3-21 不可視の咆哮
「おらぁ!」
「オオオォォ!!!」
25度目の挑戦。凡ミスであっさりやられてしまった一回前に比べ、極限まで集中しながら怒り上戸モードにパリィを放つ。
「今度は同じ失敗しないよ!」
ガキィンと甲高い金属音とともにレイは前に詰めると、前回と同じようにその喉元に剣を突き刺す。ただ今度はそのまま引き抜いたりせず、逆に前に押し込んで、ぴったりとくっついた状態を維持し続ける。
「オォォ……!」
「痛かろう痛かろう!さっさと眠っちゃいな!」
下がるという選択肢を封じられた【酒呑童子】は苦しそうに呻き声をあげる。そこでようやくレイは剣を引き抜き、残り僅かのHPを削り切るために攻撃を再開する。
相対する【酒呑童子】も黙っておらず、何とか引き剥がそうともがいてはいるが、ピッタリ貼りつかれているせいか思うように動けないようだった。
「速度が上がったって無駄無駄!焼け石に水、豚に真珠、猫に小判だよ!」
作戦が上手くいっていることにテンションが上がるレイ。ドーパミンが溢れ出る状態で剣を振り上げ――その時、視界の端で何かが動いたのを感じた。
「……今のやっば。私天才かも」
それは今まで積み重ねた経験則であろうか、はたまた極限の集中が見せた奇跡だろうか。咄嗟に体が動いたレイが【パリィ】を発動すると、【酒呑童子】の腕をまたしても吹き飛ばしていた。
完全に反射で行った刹那の動きに自分でも驚きつつ、レイは余裕を持って剣を握り直す。そしてトドメの一撃を放つ前に別れの言葉を告げた。
「さいっこうに楽しかったよ。バイバイ」
笑顔で告げたレイが小剣を突き刺すと【酒呑童子】は体を痙攣させる。そうして最期に、初めて対面した時と同じようにニタァと笑ったかと思うと、だらんと身体を弛緩させ、ポリゴンとなり消えて行った。
『……な、なんという事でしょう。誰もが諦めたその高い壁を。ゆっくりと、ただ着実に登っていき、遂には己の力のみで越えてしまいました……!皆さんにはこの光景が思い浮かんでいたでしょうか!』
レイが勝利の余韻に浸っている間、震えた声のアナウンスが闘技場内に響き渡る。
『その狂気すら灯る覚悟に敬意を!我々を魅入らせたその強さに喝采を!これからの彼女の人生に惜しみない称賛を!』
司会の男が声を張り上げるのに合わせてガラス越しに割れんばかりの喝采が聞こえてくる。それに少し照れながらもレイはコメントに目を移した。
・おめ!
・888888
・レイちゃんなら勝てると思ってました
「あはは、ありがとう。ようやく勝てたよ。疲れたけど、達成感が凄い」
・だろうなぁ
・今回じゃしんが完全に置物だったな
・しょうがないよ、できる事ないから
・これで脱出できる?
「ぎゃう~……」
「そうだね、いや~一時はどうなることかと思ったけど、無事出れそうでよかったよ。ってじゃしん、そんな気を落とさなくても大丈夫だって」
視聴者の言葉に落ち込んだ様子を見せたじゃしんを励ますようにレイはその頭を撫で、すっかりリラックスモードで続きの言葉を待った。
『それでは全てのラウンドをクリアした挑戦者には――え?あれ、どうしてここに!?』
「ん?」
そんなレイの耳に焦った様子の司会の声が聞こえ、レイは思わず目を細める。数秒後、スピーカーからは違う人間の声が聞こえてきた。
『いやいやお見事でした。私、年甲斐もなく子供のようにはしゃいじゃいましたよ』
・あれ、クリアじゃん
・なになに?
・あれか、主催の挨拶とかそういうのか
「だと良いんだけど……」
相変わらず胡散臭い笑顔をしながら話すクリアにレイは嫌な予感が拭えない。ただ現状ではどうすることもできないので、そのまま黙って聞くことに徹した。
『ただ一つ謝らないといけない事が。先程これが最後というお話でしたが、少し手違いがありまして。実はもう一戦していただく必要があるんです』
「チッ、そんな事だろうと思った」
そのアナウンスにレイは露骨に顔を歪め舌打ちをする。そのまま正面上にいるクリアに向けて中指を立てたが、当の本人は何処吹く風と言った様子でニコニコと笑っていた。
『とは言え此方の不注意ではある事には変わりません。そのためクリアした暁には脱出に加え1億Gプレゼントさせて頂きましょう』
・1億!?!?
