3-15 喧嘩を買うなら徹底的に
「ぐわぁ!」
「や、やめてくれぇ!」
「腕はそっちには曲がらな――」
「ひぃ!?くるなよぉ!」
人気の少ない、少し開けた場所に男達の野太い悲鳴が響き渡る。
・一話持たなかったか……
・一ページもないだろ
・一コマすら怪しい
画面越しに広がる地獄絵図があまりにも想定通りすぎるせいか、視聴者達からはそれ以上の感想が出てこず、すごく他人事のようになっていた。
・にしてもレイちゃん強いなぁ
・10対1でも勝つんだもんなぁ
・マジでこの対人センスなんなの?
それよりも視聴者の目はレイの動きに釘付けになっており、人数差をものともしない立ち回りで確実に敵の数を減らしている。
初めは10人前後いた男達も、今では2人しか残っていなかった。
「ギルさん、何なんすかアイツ!?全然カモじゃないじゃないっすか!?」
「う、うるせぇうるせぇ!あれは例外だろぉ!?」
そんな残されたボス格の男と取り巻きは、そのあまりに絶望的な状況を前に仲違いを始めて互いに責任を押し付け合う。
・あ~あ、喧嘩始めちゃった
・まぁそりゃこんな化け物の前だったらねぇ……
・そもそも目を付けた時点で終わってたよ
その滑稽な様子を視聴者が呆れた様子で見ていると、目の前から獲物が消えたレイが手を開いたり閉じたりした後にくるりと2人の方を向いた。
「足りない……私の怒りは……こんなものじゃ……」
「ヒィ!?ギ、ギルさん!何とかしてくださいよぉ!」
「お、おい!押すなって!」
ゆっくりと近づいてくるレイに対して、取り巻きの男はギルと呼ばれた男の後ろに隠れるとぐいぐいと前に押しやる。
それに反発しようとしていたが、距離的にどうしようもないと悟ったのか腹を括るように腕を捲った。
「こ、こうなったら仕方ねぇ!やってやろうじゃねぇか!ギル一派のギル様をなめるなよ!?」
ヤケクソ気味に叫びながら先手必勝と言わんばかりにレイに襲い掛かる。
その身のこなしは長らくこの監獄にいる影響か中々研ぎ澄まされており、喧嘩慣れしている様子が窺える。――ただ相手の格が違い過ぎた。
「足りない……足りない……」
虚ろな目をしながら腕をだらんと弛緩させたレイは振り下ろされる拳をするりと潜り抜けると、腕を鞭のようにしならせて反撃をする。
「ぐぅ……なぁ!?」
下からの衝撃が顎にクリーンヒットしたギルはたまらずよろよろと後ろに下がると、ちかちかする目を覚ますように頭を振る。
しかしそんな悠長な行為が許されるはずもなく、レイがそのまま飛び掛かって押し倒すと馬乗りの状態になった。
・ちょっとエロい
・レイちゃんの馬乗り…はぁはぁ…
・羨まけしからん
「やめろっ!どけって!」
視聴者が別の意味で盛り上がるものの、当事者のギルからすれば堪ったものではなかった。
むしろその虚ろな瞳はトラウマになるレベルで恐怖を覚えてしまうものだった。
「な、なぁ俺が悪かった。ここでデスすると【カルマポイント】が加算されちまうんだよ。そ、それは困ると思わないか?なぁ、謝罪をするチャンスをくれ。た、頼むよ」
「……この怒り、晴らさでおくべきか」
見苦しくも情けない顔で命乞いをするギルに一瞬だけ固まったレイだったが、ぽつりと一言呟くと近くに落ちていた鉱石を右手に持つ。
・うわぁ……
・やり過ぎでは……
・これは羨ましくない……
そうして何度も。何度も何度も何度も、ギルの顔面に鉱石を叩きつける。
一心不乱に、まるですべての怒りをぶつけるように行う様子に流石の視聴者もドン引きしていたが、レイはそれでもその行為を止めなかった。
「足りない……まだ……まだ……」
「ぁ……ぁ……」
そうしてギルをポリゴンに変えたレイは、それでもまだ衝動が収まらないのか今度は別の方向に目を向ける。
そこには可哀そうなくらい腰を抜かし、声にならない叫び声をあげる取り巻きの男がいた。
それをつまらなさそうに一瞥したレイは地面に落ちているつるはしを握ってその男に躊躇なく振り下ろす。
するとギルと同じようにポリゴンになってあっさりと消えていった。
「まだだ……まだ足りない……」
・おーいレイちゃん?
