじゃん
・いったい何のために…
「ちょっとミナト君。ネタ晴らしが早いんですよ」
思わぬ一言にレイが男と初老の男性を二度見する。ミナトと呼ばれた男は呆れたように腰に手をやり、リーダーと呼ばれた男は拗ねたように唇を尖らしていた。
「いや、それおっさんがやるとキモいだけだから」
「失敬な。私はね、スリルがあることがしたいんですよ。それにはこのNPCなりきりは程よく――」
「あの!すいません!」
何やら言い争いを始めた二人の間にレイは慌てて割り込むように大声を出す。
「あぁすいませんレイ様。私クラン【JackPots】のリーダーを務めます、OG三世と申します。気軽におじさんでもおじじでもおじちゃまでも、お好きに呼んでくださいね?」
「はぁ……」
「きっしょ、くたばれやジジイ」
「酷い!ミナト君がぐれた!」
心底冷たい目をしながらそう吐き捨てるミナトに、オジサンはハンカチを取り出して目元を抑える。それだけで二人の間に遠慮はなく、近しい存在であることが窺えた。
「とにかく。俺は役目を終えたからもう行くぞ」
「あぁ、ご苦労様でした。レイ様とウサ様はどうぞこちらに」
漫才のようなやり取りを終えるとミナトは我関せずと言わんばかりに振り返り、外へと向かっていく。
それに対してオジサンは労いの言葉をかけると、裏カジノへと続く扉の隣、自身の背中側にある壁に手を翳す。すると何やらピコンという機械音と共に新しく木の扉が現れた。
「おぉ!」
・すごい!
・かっこいい
・これがトップクランか
「この先が我々のクランハウスになります。さぁどうぞ」
目を輝かせているレイの反応にオジサンは少し得意げな表情を見せると、扉を開けてレイ達を中へと招待する。
その中は最低限の明かりのみの薄暗い空間に、壁にはこれでもかと言わんばかりに酒が並べられていた。また腰を掛けられるカウンターやビリヤード台、こじんまりとしたカジノ台が設置されており、まるで大人の遊び場のような上品さがある。
「おぉ嬢ちゃん。お勤め御苦労、意外と出てくるの早かったな」
「あ、麻雀の時の」
「おう、ダークレだ。嬢ちゃんはレイで良かったか?」
部屋にはすでに先客がいたようで、カウンターに腰を掛けたまま酒を呷るダークレの姿があった。
「あれ、ってことはダークレさんが呼んだってことですか?」
「いや違うぞ。呼んだのはそこでいじけているおっさんだ」
その問いかけにダークレはグラスを掴みながら後ろを指さす。レイが振り向くと、そこには膝を抱えながら地面にのの字を書くオジサンの姿があった。
「私が呼んだのに……ハブられてる……」
「あっ、ごめんなさい。そんなつもりは」
「おーい嬢ちゃん、そいつは甘やかさなくていいぞー」
慌ててフォローを入れるレイにダークレからとても仲間とは思えない――いや、仲間だからこそ言える冷たい一言が返ってくる。その言葉通りというべきか、レイの言葉を聞いたオジサンはけろっとした様子で立ち上がった。
「なんて優しいんですか!私、感動しちゃいました!どうですレイさん、これを機に【JackPots】に入るというのは!」
「いやそれはちょっと……」
・なんだこの人…
・感情がジェットコースターだな
・若い…
あまりに突拍子のない提案にレイと視聴者は困惑してしまう。そんな彼らにお構いなしといった様子で言葉を続けた。
「そうですか…ではあなたと戦わなければいけないようですね…」
「……」
少しだけトーンを落としてそういうオジサンにレイは警戒態勢をとる。その顔は心底楽しそうなにやけ面をしていた。
「我々は腐っても『八傑同盟』に身を置いていますから。役目を果たす必要があるんですよねぇ」
「……あれですか。ここで戦うってことですかね」
「え?いやいやいや!それは勘弁してください!正直言ってまともにぶつかった所で私に勝ち目はありませんので!」
「んんん?」
てっきり宣戦布告かと思いきや、情けない声を出すオジサンにレイはまたしても困惑の声を上げる。いまいちペースが掴み切れないまま、オジサンは右手の人差し指を上げてレイにとある提案した。
「そこで一つ提案を。これで勝負してもらえませんか?」
「トランプ?」
そう言うとおじさんは懐から出したトランプを見せつける。そしてレイの疑念を含んだ問いかけに対して、優しげな笑みを浮かべていた。
[TOPIC]
CLAN【JackPots】
『賭博街ゴールドラッシュ』を拠点に置くトップクランの1つ。クランリーダーは【OG3世】。
賭け事が好きなメンバーが集まった当クランは攻略よりも遊ぶことに重きを置いており、その成果か『ゴールドラッシュ』内ではかなりの地位を築きあげている。
またいくら攻略メインじゃないとはいえ、トップクランの一つとして数えられているのは事実であり、その実力は決して侮ることはできないものとなっている。




