3-16 いや、人違いです
カンカンと金属と金属がぶつかるような音が響く中でレイは一人、一心不乱につるはしを振り下ろしていた。
「ぎゃうぎゃう!」
「ん?お、『ルビー』じゃん!でかしたじゃしん!」
「ぎゃう~」
そこにじゃしんが寄ってくると手の中に握った赤い鉱石をレイに見せる。それを確認したレイは笑顔でそれを受け取ると、じゃしんの頭をわしわしと撫でた。
・楽しそうで何より
・だよね?意外と楽しんでるよね?
・俺こういう単純作業無理だわ
先ほどとは打って変わって想像よりも満喫してそうなレイの様子に、視聴者は意外そうなコメントを残す。
「あぁ、こういう作業ゲー嫌いじゃないからさ、やり始めれば楽しめるよ。ただねぇ……」
それに対して立ち上がりながら答えたレイはウィンドウを操作してアイテム欄を開く。そしてそこに表示された鉱石の数を見てため息をつきながら表情を曇らせた。
「3時間やってようやく2万溜まるかって所かな。単純計算で一日5万前後、20日はかかる計算……流石にやってられないなぁ」
・あー
・ずっとこの作業はきついよね
・見てる側も面白くないしな…
「そうなんだよね。やる分には出来ると思うけど画面映えしないのが痛い。それにそろそろセブンさんも動きそうな気もするし……」
レイは懸念点をつらつらと上げると、焦るようにとんとんと足を鳴らす。
・他の奴らから奪い取るのは?
・さっきの奴らに一生働かせよ
・さっきの狂人モードやろ
「いや~、流石に何もしてこない人にそんな酷いことしないよ。それにそんな奴隷みたいにするなんて可哀想だと思わない?」
・え?
・はい、ダウト
・リボ……リボ……
当たり前の事を言うレイに対して視聴者から盛大に突っ込みが入るが、レイはそれらすべてをあえて無視して言葉を続ける。
「それにさっきのも、他に絡んでくる奴への牽制の意味も込めてガツンとやっただけなんだよね。だからそこまで怒ってはないし、目的は達成したっぽいから追い打ちかける必要もないでしょ」
そう言ってレイが辺りを見渡すと、必死で彼女と目を合わせないように気を付けながら作業に没頭する他プレイヤーの姿が目に入る。
どうやら先ほどの出来事はすでに噂として広まっており、彼女の目論見通り『関わってはいけない人』という扱いになっているようだった。
「まぁ最悪の手段としてそれは残しておくよ。とはいえ、ここからどうするかだね……」
・あ、残しておくんだ……
・どうしたもんか
・地道にやるしかないのかなぁ
「あの~、すいません」
そうやって視聴者達とレイが頭を悩ませていると、不意にレイに呼びかける声が聞こえてくる。
まさかあれだけやって声をかけてくる人物がいるとは思わなかったレイは少し警戒心を強めながら返事をした。
「……はい?」
「もし違ったらあれなんですけど……レイさんでいいんですよね?」
振り替えると身長175センチほどで、おでこが見えるくらいのベリーショートの青年が立っていた。その確認の声にレイはさらに警戒心を強める。
「そうですけど……」
「良かった。やっと会えたか」
肯定の言葉を聞いた瞬間、その青年はほっと胸を撫で下ろすと、レイに対して笑顔を向ける。
「にしてもなんでこんなところに来てるんだ?って、あぁこれがじゃしんか。本当に可愛いな」
「ぎゃ、ぎゃう……?」
急にフランクになった青年はじゃしんの前に屈むとその頭を乱暴に撫でる。
やられている側であるじゃしんはどうしていいか分からずに、困惑しながらもされるがままになっていた。
「えっと、誰ですか?」
「そっか、悪い悪い。俺の名前はジャック。そうだな、『356勝786敗の男』っていえば分かるか?」
その言葉にレイは思わず目を見開く。
その数字は幼少期から長らく共にゲームをしていたいとことの戦績であり、そんな細かいことを覚えている人間は一人しか心当たりがなかった。
「まさかつかっ――むぐ」
「おいおい、リアルの名前は出すなって」
思わず叫ぼうとしたレイの口をジャックは慌てて抑え、その注意の言葉にレイはこくこくと頷く。
・この人誰?
・知り合い?
・まさか彼氏!?
「いやいや違うよ。この人はいと――」
いきなり登場したジャックについて疑問の声が飛び、その関係について説明しようとしたタイミングで、とあるコメントを目にしたレイはピシリと固まる。
・ジャックって確かふんどし仮面の……
・あぁ!キーロの街にいた奴か!
・あれだろ?仁王の武器取ろうとして捕まったやつ
「ん?どういうこと……?」
「あぁ、その話か。ほら、前に会った時に普通の配信じゃ有名になれないなと思ってな?俺も色々考えた結果、ふんどしに仮面をつけて刀一本でいくスタイルに変えたんだよ。そしたら意外とバズってさ。今では3万人ほど――」
まったく理解できない――いや、したくない言葉の羅列にレイの頭がショートしかけていると、まさかの当の本人から肯定の言葉が聞こえてくる。
そのどこか感謝するような、うれし気な様子にレイはうんと頷くとぽつりと呟く。
「……じゃあ人違いだね。多分勘違いです。さようなら」
「――は?ちょ、待て待て待て」
急によそよそしくなったレイに対してジャックは驚いた声を上げる。
そしてくるりと振り返ってその場から立ち去ろうとする彼女を引き留めると、感情を押し殺したような平坦な声で言葉を投げかけられた。
「私の知っている人はそんなことしないので。たまたま似ているだけでお互い他人だと思いますよ。さ、行こうじゃしん」
「ぎゃう」
「お、おいおい。そんなこと言うなって」
頑なな態度のレイに対して、それでもなおも引き留めようとするジャック。
それに痺れを切らしたのか、レイは一度大きな音を鳴らして舌打ちするとチラリとゴミを見るような眼でジャックの方を振り返った。
「ジャックさん、でしたっけ?しつこいですよ?それと二度と関わらないでもらえます?……現実でも」
「えっなんて言った今!?ちょっと待って話聞いて!?」
・振られた彼氏かよ
・というより、恥ずかしい身内が授業参観に来たみたいな
・あぁ、見られて恥ずかしいタイプのお父さんだ
冷たい目をしながらぼそりと呟くレイに対して、ジャックは慌てて追いすがる。その滑稽さにコメント欄は大喜利のような呆れコメントが流れていた。
[TOPIC]
PLAYER【ジャック】
身長:175cm
体重:63kg
好きなもの:ゲーム、配信、目立つこと
黒髪短髪の青年。アバターの顔は少しいじっており、現実と比べての3割増し位となっている。
当初は普通の攻略動画を上げていたものの、全然伸びないのに加えていとこであるレイが爆伸びしていた話を聞き、方針を転換することを決意する。
そうして彼がたどり着いたのはふんどし一丁で仮面をつけるという変人スタイルだったが、その奇抜さが最近少し話題になり始めているらしい。