・だめだまだ正気じゃない
・じゃしん……は無理か
「ぎゃ、ぎゃう~」
一人だけ残された空間にてレイは天を仰ぐと、虚ろな目のままどこかへと歩き出す。
一方でじゃしんは『自分に飛び火しなくてよかった』と言わんばかりに盛大にほっと胸を撫で下ろしていた。
◇◆◇◆◇◆
「い、一体何だったんだアイツは……」
レイに倒されたことにより自身の独房へと戻ったギルは先程の出来事を思い返していた。
「躊躇ってもんがなかった……ありゃ『狩る側』の人間だ……なんであんなのがこんなところに居るんだ……?」
そもそもギルがレイに声をかけたのは、ここでは珍しい女性プレイヤーを見かけたため、少しからかってやろうというほんの軽い気持ちだったのだ。
それがまさか返り討ちに遭うどころか、トラウマレベルの恐怖体験をさせられるなど夢にも思っておらず、こんなことになるならと先ほどの愚行をひどく反省する。
「【カルマポイント】も増やされたが……とりあえず隠してた備蓄でさっさとここから脱出しよう。あんなのに目を付けられるなんて御免だぜ」
今でもフラッシュバックするあの虚無の目に身震いしながらも、ギルは部屋の隅にあるトイレに手を突っ込む。
倫理的抵抗感を感じながらもそこからミスリル鉱石を3つ取り出すと、こそこそと懐にしまった。
「よし、後はアイツがいなくなった隙を見て採掘場に行くだけだな。少し時間を空ければ大丈夫だろう――」
そこまで考えてたギルの耳が違和感を感じ取る。最初は気付かなかったが徐々にその声と音が近づいてきていた。
…………ツ……
「――――ない……」
「な、なんだ?誰かが来てる……?」
かすかに拾ったその音は未だはっきりとはしないが、どうやら何かを探しているようだった。
鉄格子から覗けばその姿を視認できると頭ではわかっているのだが、まるで金縛りにあったようにギルの足は動かない。
…………カツ……
「――じゃない……」
「オイ……まさか嘘だろ……」
その声が明瞭になるにつれてギルの顔が青褪めていく。
カツ……カツ……
「ここじゃない……」
そうしてついにソレがすぐ隣まで寄ってくる。
その正体に気が付いてしまったギルは震えと脂汗が止まらず、今にも泣きそうな顔をしていた。
カツカツカツ…
「あはっ、見つけたぁ」
「う、うわぁぁぁぁぁ!?」
そうしてギルの前に姿を現したのは先ほど自分達を屠った化け物であった。
相変わらず虚ろな目をしながら嬉しそうに笑うレイに、ギルは夢であってくれと切に願う。
「ねぇ、早く流儀教えてよ。まだ足りないから、早く出てきて……ね?」
「う、うぅ……」
優しく諭すように声をかけるレイだったが、ギルは先程植え付けられたトラウマを刺激され、涙目になりながら後ずさる。
それを見たレイは笑顔から一瞬で真顔に戻ると鉄格子を掴んだ。
「なんで?開けないの?開けてよ。開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ」
ガシャンガシャンガシャン!
「ひゅっ」
レイは壊れたレコーダーのように同一単語を呟き続けながら鉄格子を全力で揺らす。
日常ではありえない、異様な光景を前に遂に精神が耐え切れなくなったのか、ギルは空気の抜けるようなか細い声を上げると、その場でログアウトして消えていった。
「……な~んだ、まだ色々あったのに」
ギルが消えたのを確認したレイはいつもの生気ある表情に戻ると、何事もなかったようにその場を離れていく。
・えっとぉ……
・突っ込みどころ色々あるけど、とりあえずね……
・レイちゃん、ゲーム違う
「ぎゃ、ぎゃう」
そんな一部始終を見ていた視聴者からは突っ込みのコメントが溢れ、じゃしんは改めて怒らせないようにしようと固く決意するのだった。
――余談だが、この放送は有志によって切り抜かれ100万再生を記録することになる。
全編をホラーチックに仕上げるというある意味で悪意のある編集のおかげか、この先レイにちょっかいをかけるプレイヤーが大幅に減少することにも繋がった。
[TOPIC]
WORD【カルマポイント】
監獄『フォーゲルケーフィッヒ』に収容されたものに課せられる危険度の指標となるポイント。
危険度と借金に応じてポイントが設定されており、0にすることで正規の方法として脱出可能となるが、監獄内でデスすると所有している【カルマポイント】の1割を追加されるので注意が必要。
ポイントは採掘場から取得できる鉱石を使用して変換することができ、ポイントが高いほど出現率が少ない。
【鉱石変換表】
[石]1pt/[鉄]10pt/[金]50pt/[プラチナ]100pt
[ルビー]500pt[サファイヤ]500pt/[エメラルド]1000pt
[ダイヤモンド]5000pt/[ミスリル]10000pt