・えぐ
・超大金持ちじゃん!
提示された桁違いの額に視聴者が盛り上がりを見せているが、レイはいまいち信用しきれていない。
『さて挑戦者様。どうしますか?』
「……この流れでやらないっていえないでしょ」
それでも断る選択肢がないレイは渋々ながらも頷き、それを見たクリアは拍手で返す。
『素晴らしい。それでは本当の最後です、頑張ってくださいね?』
クリアの声とともにガシャンという音がして扉が開くと、奥からゴリラのようなモンスターが現れる。
全身赤毛にワンポイントとして金色の渦巻き模様が施されており、その首にはレイと同じチョーカー――というよりかはドーベルマンがつけるような首輪と言った方がしっくりくる拘束具をしていた。
「でっか…」
・でかいな
・説明不要!
・え、次はこれ?
全長5メートルほどの巨体を見上げながら辟易したように呟くレイ。そんな彼女にお構いなく、目の前のゴリラは虚ろな目をしながら襲い掛かってくる。
「おっと……ってあれ?」
振り下ろされた腕を余裕で躱すと、レイは違和感を感じて首を傾げる。しばらくの間避けに徹するつもりだったが、その考えを改めて反撃を試みる。
「デカいだけで動きは全然速くない。攻撃も通ってるみたいだし……これが【酒呑童子】の後に出てくるの?」
全体的にもっさりとした動きを見せる赤毛のゴリラに対して、何の問題もなく攻撃を加えていくレイ。そのあまりにも簡単な調子に拍子抜けしながらも、難なくHPを半分まで削るに至った。
「ウォォォォ!!!」
「うわ、なになになに!?」
その瞬間、今まで黙っていた赤毛のゴリラが突如咆哮しドラミングを始める。急変した様子にレイは警戒を強め慌てて距離を取った。
・第2形態?
・っぽい
・ここからが本番っすか
「だろうね……さて、どうなるか」
展開を予想する視聴者のコメントに同意しながらも、視線は敵からから外さない。そのまま数秒が経過し、やがてドラミングをやめた赤毛のゴリラが一度大きく胸を張ると、レイに向けて大きく口を開いた。
「ゴガァァ!!!」
直後、鼓膜が破れるくらいの大音量がレイの耳に当たり、世界が静寂に包まれる。そして世界に再び音が戻った時、衝撃波がレイの体を貫き、レイの視界はブラックアウトしていった――。
『デスいたしました。カルマポイントが加算されます』
「――は?」
26度目のベッドの上。気付いたらココに飛ばされていたレイは理解不能の理不尽に対して呆けた声を出す。
「なに、あれ。見えないし即死だったんだけど?いやいやいや、はぁ?」
・困惑してて草
・いやあれは意味わかんないだろ
・脈絡もないしこれは酷い
・何これ負けイベント?
考察すればするほど理解が追い付かずに、思わず悪態をつくレイ。視聴者からは諦めムードが漂う中、レイはふふふと不気味に笑って勢いよく立ち上がる。
「無理ゲー?上等だよ!私を本気にさせた事、後悔するんだなっ!」
吹っ切れたように宣言したレイは瞳に闘志を燃やしながら再度看守ロボを呼ぶ。どうやらまだまだ彼女の戦いは終わりそうにないようだった。
◇◆◇◆◇◆
それから数日後、いつものように秘密基地にて作戦会議をジャックとミオンが行っていると、隠し扉が音を立てて開き始める。
「おぉ、レイちゃんじゃないか」
「やっと来たか。意外と頑張ったな」
歓迎の言葉を口にする二人に手のひらを見せながら制すると、ベンチに腰を掛けて足を組み、ふぅと一息ついた。
「じゃ、脱獄の話しよっか!ずっと興味あったんだよね!」
そのまま満面の笑みを浮かべると、散々待たせておきながらいけしゃあしゃあと言い放つ。どうやら彼女の本気でも無理なものは無理なようだった。
[TOPIC]
NPC【司会の男】
地下闘技場にて司会アナウンスを務めるNPC。
もとは有名な俳優だったが女性関係でスキャンダルを起こしてしまい、この地下世界へと飛ばされていった。
この非人道的なショーをよく思っておらず、挑戦者に必ず警告はするが、いざ始まれば仕事と割り切り全力で取り掛かる。




